第57話:3人の見知らぬ人、双のフェザー
血まみれの床を不快な思いで眺めながら、タカの頭に浮かんだのは「少なくとも、誰も死ななかった」という一念だけだった。
その安堵感にもかかわらず、彼の胸の中ではまだ心臓が激しく鼓動していた。彼はため息をつくと、目を閉じた。
中……
息を吐く。
「大丈夫だ。終わったんだ。ああ、そして俺はまったく何もしてなかった。よくやったな、俺。そもそも、なんで俺がここにいるんだ? 俺はただの……いや、その話はもうやめよう。黙れ。ああ、もう、疲れたよ。」
タカは目を開けた……そして――「うわっ!」――その驚きで、心臓が飛び出そうになった。
そこにはベリルがいた。顔からわずか数インチの距離にいて、その表情は心配と苛立ちの中間のようなものだった。彼はうんざりしたように首を横に振った。
「なんて大げさな反応だ!」ベリルは、ひどく気分を害したような口調で言った。「本当に怖がらせたのか?」
「……ああ、そうさ。だって、お前がそこにいるなんて思ってもみなかったから――」
「ふん!」ベリルは両手を腰に当てて顔を背けた。「どうでもいいさ」
もし「世界一年老いた二歳児」という称号があるとしたら……まさに彼にふさわしい。我慢できないバカ野郎だ。
そのうっとうしい貴族の横を通り過ぎると、黒い羽根のバードフォークが着ていたポンチョのほこりを払っていた。彼はタカと比べると信じられないほど背が高く、隣にいる白い羽根の相棒よりも1インチほど背が高いように見えた。とはいえ、二人ともアーサーよりは背が高かった。この二人はなんだか見覚えがあるような……
それから、全く見覚えのないエルフがいた。そのエルフは今、タカに向かって強烈なほどに微笑みかけており、タカはひどく居心地の悪さを感じていた。
もちろん、そのエルフは美しかった――エルフにとって美しさは生まれつきのものらしい――。ほっそりとした体型は、体にぴったりとフィットした緑の衣装によって一層引き立てられ、絹のような金髪は の腰まで伸びていた。そして、好奇心と興奮にきらめく、力強いエメラルド色の瞳をしていた。
タカの視線は、アーサーの助けに感謝を述べている最中の鳥人の二人へと戻った。彼は首を傾げた。
「ちょっと待て、この二人、もしかして……?」
その瞬間、はっと気づいた――確かにこの二人を覚えていた!確かに数ヶ月は経っていたが、どうして忘れられようか?彼らは、レルンに来た初日に小銭入れをなくしてしまった時、あの呪文を助けてくれた連中だったのだ!
彼らの名前……彼は心の中で指をパチンと鳴らして思い出そうとした。そして……ああ、そうだ、エシルとクルルだった!ポンチョの下に身に着けた革製の胸当てと、白いふわりとしたローブ、琥珀色の瞳と紺碧の瞳、短槍とメイス、そしてクルルの目の周りにある、アイライナーのようなあの特徴的な黒い模様……間違いなく、この二人だ。
エルフは相変わらず不吉な眼差しで彼をじっと見つめていた。ただ、今は笑っていなかった(それがかえって不気味さを増していた)し、何か言いたそうな様子だった。エシルも同様で、首を不思議そうに傾け、しばらくタカを観察していた。エルフが何かを口にする前に、エシルが気づきを告げるような、歌のような甲高い声で割り込んできた。
「ふむ。もしかして、君たちは……」
「えっと、君たち二人は……?」タカは思わず彼の言葉を遮って口を開いた。「あ、すま――」
「エシルとクルルを覚えてるんだ!」エルフが興奮して割り込み、騒がしい声の入り混じった中に自分の声を加えた。その声はあまりにも大きく、洞窟の中を何度も反響してから、ようやく静寂へと消えていった。
その後の静寂の中、エシルは賢者らしくうなずいた――そしてタカが話を立て直そうとした。「あの時、君たちの顔に見覚えがあるって思ったんだ。それに……エシルとクルルって名前も覚えてたんだけど、ただ、えっと、僕は、その……」
「そう、その通りだ。私はエシルだ」
「うん!」どこからともなく現れたクルルがエシルにぶつかり、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて笑った。「覚えててくれたなんて、びっくり!」
エルフは自分を指さした。「僕はどうなんだ?」彼はふくれっ面をして、似つかわしくない表情を浮かべた。
タカはまばたきをした。「えっと……君のこと、知らないな」
エルフはニヤリと笑い、両腕を大きく広げると、その場でくるくると回り始めた。
『ああ、もう。ベリルが一人いるだけでも十分なのに。』
「俺!」彼は叫び、立ち止まると、つまずいて転びそうになりながら、お粗末なお辞儀でパフォーマンスを締めくくった。「エイライアだ!」
「……わかったよ」タカは息を吐いた。「会えてよ――」
「お前!」エイライアは笑った。「『お前!』って言おうとしてたんだろ!」
『こいつ、一体どうなってるんだ?』
「おぉ、俺のことを考えてるんだな! それに、それが……ああ、何かネガティブなことだってわかるよ」彼の耳が垂れ下がった。
タカは思わず口を開けた。かつて本で、一部のエルフには生まれつきの「微細な」テレパシー能力があるという話を読んだことがあったが、うわっ、これってちょっと不気味だ。とはいえ、なんだか興味深い。一体どうやって……
「どうやって機能するの?」エイライアは得意げに口走った。「えっと、まだ君のことをよく知らないから、君が何を考えてるか、何を感じてるかはほんの少ししか読み取れないの!でも、推測するには十分よ! もし私が振り返っても、君の姿は見えるの! でも物理的な意味じゃないわ! つまり、君の存在を感じられるの! それに、君がピンチに陥った時――例えば、私たちがもっと近づいた時とか――それを感じ取れるの! 君が危険にさらされている時! 遠くからでもね!」彼女はくるりと踵を返して、再び彼に向き直った。また笑い声を上げた。「ほら! こういう仕組みなのよ!」
「ああ、そうか……」彼は本当に理解できたのか確信が持てなかったが――
「まだ分からない? もしよかったら、もっと分かりやすく説明するよ!」
タカは慌てて首を横に振った。「えっと、いいよ……」
「わかった!」エイライアは微笑んだ。「じゃあ、リンゴを想像してみて!今、私はオレンジだよ!」
「……え?」
「その二つは相容れないでしょ? だから、私がリンゴになれば、私たちも相容れるの! わかる?」
「いや……」
「いつ――」
「もういいよ、エイライア。それくらいにしておこう……」エシルはうんざりしたようなため息をつきながら割って入った。「ごめんね」と彼はタカに言った。
タカは、どうやら顔から少し戸惑った表情を拭い去ることができなかったようだ。すると、クルルが跳ねるように近づいてきて、彼の肩に手を置き、笑いながら言った。「心配するな!俺たちだって、それに慣れるまで結構時間がかかったんだ!」
タカはただ頷くしかなかった。他に何と言えばいいというのか?この男のそばでは、どんな考えであれ、その衝動を必死に抑えなければならないような気がした……
「何も考えるのを我慢する必要なんてないよ! 俺にはどうでもいいんだ!」
エシルはすぐに首を横に振った。「いいか、エイラール。そんなことやめろ。彼を気まずくさせているぞ」
「えー、でも――」
「ダメ。もういい。」
「……わかったよ~。」エイライアは隅へと退き、静かにふくれっ面をすることに決めた。しかし、やがて彼は、一見何の理由もないのに、にこにこと笑い出した。彼は……本当に些細なことで楽しめてしまう。それだけは確かだった。
突然、クルルの表情が真剣になった。「うーん……君、あまり子供っぽくないな。いいぞ。いや、いいよ、坊や! もう一度その呪文をかけてあげようか?」
「えっと、いいよ……」タカはうなずいた。「ありがとう。」
クルルはうなずくと、両手をタカの肩に置いた。彼は小声で呟くと……前回と同じように、ほんのわずかな瞬間、ピンクのエネルギーがタカの体を包み込んだ。海の潮のように温かさが全身に広がり、彼はすぐに気分が良くなった。
「ありがとう」波が引いていく中、彼はそう絞り出すように言った。
「どういたしまして!」
ちょうどその時、アーサーが近づいてきた。歩きながら剣を鞘に収めていた。彼を見るだけで、タカの気分は和らいだ。信頼できる人のそばにいると、安心できるような気がしたのだ。それに、もう自分の言葉を、誰かに割り込まれて最後まで言わせてもらえないこともなくなった。
「あの、あの時……」タカはそう切り出したが、視線はあちこちと定まらなかった。「助けてくれて、その、ありがとう。あと、その、さっきも……」
「どういたしまして!」クルルは歌い上げた。なぜか、彼は大喜びしているようだった。
エシルは真面目な様子でうなずいた。「どういたしまして。」彼はアーサーに視線を向けた。「それに、ゴブリンの件で助けてくれて、改めてありがとう。」
「はい」
「ともあれ」と彼は言った。「アーサー、だったっけ?」アーサーは形だけのうなずきを返した。エシルの視線は、並んで立っている他の二人に移った。「さて、君たち二人はまだ名前を名乗っていないようだね」
「あ、えっと、僕はタカです」
ベリルはニヤリと笑い、胸を張った。華麗な一礼を添えて、彼は宣言した。「アシュワズ家のベリル・エドマンド・サイファーです。お会いできて光栄です!」
「僕はエイライアだ!」 脇からエイライアが元気よく叫んだ。タカは緊張から笑顔を広げた。それ以外、誰もそのエルフに気にかけてはいなかった。
アーサーはこの会話の間、ほとんど黙っていた。彼がその沈黙を破ったのは、この時だった。
「さて」と彼は切り出した。その声や表情にはユーモアは微塵もなく、その威厳ある口調は、場にいる全員の全神経を集中させるものだった。「二つのパーティーが同じ仕事を引き受けることになった。どういうわけだ?」その言葉は重々しかったが、彼は誰かを非難しているわけではないことをはっきりと示していた。少なくとも、現時点では。
「分かりません」と、クルルは一瞬も躊躇することなく、真剣な口調で答えた。「でも、このクエストを引き受けたのは一週間ほど前です! そして、ここに着いたのは……一時間ほど前です。」
「え、何だって?」
タカは信じられないというように首を横に振った。一週間前?! ここに来るだけで、どうして丸一週間もかかったというのか?!
エシルは鼻を鳴らした。「そうさ……もしお前たち二人が何度も道を間違えさせなければ、もっと早く着いていたはずなのに。」彼はクルルを睨みつけ、次にエイラールを睨んだ。「地図も読めないくせに……」彼はそう言うと、うんざりした様子で言葉を途切れさせた。
「エシル、それは不公平だ! 言っただろう、地図を読んで先導したかったなら、なぜそうしなかったんだ?!」
「それはだって――」
三人が本格的な口論に発展する前に、アーサーが「わかった」と割り込んだ。その一言で、タカとベリルが言い争っていた時と同じように、彼らの口はたちまち封じられた。「君たちは一週間前にこの依頼を受けた――僕たちは今日受けたばかりだ。依頼主のことだけど、何かおかしいと思わなかったか?」
「いや、普通に見えたよ!」
「エイライア」とエシルは不機嫌そうに呟いた。「もういい」
エイライアは黙り込んだ。
「……特に何か気づいたわけじゃないけど、あんなに急いで私たちを追い出そうとしたのは、確かに不自然だったな」
アーサーはうなずいた。「俺たちも同じだ。ギルドに戻ったら、すべてを報告する。報酬は山分けだ。」
「報酬?」とエイライアは繰り返した。「 楽しみのためにやってるんだと思ってたよ! 報酬なんて必要ないよね?」彼は本当に困惑した様子で、仲間たちを次々と疑問の眼差しで見渡した。
「違うよ、エイライア」とエシルはたしなめた。「金があれば、食べ物や休息が買える――それらは私たちに必要なものだ。それに、以前も言った通り、君とクルルが金を無駄遣いし続ける限り、そうしたものは買えないんだ。」
「ああ……」
「おい!」クルルは憤慨して抗議したが、エシルは彼を相手にしなかった。
「エイルアイア、生きるためには食べる必要があるってことを、改めて言わなきゃいけないのか?」
彼は何も言わなかったため、エシルは再びアーサーの方を向き、ただこう言った。「それでいい」




