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最強博物学者の優雅な秘境調査 〜絶滅種のモフモフ幼女を助けたら、懐かれすぎて新米助手になりました〜  作者: 月影


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第2章・第3話 :国家一級博物学者の鑑定眼

『燻る鉄床亭』を後にした私とシルヴァは、煤煙の立ち込める坂道をさらに登り、街の最上層に位置する重厚な石造りの建物へと向かった。

建物の正面には、巨大な盾とツルハシが交差した紋章。ここが、この街のすべての採掘権と流通を管理する『ザルツブルグ鉱山ギルド本部』である。



「うにゅ……なんだか、ここ、すっごくピリピリしてるよ、せんせい」



シルヴァが私の外套をぎゅっと掴みながら、周囲を警戒するように鼻をヒクつかせた。

彼女の鋭い嗅覚と知覚が察知した通り、ギルドの重い鉄の扉をくぐった瞬間、受付ロビーには尋常ではない殺気と焦燥感が満ちていた。



「どういうことだ! 今日も最深部の第七坑道でミスリルが十キロも消えただと!?」

「見張りは何をしていた! 結界の魔導具も作動しなかったのか!?」



奥の応接室からは、地響きのようなドワーフたちの怒号が廊下まで筒抜けになって響いている。受付の職員たちは顔を青くして縮こまり、ロビーにいる武装した憲兵たちも険しい表情で武器を握り直していた。



「ひどい空気だね。まあ、それだけ彼らにとって死活問題ということなんだろうけれど」



私は全く動じることなく、受付のカウンターへと歩み寄った。そして、懐から一枚の、鈍い銀色に輝く最高位の『国家一級博物学者証』を取り出し、驚きで固まる受付嬢の前にそっと置いた。



「王都より参りました、博物学者のアルスです。こちらのギルド長、あるいは鉱山主の方に、現在発生している『鉱石消失事件』について、有益な情報をお渡ししたいのですが」



「こ、国家一級……!? あ、あの、少々お待ちください!」



受付嬢はひっくり返った声を上げると、その身分証を持って、奥の怒号が飛び交う会議室へと脱兎の如く駆け込んでいった。



「せんせい、おしごと?」

「ああ。ドワーフのおじさんたちが困っている謎を、少し解き明かしてあげようと思ってね。シルヴァ、大人しくしているんだよ」

「うんっ、シルヴァ、いい子でお手伝いする!」



シルヴァが小さな胸を張って頼もしく頷いたのとほぼ同時に、奥の部屋の扉が勢いよく開き、数人の屈屈なドワーフたちが血相を変えて姿を現した。

その中心にいるのは、立派な白髭を蓄え、豪華な細工の施された衣服を身にまとった老人――この街の鉱山主にしてギルド長、バリグだった。



「てめえが王都から来たっていう学者か! おい、命知らずのインテリ野郎、鉱石が消えた理由が分かるとは、一体どういう意味だぁっ!?」



バリグは地鳴りのような大声を上げ、私を睨みつけた。その瞳には、新参者への強い猜疑心と、極限まで追い詰められた者の焦りが生々しく宿っていた。



「ふむ、まずは落ち着いてお話を伺いましょう、ギルド長」



私はバリグの凄まじい剣幕を、春風でも受け流すかのように平然とあしらった。そして、会議室の中央にある大きな円卓へと歩み寄り、そこに広げられていた坑道の地図と、現場から回収されたという『空のコンテナ』に視線を落とした。


私の眼鏡の奥で、淡い知性の光が走る。


(――『鑑定眼』)



====================

【名称:ミスリル保管用・防魔の鉄箱】

【状態:破損なし。魔力結界は正常に機能していた】

【痕跡:内壁に微量の高熱による溶解痕、および化学式 Sb2S3 に酷似した未知の分泌液を検出】

====================



「ふむ、なるほど。鉄格子も二重扉も無傷。結界も作動しなかった。当然ですね。犯人は扉を『通り抜けて』いないし、結界に触れてもいないのですから」



「なんだとぅ!? じゃあどうやって中身をごっそり盗み出したってんだ!」



バリグが机を叩いて身を乗り出す。



「簡単なことです。上からですよ」



私は人差し指を立て、会議室の天井、ひいては坑道の『岩盤』を指差した。



「ギルド長、第七坑道のコンテナが置かれていた場所の真上――そこには、ごく薄い『地熱の通気孔』が走っていませんか?」



「な……!? な、なぜそれを知っている! あそこは数日前に掘り当てたばかりの未公開の隠し脈だぞ!」



バリグだけでなく、周囲の幹部ドワーフたちがいっせいに息を呑んだ。

私は地図の一点をトントンと指先で叩く。



「この街の地脈の流れを観察すれば、どこに通気孔があるかなど子供のパズルより容易です。……さて、真犯人の正体ですが、人間の泥棒などではありません。この岩山の最深部に生息する、ある絶滅危惧種の魔獣――『フェルム・スライム(鉄食い粘塊)』の変異種ですね」



「フェ、フェルム・スライムだとぉ!?」



「ええ。彼らは通常の有機物ではなく、高純度の魔鉱石のみを主食とする極めて珍しい固体です。肉体の大半が液体金属に近く、岩盤の微細な隙間や熱ベントを自在にすり抜けることができる。防魔の鉄箱の結界は『生物の侵入』を阻むものですが、彼らは鑑定上『無機物の流動体』として認識されるため、結界のセンサーを完全にスルーしたのですよ」



私が淡々と紡ぐ完璧なロジックに、ドワーフたちは完全に言葉を失い、開いた口が塞がらない様子でお互いの顔を見合わせた。



「そ、そんな魔獣、聞いたこともねえぞ……!」



「当然です。彼らは通常、地殻の下――マントルに近い深層にしか存在しませんから。ですが、今回の消失事件が始まったのは、あなた方が第七坑道を爆破採掘した『三日前』からだ。その時の衝撃で地盤が割れ、エサの匂いに釣られた彼らが、通気孔を通って上がってきてしまった……これが事の真相です」



「あぅ……! せんせい、すごいの! おじちゃんたち、お口がポカーンってなってるよ!」



私の背後で、シルヴァがふさふさの尻尾を誇らしげにブンブンと振りながら、ドワーフたちを指差した。

その声でようやく我に返ったバリグは、私に向かって深く頭を下げた。その顔には、先ほどまでの猜疑心は微塵もなく、ただただ圧倒的な敬意だけが刻まれていた。



「……すまねえ、学者先生! 俺たちの目が曇っていた! あんたの言う通りだ、すべての日付の辻褄が合っちまう! お願いだ、その『鉄食い』って化け物を退治する手を貸してくれねえか!?」



「フェルム・スライムの駆除、あるいは保護ですね。博物学者として、その生態調査も含めて引き受けましょう」



私が静かに頷くと、会議室のドワーフたちから一斉に安堵の溜め息が漏れた。



「おお、恩にきる、アルス先生! すぐに案内役の精鋭炭鉱夫と憲兵を――」



「いえ、結構です。彼らは非常に警戒心が強く、金属の摩擦音や大人数の魔力に敏感だ。大勢で押しかければ、さらに奥の地殻へと逃げ込んでしまい、二度と捕獲できなくなります。……私と、助手のシルヴァの二人だけで行きますよ」



「なっ!? そんな危険な最深部に、先生とそこのお嬢ちゃんだけで行くってのか!?」



バリグが驚愕してシルヴァを見る。シルヴァは「シルヴァ、強いもん!」と、小さな両手をグッと握って見せた。



「心配いりません。私を誰だと思っているんですか?」



私が眼鏡の奥の瞳を不敵に細める。その圧倒的な自信に、バリグはそれ以上言葉を続けることができなかった。



――だが、そのやり取りを、会議室の片隅で冷ややかな目で見つめている男がいた。

ドワーフではなく、人間の男だ。仕立ての良い、しかしどこか悪趣味な金刺繍の施された衣服を纏ったその男は、この街に食い込んでいる商業ギルド『ゴールドデン・アイ(金眼商会)』の支部長、マルコであった。



(……チッ、余計なインテリ野郎がしゃしゃり出てきやがって。正体がただのスライムだとバレちまったか。だが、好都合だ……。あの学者のガキごと、最深部で『処理』してしまえばいい)



マルコはドワーフたちに気付かれないよう、音もなく会議室を抜け出すと、懐から通信用の魔導具を取り出した。



「……俺だ。王都の学者を名乗る邪魔者が、これから第七坑道の最深部へ向かう。予定通り、裏で雇っている崩落魔術師の連中を配置しろ。スライムを刺激して暴走させ、あの学者どもを鉱石ごと生き埋めにするんだ。ミスリルの利権は、すべて我が商会がいただく……」



暗い廊下に、下卑た笑い声が響く。

悪徳商業ギルドの一味は、希少な魔獣の習性を利用してドワーフの採掘場を閉鎖に追い込み、ミスリル鉱山そのものを格安で買収しようと画策していたのだ。


――そんなトカゲのつぶやきのような悪意が動いているとは露知らず。

私とシルヴァは、バリグから渡されたランタンを手に、第七坑道の入り口へと立っていた。



「うにゅ……真っ暗だね、せんせい」



ごつごつとした岩肌に掘られた巨大な大穴。奥からは、地熱の生暖かい風と、独特の金属の匂いが吹き抜けてくる。



「大丈夫だよ、シルヴァ。私の後ろをしっかりついておいで。……さあ、新米助手、初めての本格的なフィールドワークの開始だ」



「うんっ! シルヴァ、がんばる!」



カツン、カツンと、私の靴音が静かに坑道の奥へと響いていく。

二人の影は、ゆっくりと暗闇の奥深くへと消えていった。

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