第8章・第2話 :豊穣大平原の麦穂リゾットと、祭壇の呼び声
ソルト・ロカストたちの群れを傷つけることなく眠らせた私たちは、麦畑のあぜ道にある平らな大岩をテーブル代わりに使い、即席の野外キッチンを設営していた。
周囲は白く塩化した場所もあるとはいえ、上空には抜けるような青空が広がり、乾いた心地よい風が私たちの髪を揺らしている。
「うにゅぅ……。せんせい、シルヴァのお腹、もうペコペコさんを通り越して、カラカラさんだよ。お口の中が、お肉の匂いを求めてるの!」
シルヴァが待ちきれない様子で、岩の上に顎を乗せ、ふさふさの灰色の尻尾を左右にビターン、ビターンと激しく叩きつけていた。
その隣では、シロも綺麗にお座りをしながら、私の手元を大層真剣な眼差しで見つめている。
「はは、お待たせ。今回は、この平原の農民たちが避難する直前に分けてくれた、採れたての『黄金大麦』と――ザルツブルグの特産である『巨猪の塩漬け肉』、そして前章でドワーフの駅長からもらった『黄金の魔導バター』を使った料理だよ」
私がポータブル用の魔導コンロを点火し、深めの手鍋を温めると、まずは厚切りにしたボアの塩漬け肉をじっくりと炒め始めた。
――チュゥゥゥゥゥウウウ……ッ!!!
大平原に、猛烈に食欲をそそる芳醇な肉の爆ぜる音が響き渡る。
肉から溢れ出た極上の脂で大麦の粒をじっくりと炒め、表面が透き通ってきたところで、平原の清らかな地下水を注ぎ込んでコトコトと煮込んでいく。仕上げに、あの輝かしい黄金の魔導バターを一塊、贅沢に鍋へと滑り込ませた。
――コトコト、ふわぁぁ……。
鍋から立ち上ったのは、天日干しされた大麦の香ばしい穀物香と、熟成されたボア肉の力強い旨味、そして魔導バターの言葉を失うほどに濃厚なミルクの甘みが完璧に調和した――大自然の恵みをそのまま凝縮したような、暴力的なまでに温かな香りだった。
「ふあぁぁ……っ!!! せんせい、これ、お鍋の中からお日さまの匂いがするよ……っ! すっごくいい匂いで、シルヴァの耳が勝手に踊っちゃうの!」
「ガウッ! ガウガウッ!」
シロも大興奮で、三本のふさふさとした尻尾をプロペラのように激しく回転させている。
「よし、出来上がりだ。我が研究所特製――『黄金大平原の豊穣麦穂リゾット』だよ」
(――『鑑定眼』)
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【名称:黄金大平原の豊穣麦穂リゾット】
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「さあ、冷めないうちに。たくさんお食べ」
「いっただっきまーす!!」
シルヴァは大きめの木製スプーンを両手でしっかりと握ると、湯気が立ち上るリゾットをフーフーともせずに、豪快に口いっぱいに放り込んだ。
「っ……!?!?!? ん、んみゃあぁぁぁぁぁいっ……!!!!! せんせい、これ、すっごくプチプチしてるのに、お口の中でとろけちゃうよぉ……っ!」
あまりの美味しさに、シルヴァの丸い獣耳が小刻みにプルプルと震え出し、涙目で頬を膨らませながら大喜びでステップを踏み始めた。
「麦さんを噛むたびにね、お口の中でプチッ、プチッて楽しい音がして、その中からボアさんのお肉の旨味がドバーッて溢れてくるの! それに、黄金のバターさんがお米全体を優しく包んでくれて……喉を通るときに、身体がぽかぽかしてきちゃうの!」
シルヴァはスプーンを動かすのももどかしい様子で、器を抱え込むようにしてハグハグ、もぐもぐと猛烈な勢いでリゾットを胃袋へと収めていく。
大麦の自然な甘みと、ボア肉の程よい塩気、そしてバターのコクが、完璧な調和を奏でているのだ。
隣では、シロも自分の器に盛られたリゾットを夢中で舐め取り、「ガウゥン……」とこの世の幸福を噛み締めるような深い吐息を漏らしていた。
「ふふ、これだけ綺麗に食べてもらえると、博物学者冥利に尽きるね」
私は自身の分のリゾットを優雅に味わい、身体の芯が心地よいエネルギーで満たされるのを楽しんでいた。
しかし、そんな穏やかなおやつ(・・・)の時間は、大地の底から響いてきた「異様な不協和音」によって遮られることになる。
――ズ、ズズズズズズズズ……ッ!!!
突然、私たちが座っていた大岩が、不気味な振動と共に激しく揺れ動いた。麦畑の地割れの隙間から、先ほどまでの穏やかな空気とは正反対の、どす黒い『負の魔力』が霧のように噴き出してくる。
驚いたシルヴァがスプーンを咥えたまま耳を険しく直立させ、シロが地面の割れ目に向けて鋭い牙を剥き出しにした。
「うにゅぅ!? せんせい、あそこの地面の穴から……すっごく『わるい魔女のにおい』がするよ! 前の王宮のときと、おっきな石(巨石遺構)のときと、おんなじドロドロした人間の匂い……!」
「なるほどね。どうやら、彼らの残党が地下の祭壇に陣取り、最後の悪あがきとして、地脈のエネルギーを強引に暴走させているようだ」
私は眼鏡の奥の瞳を冷酷に光らせ、地割れの奥――地下深くへと続く暗黒の空間を見据えた。
大陸の胃袋を人質に取り、世界を混乱に陥れようとする秘密結社の最後の首謀者が、そこで私たちを待っているのだ。




