第3話:絶滅種のモフモフと悪辣なる密猟者
大樹の隙間をすり抜け、アルスがたどり着いたのは、わずかに開けた平地だった。
そこでは、樹海の静寂を切り裂くような下卑た笑い声が響いていた。
「ヒハハハ! 往生際が悪いぞ、このモフモフ野郎! 大人しく捕まりやがれ!」
「あぅ……っ、う、うぅ……!」
数人の男たちが、無骨な鉄製の網や魔力を仕込んだ罠の檻を手に、一匹の『獲物』を囲んでいる。男たちの装備には、ギルドに登録された冒険者のエンブレムはない。違法な手段で希少生物を捕らえる『密猟者』だ。
その中心で、小さな体が必死に威嚇の声を上げていた。
それは、人間の幼子のような姿でありながら、頭頂部にはピンと立った柔らかな獣の耳があり、お尻からはふさふさとした見事な尻尾が生えている――獣人の子供だった。
しかし、ただの獣人ではない。アルスの眼は、その子が放つあまりにも純度の高い、大自然の魔力を見抜いていた。
【名称:天狼族の幼生】
【状態:軽度の打撲、精神的パニック、栄養失調】
【特徴:数百年前に絶滅したとされる幻の種族。その毛並みや魔力器官は闇市場で国家予算級の価値がつく】
(……なるほど、天狼族か。歴史の教科書でしか見たことがない絶滅種が、こんなところに隠れ住んでいたとはね。博物学者としては、文字通り生唾ものの発見だ)
アルスは巨木の枝の上に音もなく降り立ち、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
だが、彼の観察眼はすぐに不愉快な現実へと向けられる。
子供の足元には、魔力を吸い上げる特殊な合金で作られたトラバサミが転がっていた。子供はそれを必死に避けたようだが、鋭い刃にかすったのか、小さな足首から一筋の血が流れている。
泥と涙で汚れながらも、子供は「シャーッ!」と小さな犬歯を剥き出しにして、必死に大人たちを睨みつけていた。その体は、恐怖で小刻みに震えている。
「おい、傷をつけるなよ! 毛並みが一価値下がっちまう!」
「分かってるよ。だがよ、ガキのくせに魔力の抵抗が強えんだ。――おい、そこの魔術師、睡眠の煙を投げ込め!」
密猟者の一人が、不気味な紫色のガスが詰まった魔導小瓶を掲げた。
あれを吸えば、小さな子供の呼吸器はただでは済まない。
「あぅ……、うぅ……」
子供は後ろに下がろうとするが、背後は強固な巨木の幹。もう逃げ場はなかった。
恐怖に目を瞑り、ぎゅっと身を縮こまらせる子供。
密猟者がニヤニヤと笑いながら、小瓶の栓を抜き、投げようとしたその瞬間。
「そこまでにしてもらおうか」
上空から、あまりにも場違いな、透き通った声が降ってきた。
「あ……?」
「誰だぁっ!?」
密猟者たちが驚愕して見上げる中、紺色の外套を軽やかになびかせ、アルスが地面へと着地した。ストン、と着地の音すら立てない、完璧な身のこなし。
突然現れた謎の「学者風の男」に、男たちは一瞬呆気に取られたが、すぐに凶悪な笑みを浮かべて武器を構え直した。
「なんだぁ、てめえは? 迷い込んだ学者か?」
「命が惜しかったら、見なかったことにして失せな。それとも……てめえもここで『おねんね』するか?」
アルスは男たちの脅しを完全に無視し、泥だらけの子供へと優しく視線を向けた。
子供は、新しく現れた人間にさらに怯え、「う、うぅ……!」と警戒の唸り声を上げている。
「可哀想に、お腹も空いているようだね。……大丈夫、すぐ終わるからね」
アルスはそう呟くと、密猟者たちへと向き直り、やれやれと肩をすくめた。
「君たちの不法侵入と密猟行為、命令に従わない悪質さ、そして何より――私の貴重な観察対象を傷つけた罪は重いよ。……さて、どうやって無力化されれば気が済むかい?」
最強の博物学者の瞳が、冷徹な捕食者のそれへと変わった。




