第7章・第3話 :奈落の底の魔導変異、狂乱の巣窟へ
チーズフォンデュでエネルギーを完璧に補給した私たちは、鉄橋のメンテナンス用ゴンドラを魔導万年筆の力で強制駆動させ、白霧が渦巻く峡谷の最深部へと一気に降下していた。
下へ進めば進むほど、霧の色は純白から、不気味な『紫黒色』へと変色していく。大地の底から漂ってくるのは、生物の精神を腐らせるような、悍ましい異界のマナの臭気だ。
――ドォォォォォン……。
ようやく辿り着いた峡谷の底。そこにあったのは、ミスト・ワイバーンたちの巨大な繁殖洞窟――だった場所だ。
今やその洞窟は、不気味に脈動する紫色の巨大な『変異結晶』によって侵食され、見るも無残な魔導汚染の巣窟と化していた。
そして、その結晶の中心には、先の章で壊滅させたはずの秘密結社が遺した、自動暴走を続ける『魔力反転抽出炉』が鎮座していたのだ。
「ひどい……。おっきな鳥さんたちの卵が、真っ黒なトゲトゲ(結晶)に囲まれて、みんな震えて泣いてるよ……!」
シルヴァが洞窟の奥を指差し、怒りと悲しみが混ざった声を上げた。
彼女の視線の先、何十個ものワイバーンの卵が、異界の結晶に魔力を吸い上げられ、今にも生命の灯火が消え失せそうになっていた。
周囲では、親のワイバーンたちが、汚染の光を浴びて正気を失い、互いに牙を剥き合って狂乱状態に陥っている。
「先の巨石遺構での門の解放が、この地底の地脈にも悪影響を及ぼしていたというわけだね。抽出炉が暴走し、周囲のマナを強制的に異界の性質へと反転させている。放っておけば、あと数時間でこの峡谷全体が爆発し、大陸の東西は完全に分断されるだろう」
私は眼鏡のブリッジを押し上げ、暴走する抽出炉の構造を瞬時に解剖した。
(――『鑑定眼・深度二段階解放』)
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【名称:結社製・魔力反転抽出炉(暴走状態)】
【品質:最悪】
【状態:臨界点限界。周囲の生物の生命力を吸い上げて燃料に変えており、内部の核は超高圧のエネルギーで守られている】
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「ガウ、グルルル……ッ!」
シロが私の前に立ち、激しい牙を剥いて洞窟の天井を睨みつけた。
汚染の中心である巨大な結晶の塊がベキベキと音を立てて割れ、そこから、抽出炉の防衛機構として形成された、全身が結晶でできた異形のゴーレム――『キメラ・クリスタル(魔導変異塊)』が姿を現したのだ。
その体長は十メートルを超え、四つの腕にはそれぞれ、あらゆる魔法を無効化する結晶の剣が握られている。
「グオォォォォォォンッッ!!!」
異形の結晶ゴーレムが咆哮を上げ、その巨大な足で、卵たちの立てられた一画を踏み潰そうと前進を開始する。
「やめろぉぉぉっ!! その卵たちに触るなぁっ!!」
シルヴァが激昂し、地を蹴って前に飛び出そうとする。
「待ちたまえ、シルヴァ。感情に任せて動いては、世界の理を見落としてしまうよ」
私は静かに彼女の肩に手を置き、その突撃を制した。私の冷静な声に、シルヴァはハッと我に返り、獣耳を震わせながら私を見上げる。
「でも、せんせい! あのままだと、赤ちゃんたちが……!」
「大丈夫さ。世界のすべては構造で成り立っている。どんなに強固に見える結晶の身体であっても、それを繋ぎ止めている『数式の継ぎ目』は必ず存在するんだ。我が研究所の助手たちよ、これが今回の実践講義だ。二人の息を合わせて、あの化け物の足元を『解体』しておくれ」
私は懐から、いつも使っている相棒――『万年筆』を抜き放ち、眼鏡の奥の瞳を青く輝かせた。




