第6章・第4話:新米助手の連携と、世界を繋ぐ万年筆
頭上から降り注ぐ、あらゆる物質を溶解する暗黒の酸の雨。
だが、私は動じない。
「――『万象融和』」
手にした万年筆の先から、不可視の魔力場を展開する。
降り注ぐ酸の雨は、私たちが展開した見えない結界に触れた瞬間、その危険な酸性度を完璧に中和され、ただの『少し温かい無害な炭酸水』へと姿を変えて、地面へと弾け飛んだ。
「な、何だと……!? 主の酸を、ただの水に変えたというのか!?」
狂信者が目玉が飛び出んばかりに驚愕する。
「世界の物質には必ず、その性質を決定づける結合比率がある。それをほんの少し書き換えるだけで、猛毒もただの炭酸水さ。……さて、シルヴァ、シロ。あの大きな蜘蛛の『関節の隙間』を見てごらん」
「うん! みえる! 黒い石の隙間に、ちょっとだけ青い光が見えるの!」
「ガウッ!」
「素晴らしい。あそこが、異界の魔力を全身に送っている『脈絡の交差点』だ。シロが足元を凍らせて動きを止め、シルヴァがその隙間に向けて音波をぶつけるんだ」
「うんっ! シルヴァ、やるの!」「ガウゥン!」
息はぴったりだった。
シロが三本の尻尾を大きく振ると、巨大蜘蛛の足元の大地が一瞬にして絶対零度の氷へと変わり、その巨体を完全に縫い留めた。
「ギチぃっ!?!?」
身動きの取れなくなった蜘蛛の隙間をめがけて、シルヴァが深く息を吸い込み、全力の『咆哮』を放つ。
――きゅぅぅぅぅぅぅんッッ!!!
可愛い子犬のようでありながら、特定の周波数へと完璧に調律された天狼族の音波。それが、蜘蛛の関節の青い光へとピンポイントで直撃した。
――パリィィィィィンッ!!!
「ギ、ギチ、ギギギ……ッッ!?」
全身の魔力供給を遮断された巨大蜘蛛は、その巨体を激しく痙攣させ、これ以上の戦闘は不可能と判断したのか、自ら異界の門の奥へと這うようにして逃げ帰っていった。
「ば、馬鹿な……我が主の魔獣が、たった二匹の獣ごときに……!」
「獣ではないよ。私の優秀な助手たちさ」
私は一歩前へ踏み出すと、未だに開きっぱなしになっている『異界の門』に向けて、万年筆の先を真っ直ぐに突き立てた。
「――『門戸閉鎖』」
万年筆から放たれたのは、空間の歪みを元の『正しい平坦な状態』へと修復する、純粋な博物学のロジック。
バリバリと音を立てていた赤黒い門は、私の言葉に従うようにして一瞬で小さく縮み、最後はパチンと静かな音を立てて完全に消滅した。
それと同時に、巨石遺構の深紅の光は元の静かな黒へと戻り、荒野には再び、穏やかな夕闇の静寂が訪れた。狂信者はその場にへたり込み、憲兵団が来るのを待つだけの抜け殻となっていた。
◇
事件の翌日。
異界の脅威を退けた私たちは、遺構の調査報告書を書き終え、ふもとの街の宿屋でささやかな打ち上げを行っていた。
テーブルの上には、今回の危機を未然に防いだお礼として、領主から贈られた特産の『最高級熟成チーズと干し肉の盛り合わせ』が並んでいる。
「わあぁぁ……っ! このチーズ、すっごくトロトロで、お肉に巻いて食べると最高なの!」
「ガウ、ガウッ!」
シルヴァは温められたトロトロのチーズを干し肉にたっぷりと絡め、「んみゃい! もぐもぐ!」と口の周りを白くしながら大喜びでハグハグと食べていた。シロも隣で、お裾分けされたチーズを嬉しそうに咀嚼している。
私はそんな二人を眺めながら、手元の手帳に今回の調査結果を万年筆で書き加えた。
「さて、シルヴァ。お腹がいっぱいになったら、次はどの世界の『理』を見つけに行こうか?」
「うんっ! せんせい、シルヴァ、世界の果てまでどこへでも一緒に行くよ!」
世界最強の博物学者と、食いしん坊で頼もしい新米助手、そしてもふもふの仲間。
世界のあらゆる謎を解き明かす彼らのフィールドワークは、これからも笑顔と共に、どこまでも続いていく――。




