第5章・第2話:至高の白蜜苺タルトと、王宮からの使者
キッチンから、バターの濃厚なコクと、苺の甘酸っぱい華やかな香りが研究所全体に広がり始める。
シルヴァとシロは、キッチンのカウンターに並んで顎を乗せ、今か今かと焼き上がりを待ち侘びていた。
チーン、と魔導オーブンが小気味よい音を立てる。
「お待たせ。我が研究所特製――『世界樹酵母の白蜜苺タルト』だよ」
テーブルに置かれたのは、サクサクとした黄金色のタルト生地の上に、まるでルビーのように艶やかに輝く大粒の白蜜苺が隙間なく敷き詰められた、芸術的な一品だった。
中央には、竜脈の冷気で程よく冷やした特製の濃厚クロテッドクリームが贅沢に添えられている。
「ふあぁぁ……っ! せんせい、これ、お菓子じゃなくて、キラキラの宝石箱だよ……っ!」
「ガウ、ガウッ!」
シルヴァもシロも、完全に目を輝かせて硬直している。
「さあ、冷めないうちに。切り分けてあげるよ」
(――『鑑定眼』)
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【名称:世界樹酵母の白蜜苺タルト】
【品質:至高(自家製)】
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「いっただっきまーす!」
シルヴァは小さめのフォークを器用に使い、タルトを大きく一口パクリと口に運んだ。
――サクッ、じゅわぁぁ……。
「っ……!!!???」
その瞬間、シルヴァの丸い耳がプルプルと激しく震え出し、ふさふさの尻尾がプロペラのように大回転を始めた。
「んみゃ、んみゃぁぁぁいっ……!! せんせい、これ、すっごくサクサクなのに、お口の中で苺さんのお汁が、ドッカーンって大爆発したよぉ! あまくて、ちょっと酸っぱくて……白いクリームが、お口の中でとろけて消えちゃうの!」
あまりの美味しさに、シルヴァは小刻みにステップを踏みながら夢中でタルトを頬張った。
世界樹の小麦を使ったタルト生地の香ばしさと、白蜜苺の濃厚な果汁、そして冷たいクリームのコクが、完璧な三位一体を成している。
隣では、シロも小さく切り分けられたタルトを上品にペロリと平らげ、「ガウゥン……」と至福の鳴き声を漏らしていた。
「ふふ、喜んでくれて何よりだよ」
私が自身の分のタルトを優雅に口に運び、紅茶を啜って喉を潤していた、その時だった。
――コンコンコン。
研究所の重厚なオーク材の扉が、ひどく張り詰めたリズムで叩かれた。
シルヴァが「うにゅ?」と口の周りにクリームをつけたまま耳をそばだてる。
扉を開けると、そこには王宮の最上級の礼服に身を包んだ、顔色の悪い一人の青年執政官が立っていた。その胸元には、国王直属を示す、輝かしい『黄金の獅子紋章』。
「……お初にお目にかかります、アルス一級博物学者閣下。私は王宮執政官のセドリックと申します」
青年は深く一礼したが、その瞳には隠しきれない焦燥と、恐怖の色が濃く滲んでいた。
「王宮からの急使ですか。随分と慌てているようだけれど、私の美味しいティータイムを邪魔するほどの重大事かね?」
「はい……。実は、大変なことが起きたのです。王宮の最深部にある『王立大禁書庫』の最下層から――初代国王が封印したとされる伝説の古代魔導書『原初の黙示録』が、何者かによって強奪されました」
「……原初の黙示録、ですか」
私の眼鏡の奥の瞳が、博物学者としての知的好奇心、そして少々の不穏さを察知して、小さく細められた。




