第4章・第1話 :極寒の白銀霊山と、もふもふの先住者
世界樹の美しい湖水地帯から北上すること数日。
私たちの前に立ちはだかったのは、見渡す限りの純白に染まった絶対零度の世界――『白銀の竜脈霊山・エルドラド』だ。
――ゴォォォォォ……ッ!
叩きつけるような猛吹雪が、凍てつく視界を白く染め上げる。
普通の人間の旅人であれば、一歩足を踏み入れただけで数分と持たずに凍死するであろう過酷な霊峰。
だが、私たちの足取りは至って軽快だった。
「うにゅぅ……。せんせい、ここ、すっごく白いよ? お空も地面もぜんぶ雪さんなの。でも……不思議と寒くないよ?」
私の隣を歩くシルヴァが、不思議そうに自分の小さな両手を見つめていた。
彼女の胸元では、ザルツブルグでもらった銀のバッジと、エルフの里でもらった魔導ランタンが、暖かな光を放ちながら彼女の身体を優しく包み込んでいる。
私が事前に施しておいた『環境適応の防護結界』が、極限の冷気を完璧に遮断しているのだ。
「それはよかった。ここは地下に巨大な『竜脈(マナの奔流)』が走っている山だからね。冷気は厳しいけれど、空気中の魔力密度は世界樹の麓にも劣らない。だからこそ、ここでしか生きられない特殊な獣たちがいるんだ」
私は足を止め、眼鏡のブリッジを指先でクイと押し上げながら、雪に埋もれた岩陰に視線を向けた。
(――『鑑定眼』)
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【名称:霊山特産・氷結晶の苔】
【品質:良質】
【特徴:竜脈の冷気魔力を吸って凍りついた希少な苔。肉食の獣たちが、体内の魔力バランスを整えるために好んで摂取する】
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「ほら、シルヴァ。驚かさないように、静かにあそこを見てごらん」
私が指差した先、真っ白な雪原と同化するようにして、一匹の美しい生き物が佇んでいた。
それは、大人の犬ほどの大きさを持つ、まるで氷細工のような透明感のある美しい純白の毛並みを持った狐だった。
その背中には、まるでドレスの裾のように美しく広がる、三本のふさふさとした大きな尻尾。
「わあぁ……っ! お狐さん! すっごくもふもふで、お耳がピコピコしてるの!」
「あれが今回の調査対象――『フロスト・テイル(氷殻三尾狐)』だよ。絶滅危惧種に指定されている、極めて知性の高い霊獣さ。彼らの毛皮は常に微細な冷気障壁を纏っていて――」
私が博物学者としての解説を口にしかけた、その瞬間。
――グルルルルル……ッ!!
突如として、その美しい狐が鋭い牙を剥き出しにし、私たちに向けて激しい敵意の唸り声を上げた。
三本の尻尾が逆立ち、その周囲の雪が、急激な魔力の高まりによってツララへと変化していく。
「うにゅぅ!? お狐さん、すっごく怒ってるよ? シルヴァ、何もいじわるしてないのに……!」
シルヴァが驚いて耳をペタンと寝かせ、私の背中へと隠れる。
「おや、おかしいね。フロスト・テイルは本来、人間を無視するほどに温厚で、誇り高い性質のはずだが……。これほど明確に他種族を拒絶するというのは、明らかな異常事態だ」
私は眼鏡の奥の瞳を細め、狐の様子をさらに深く観察した。
その美しい純白の毛並みの奥、前足の付け根あたりに――どす黒い「矢の傷痕」が残っているのを見逃さなかった。
「なるほどね。シルヴァ、あの傷を見てごらん。ただの獣に付けられた傷じゃない。猟師が使う『捕獲用の鉄矢』の跡だ。それも、傷口から不自然な魔導毒の残滓が漂っている」
「えっ……? じゃあ、あのお狐さん、わるい人間にいじめられたの?」
「そういうことさ。人間に対する強い恐怖と憎悪が、彼を警戒させているんだ。……さて、誤解を解くのが先決だね。フロスト・テイル、君を攻撃する意図はないよ」
私は一歩前に踏み出し、あえて無防備に両手を広げて見せた。
だが、正気を失いかけている狐は、私の静止を聞き入れることなく、大きく跳躍した。
その周囲に形成された数十本の『氷の槍』が、一斉に私へと向けて射出される――。
「危ないの、せんせい!」
「慌てなくていいよ、シルヴァ。――『熱量置換』」
私が指先を小さくパチンと鳴らした瞬間。
私へと直撃するはずだった数十本の鋭利な氷の槍は、私の目の前数センチの空間で突如として信じられないほどの熱を帯び――一瞬にして、ただの『温かいお湯のシャワー』へと姿を変えた。
バシャバシャと地面の雪を溶かす温水。私とシルヴァには、水滴一滴すら触れていない。
「ガ、ガウ……ッ!?」
自身の最大威力の魔法が一瞬で無害化されたことに、フロスト・テイルは着地しながら、驚愕にその丸い目を大きく見開いた。
「驚くことはないさ。氷の結晶構造を熱運動へと置換しただけだよ。……それよりも君、その足の傷、一刻も早く治療しなければ体内の魔力回路が崩壊してしまう。博物学者として、それを見過ごすわけにはいかないね」
私は歩みを止めず、そっと懐から、エルフの里でもらった最高級のマナ酵母から抽出した『精霊の特製軟膏』を取り出した。




