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カール・クレイマンがロザリー・ハーパー伯爵令嬢に再開したのは、貴族学院を卒業して、3年過ぎた頃だった。

ロザリーはカールの同級生で、専攻科は違ったが経営系の授業で一緒になる事があり、顔なじみではあった。資産家で有名なハーパー伯爵家の令嬢であり、ロザリーの亡くなった母から多額の遺産を受け継ぎ、伝統のある伯爵家の嫡男とも婚約していた。

美しく朗らかだった彼女が、クレイマン伯爵家が後援するストラーダ修道院で、質素な修道服を着て修道女として奉仕する姿を見て、本当に驚いてしまった。

そして、カールに自分の存在を知られたと気づいた時の、ロザリーの苦しそうな表情を見て、心が痛んだ。

しかし、カールは彼を避けようと目を逸らす彼女の手を、思わずつかんでしまった。

「なぜ貴女がこんな所にいるのですか」

暫く沈黙があり、観念したのかロザリーは身の上を語った。

それはまず婚約破棄から始まった。

学院でのミランダの存在から流行の様になった婚約破棄、アンリとラミレス、ガストンとエルミーネだけではなく何組もの婚約が破棄され、ロザリーも婚約者の伯爵令息から運命の女性が現れたと、婚約破棄を言い渡された。

不幸だったのはロザリーの母は亡くなっており、継母がハーパー伯爵家を取り仕切っていた。ロザリーが引き継いだ遺産は伯爵令息との結婚が前提とされていたので、婚約が破棄されれば受け取る資格は無くなる、身分の低い男爵令嬢にとって代わられるなどハーパー伯爵家の恥、修道院に入れるしかないと、気の強い継母は言い張り、父は折れてしまいロザリーはここに追いやられたのだ。

「でも私は決してこの修道院の生活が辛いとは思ってませんのよ、孤児院の子供達と遊ぶのは楽しいですし、学んだ経営の知識を修道院の運営に役立てればと思っておりますし」

そういうロザリーは昔の様に朗らかに微笑んだ。それが余計にカールには痛々しく感じた。

慈善事業は元々夫人の仕事だった。クレイマン伯爵家でもカールの母が担当し、嫁のマーガレットが引き継ぐものだったが、マーガレットは慈善事業よりも芸術家を集めたサロン活動をしたがり、カールがこちらを担当する事になったのだ。

ロザリーとの出会いと、オーガストとファウスティーナの繋がりで、カールは、ストラーダ修道院に足繁く通う様になっていった。


カールとマーガレットは婚約している時も結婚してからも仲は良かった。互いにプレゼントを贈りあい、茶会、舞踏会、晩餐会、二人は連れ立って出席した。

長男アベルが生まれ、少し間が開いて次男セドリックが生まれた。

富を持ち、王太子妃セレスティーナの信頼を得ている、閨閥としても最適な婚約者と結婚し、カールは自分の人生は順調だと信じていた。


それが崩れ去るのは、1冊のスケッチブックを見てしまったからだった。

次男セドリックが生まれて間もない頃、夫人を探して彼女の私室に入った時に、そのスケッチブックを見つけた。

開かれたページのマーガレットの愛らしい表情のスケッチに、思わず目が引き付けられてのだ。

その絵を描いたのはおそらく絵師のゴヤールだろう、カールは彼の絵を何枚か知っている、そしてページをめくり何枚ものマーガレットの表情を見ているうちに、彼女がカールに対してこんな顔を見せていない事の気づいた。

はにかむ笑顔、少し憂いのある横顔、望む様な熱い眼差し、夫の自分に対してマーガレットはこんな生き生きとした顔を見せた事はなかった。

スケッチブックには、生まれて間もない赤ん坊の絵もあった。その巻き毛からセドリックだと分かるのだが、不思議と長男アベルの絵はない。

赤ん坊の額の生え際の巻き毛の形を見た時、どこかで見たと思った。ゴヤールを紹介された時に、カールと年は同じくらいだが、人付き合いが悪く不器用な性格で、伸ばした髪をカールの前で掻き揚げた時の額の形がこうだったと。


カールは自分の足元に穴が開き、ストンと落とされていくのがわかった。


カールは屋敷を飛び出した。

馬車しか使わない彼には珍しく一人馬に飛び乗り駆けさせた。

行く当てなどない、ただ風を身体にあてて心の整理のつかない自分を落ち着かせたかった。そうして街をさ迷っているうちに、ストラーダ修道院の前にやってきた時に、ロザリーの顔が思い浮かんだ。

そこに気持ちを落ち着かせる何かがあると扉を叩いた。


カールとマーガレットの生活はそれからも変わりはなかった。

カールはセドリックを抱き上げ慈しんだし、芸術家を集めたサロンでマーガレットがゴヤールと会う事を止めたりしなかった。フォンブルグ侯爵家の絵師としてスタートしたゴヤールの活動はその頃目を見張る勢いで秀作を創りだしていた。


セドリックがたどたどしく言葉を話しだしたそのくらいに、カールはマーガレットに遠縁の娘がわけあって産んだ赤ん坊なんだ、育ててくれないかと薄い金髪の乳飲み子を連れ帰ってきた。


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