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国王オーガストの崩御によって王太子ジョゼフが即位した。

まだ10歳の国王なので、父アーサーが摂政となり国政を取り仕切ると思われたが、オーガストの治世は僅か8年で、新国王は子供、アーサーは息子の戴冠は自分も老いてからと考えていたので、兄の政治に深く関わる事をしていなかった。

アーサーは摂政の仕事は荷が重いと悩んでいた。

妻のマリアーナも家庭内を取り仕切る事や社交界を上手に付き合うのは得意だったが、姉の様な政治に関わるのは苦手だった。

二人の懇願と、重臣たちへの配慮から、皇太后セレスティーナが摂政となり、政策を継続させていくと決まった。

順調に見える治世だが、西部マグワイアの軍事圧力、東部の小国家群のいざこざ、南の海の海賊問題もまだまだ未解決、高位と低位の貴族の対立、中央と地方の格差、問題は次々に現れ、解決は遠のいていく、セレスティーナに休息を許されなかった。


ミランダは正式に王女付の侍女となった。

アグネスの思い込みを解く為、また引きこもりがちになるのを防ぐ為に、そば近くにミランダを置き、セレスティーナと、ラミレスは見守ると3人は話し合った。産んだ母、育てた母、立場上の母、アグネスを愛する母たちに不思議な連帯感が生まれていた。


ミランダが失脚しない事に宮廷人の中には不満を持つ者もいたが、セレスティーナが認め、下位貴族の地位向上にも役立った彼女の存在を、無視する事はできなかった。


その他の人事もほぼ変更のないものだった。

宰相はサラザール伯爵、実質はマルティン子爵。軍のトップはマンデラ侯爵だが、娘婿のジュリアンと、ユリウス・ソロンが強い権限を持つ。



長年オーガストの面倒を見てきたともいえるカール・クレイマンに、重要ポストで労をねぎらおうと提案したがカールはそれを辞退した。

「私は野にある方が居心地がいいんです、何しろ政治より金儲けの方が好きですし、政治をしながら金儲けえをするのは不都合がありますからね」カールは冷笑しながら答えた

「それに、オーガスト様のやられていた娼婦たちへの慈善事業を引き続いて私がやりたいとも考えておりますので、商売と慈善事業で手がいっぱいですよ」

権力を求めようとしないカールを取り込むのは無理のようだ、しかし、最初にオーガストを遊びに誘ったカールは、セレスティーナの陣営に入る事で権力を欲していたはずだ、この日の為の忍従ではなかったのか。

セレスティーナは商務大臣はどうかと最大限の地位を持ち出したがカールは固辞した。

「貴方どうしたの、もう権力はほしくないの」

「権力よりも欲しいもの、大事なものが見つかったんです、だから地位は要りません、できればそれ以外で力をお貸しください」カールの言葉に迷いはなかった。



クレイマン伯爵家には素晴らしい肖像画がある、巨匠ゴヤールの初期の傑作だ、ゴヤールはクレイマン伯爵家に嫁いだマーガレットの実家、フォンブルグ侯爵家のお抱え絵師として画家人生をスタートさせたので、縁のあるクレイマン伯爵家に傑作があっても不思議ではない。

その肖像画は家族が並んで収まる普通の肖像画ではなく、家族団欒の一齣を描いたもので各自の特徴が良く出ていて、それが傑作とされるゆえんだった。

描かれているのはカールとマーガレット夫妻、息子二人、そして養女として迎えた少女も入っている。

場面は家族団欒のお茶の時間、豪華なマントロピースの上に飾られた銀の燭台、遠い異国の高価な青い花瓶、緞帳のカーテン、家族しか集まらない部屋でも、クレイマン伯爵家の富を知らしめる豪華な調度品を精密な筆致で描き出している。

丸い大きなテーブルの正面にマーガレット夫人が座り、彼女だけが正面を向いている。子の年を考えれば中年の女性なのに、マーガレット夫人は輝く様に美しい。豊な濃い茶色の髪は艶めき、肌の白さを際立たせ、薄化粧しかしていないのに少し厚めの唇の赤さが華やかさを醸し出す、簡単な真珠のネックレスと金のイヤリングも輝きから察するに質の高い物と分かる、華奢な白い手には幾つものリングが飾られその手が持つティーカップは高価なセーブル陶器の名品だ、正面に向けられる笑顔はまさに幸福と愛情に満ちている。

彼女の右側には長男のアベルの姿がある。少年を脱しかけている長身とあどけなさが残る柔和な笑顔で彼は家族を眺めている。父に似た薄い金髪と水色の瞳、母に似た優美な口元、集まった家族を穏やかに眺める姿は誰もが立派な跡継ぎと認めるものだ。

長男の横には父カールが座っている。彼はお茶よりもたばこが良いのか、パイプをくわえている。その紫煙は開けられた窓に向かっているのも、絵には詳細に描かれていて、カインの視線も窓の外明るい青い空に薄く雲がたなびくのを眺めている。

マーガレット夫人の左手には次男のセドリックがヴァイオリンを奏でている姿があった。濃い茶色の巻き毛の少年はヴァイオリンが大好きなのだろう、身体をくねらせながら弦を持つ手が玄人はだしで微笑ましい。セドリックの瞳は自分の演奏に浸る様にキラキラと輝いている。

その音色が素晴らしいのは父カールの隣に座り、演奏する義兄を眺めている可愛らしい少女の表情からも伝わってくる。養女のローゼはお茶よりも、テーブルに飾られたとりどりのお菓子よりも、音楽に興味があるらしく指がリズムを刻んでいる。ローゼはクレイマン伯爵家の遠縁の娘で、乳飲み子の時に伯爵家に来たので本当の娘として扱われている。クレイマン伯爵家特有の薄い金髪は綺麗に梳かれ、飾られた絹のリボン、普段着のワンピースにも高価なレースが使われており伯爵家の娘として大事にされているのが確かめられる。

富を持ち、健康に恵まれ、容姿も美しい、互いを愛し合う表情にあふれる素晴らしい家族の肖像画だ。

カールは時折この絵の前で呟く

「これを守っていかなければならない」

高位貴族、大富豪、摂政セレスティーナとの太いパイプ、これだけの物を持ちながらカールの握りこぶしには力が入っている、この絵を守るのに多くの力が必要だと知っているからだ。






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