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第八十一話『お前が欲しい』

 キスをされたということだけは、訳が分からなくなっている今でも分かる。その行動の結果は分かれども、その意図が何も分からないことが裕哉を最も混乱させていた。


「おま、何を……!」


「これが私のエゴだ。……一番、わかり易いだろう?」


 もう、次の攻撃を仕掛けてくる気配はない。ただ腕の中の裕哉をいとおしむように、あわされた唇から送られてくる情報を楽しむかのようにその身をさらに寄せてくる。……脳内が、焼き切れそうだった。


「エゴ、ったって……‼」


「私はお前が欲しい。欲しい。何よりもだ。誰よりも自由で、私に自由の意味を教えてくれたお前が欲しい。……あんな最下層じゃなくて、私の隣にいてほしい」


「……あれだけ、俺のことを罵った癖に……‼」


「ああでもしなくては伝える機会すら得られないだろう。……今のお前は、それくらいに雁字搦めだ。……お前にとってどれだけその人物が大事であろうと、私はお前をそれほど雁字搦めにした奴を赦せないよ」


「……っ」


 雁字搦めな自覚は、ある。責任感とか梓への感情とか、自分がやらなければならないもの、最大目標に向かう道中で背負った――背負ってしまった責任の取り方とか。やるべきことだけが、裕哉の目の前にはあふれかえっている。


「……今の私なら、お前に自由を教えてやれる。自由の意味を知ったのは、お前が居なくなった後だがな」


「……お前が、俺を救うってのかよ……」


「救えはしないかもしれないな。私では、お前が抱えた物を肩代わりすることはできない。……だが、『逃げていい』とお前の道を肯定してやることはできる」


「……逃げ、る」


「ああ。そんな選択肢、今のお前には考えつきもしないだろう?」


 逃げていいのか。自分が勝手に背負った責任を、これからずっと果たしていくのだと決めた使命を。……今過去に苛まれている梓から、目を背けていいのか。


「……そんな事、出来ていいのかよ……‼」


「一度お前はすべての使命から目をそらしてこの学園の階層を駆け下りた。……そんなお前が、今更そうすることを拒むのか?」


「……ッッ‼」


 その言葉とともに、再び唇が触れ合う。……抵抗する気力は、どこからもわいてこなかった。むしろ、無意識に受け入れているんじゃないかとさえ、思えてしまって――


「……最低だよ、俺」


「最低かもしれないな。……だが、私にとってはそうではない。……お前が自分の意志で選んだ道の隣に立てるなら、私はその道を肯定してやれる気がするんだ」


「……自分の意志で、か」


 それはどこにあるのだろう。今も梓の傍にいるのか、それともふらふらとどこかをさまよっているのか。……今の裕哉が誰の意志で動いているのかも、今となってはもうわからない。分かりようがない。


「……ああ。お前は、誰かに縛られるような人間で終わってはいけない。……もちろん、この先私がお前を縛り付けてしまうこともあるのかもしれないが――」


「何もできなくなって立ち尽くす、自由のない今の俺よりははるかにマシと。……ある意味、それはそうなのかもな」


『誰かのために生きる』とは何か。その答えは出せなくて、だけど答えはすぐ近くにあるように思えて。―—自分のために動いた今が、裕哉の中にある何かをほぐそうとしている早希の行動にこそその本質はあるんじゃないかと、そう思えて――


「……改めて、言おう。松原裕哉、私と一緒に来てくれ。……お前に、私はたまらなく恋しているらしい」


 

 好きだ、と。


 

 至近距離で目をそらさず、しかして頬を見たことが無いくらい真っ赤に染めながら、早希はまっすぐなエゴを――否、恋心を裕哉にぶつけてくる。それに対して、裕哉は――


「……俺、は……」

『今この時だけでも』なんて言っちゃいましたが、その裏にはやっぱり荒れ狂うようなエゴが、恋心があった訳です。その思いは果たして届くのか、果たしてどちらがイフになるのか。……裕哉の決断、見届けていただけると嬉しいです!

――では、また次回お目にかかりましょう!

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