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第七十九話『忘れてしまえ』

――早希の言葉の一つ一つが、裕哉の心をえぐり取るかのようだ。梓のためという免罪符を使って、他のすべてを捨てて。……それを綺麗事だなんて、一体いつから錯覚していたのか。


 すべては裕哉のエゴだ。守りたいという思いも、それに伴って行動の全ても。あの事件が起きた後―—いや、起きる前ですらそうなのかもしれない。裕哉の行動は、梓のためという言葉でコーティングされたエゴでしかなかった。


「お前は負ける。その負けは永遠に刻まれる。……その痛みで、私を覚えていろ!」


「負けて、たまるかよ……ッ!」


 その戦意がどこからきているのか、今の裕哉に説明することはできない。ただ漠然と浮かぶ『負けたくない』という思いだけが、空っぽの裕哉を突き動かしていく。


 裕哉の全てを否定せんとする氷の刃を、水の触手がすべて絡めとる。制服の保護が無ければすべてが致命傷となりうるその攻撃を、裕哉はすべて捌き切っていた。


「……それでいい。もっと吠えてみろ、裕哉―—‼」


 攻撃が通らなかったことに何を見たのか、早希は満足そうに微笑む。それがやけにイラついて、裕哉の喉の奥から感情がこみあげてきた。


「―—お前は、何なんだよ‼」


 怒りというべきなのか、疑問というべきなのか。それともそのどちらともか。並べ立てたとて分からないその問いは、裕哉の一言に集約される。『分からない』という叫びだけが、今の裕哉にとっての真実だった。


「俺に失望したんだろ! もう追い越す壁としての価値もないんだろ⁉ ―—なら、そんな目をするんじゃねえよ‼」


 なぜ、まだ何かを望むような目をしているのだ。何かが変わるのだと、そう信じて疑わないのだ。……早希を超えられるような才能なんて、裕哉にはないはずなのに。


「ああ、確かに私は今のお前に失望している! ……だが、それと同時に希望している!」


「……意味が、分かんねえよ‼」


 それは矛盾ではないのか。失望したならそれっきりではないのか。……なぜ、次を望むのだ。それは、理不尽という奴ではないのか。


「心配するな、私にも分からん! ―—だが、これが私の本音な事だけは分かる!」


 普段は冷静な声色が、今はあまりにも熱を帯びている。それだけ伝えたい思いがあることは、今の裕哉にも分かった。分かるからこそ、分からないのだ。なぜそこまで、目の前の少女はこんな人間に期待することを止めないのだ。


「―—せっかくだ、お前の質問に答えてやろう! 『強くなったと認めてもらうにはどうしたらいいか』、だったな!」


「ああ。……お前にそのやり方が分かるなら、教えてくれよッ‼」


 氷と水が入り乱れながら、それでも二人の応酬はやまない。その中でたらされた蜘蛛の糸に、裕哉がしがみつかないはずもなかった。


「ああ、私にはわかる! お前のその疑問に対する答えは――」


 言葉を切り、早希はひときわ大きな氷の剣を作り上げる。そして、祈るように裕哉を見つめながらその剣を裕哉へ差し向けると――


「『そんなくだらない証明など、忘れてしまえ』ということだ‼」


 ひどく単純な言葉を並べながら、超高速で早希は剣とともに裕哉へ向けて突進した。

早希の叫びに、裕哉は何をもって応えるのか。この二人の決闘――いや、口喧嘩の行く末はどこにあるのか、見届けていただけると嬉しいです!

――では、また次回お目にかかりましょう!

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