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第七十七話『揺らぎ』

――空中に剣を形作り、自らの意のままに動かせる武双としてセットする。早希との戦いにおいて、油断も遠慮も、在ろうことか手加減など一ミリもしている余裕はなかった。


 戦闘前に交わした言葉などただの虚勢だ。裕哉の全てを絞り出して、なお足りないからいろんなところから知恵を借りて、搾りかすと継ぎ接ぎの切れ目まで全部放り込んでやっと勝利の可能性への糸が繋がるのが早希という相手だ。だからこそ、自分から積極的に仕掛けなければ――


「……おかしいな。以前までのお前は、もっと速かったぞ」


 水剣を振りかざそうとしたその瞬間、その制御権が氷に奪い取られる。氷の塊がどさりと地面に落ちる音が、今の一瞬で裕哉の武装が無力化されたことを証明していた。


「お前が、速くなってんだろ……‼」


「知らんな。……喰らえッ‼」


 裕哉の強がりを鼻で笑い飛ばし、早希はもう一歩鋭く裕哉へと踏み込む。牽制も様子見も一切なし、殺意剝き出しの全力攻撃だ。


「ち、いいいっ……‼」


「受け流したか。……これくらい、流れるように躱してくれなければ困るのだが、な!」


 とっさに創り出した水流でその攻撃をいなした裕哉の眼前に、死角からねじ込まれた氷柱が突然現れる。回避行動をとるも間に合わず、さばききれなかったそれが裕哉の肩を突き刺した。


「ず、う……っ」


「あっけないな。……これ以上やっても、時間の無駄か」


 体勢を崩した裕哉に、早希の鋭い踏み込みが迫る。敗北という言葉が否応なしに頭をよぎったその時、ようやく裕哉の本能は顔を出した。


 流れる水が地面をかっさらい、それに乗って滑るように裕哉の体は上昇する。追随する氷の弾丸を一気に振り切るその一手があれば、肩に突き刺さった氷柱を引き抜くくらいの余裕はあった。


「いってえな、クソが……‼」


「おお、ようやく目覚めたか。遅かったな」


 しかし、そんなことは想定内と言わんばかりに早希は地面を蹴り飛ばしている。携えられた氷の剣を躱さなければ、裕哉の胴体はあっけなく両断されるだろう。たとえ安全が保障された決闘であろうと、早希の剣先に乗る殺意にはなんの鈍りもありはしない。


「その調子で、半端者なお前には消えてもらおう――!」


「バカなこと言ってんじゃ、ねえよ……‼」


 振り抜かれた氷の剣を、流れる水がどうにかこうにか受け止める。形作られた鎧は気休め程度のものだが、それでもないよりははるかに気が楽だった。


 だが、早希の指摘通り裕哉の魔術には迷いが混ざっている。それはそのまま裕哉が抱える問題がやりきれないものだからこそのものであり、それに対して答えが出せない限り永遠に付きまとい続けるものだ。……それを抱えたまま早希に勝てるかと言われれば、当然のごとくそんなことはあるわけがないのだ。


「……だけど、それが言い訳になるわけもねえしな……‼」


 早希が何を思ってこの戦いを挑んでいるのか、今の裕哉にはわかりようもない。だが、分からないなりにやるしかないのだ。……彼女が無意味に人を傷つけることなど、在りはしないのだから。


「……だから、今だけは――」


 忘れても、追いやってもいいのだろうか。責任も何も一度置いておいて、目の前の強敵に臨んでもいいのだろうか。それが敵うのならば、裕哉は――


「……遅い。そこまで決断力が無い人間だとは思っていなかったぞ」


 迷いを捨てるべきか否か。その問いもまた、ある種の迷いだ。そして、目の前の存在はその揺らぎを見逃してくれるほど甘くはない。故に、その疑問が生み出した一瞬は致命的で――


「今のお前は、誰にも勝てない張りぼてだ。……このやり取りで、それがよく分かったよ」


 冷たく吐き捨てると同時、目にもとまらぬ速さの回し蹴りが裕哉の脇腹を直撃した。

早希の対人戦闘がここまで書かれるのってなんだかんだ初めてなんですよね。万全の裕哉と双璧を為したその力、是非見ていただけると嬉しいです!

――では、また次回お目にかかりましょう!

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