第六十六話『取り戻した先で』
「―—なるほど、なあ。そりゃあたしのことを気遣って、思い出させまいって動く理由もなんとなくわかるってものだよ」
今に至るまでの空白を取り戻した梓は、膝に手を当てながら薄く笑みを浮かべる。決して朗らかな感情によるものではなく、情けない己をどこまでも責めるような、冷たい笑みだった。
「帰り道でこのことを話さなくて良かった。……街中でへたり込んだら、大変なことになっちゃってたもんね」
「……ああ。そうかもしれねえな。俺だって傷ついてる梓を町ゆく人に見せるわけにはいかねえし」
へたり込む梓から目をそらさないまま、裕哉は淡々と続ける。今梓が改めて背負った傷は、裕哉も違う形ではあれ痛いほど実感してきたことだった。
「優しいね、裕哉は。……体にあんな傷を負わせた奴と、それでも一緒にいてくれるんだから」
「彼氏だから当然だろ。……あの日の約束、忘れてねえからな」
『裕哉が梓よりも強くなったら、その時は裕哉が梓を守る』。その約束は未来永劫無効にならない絶対的な約束であり、裕哉が守りたいと心から願う誓いだ。過去が掘り起こされようと、その部分が変わるわけではない。約束は背負うものではなく、守りたいと願うものへと変わったのだ。
「……うん、約束はあたしも忘れてない。……あたしを守ってくれてたんだもんね、裕哉は」
「やり方が強引過ぎたような気はするけどな。強くなろうとするあまり、お前の下を離れなきゃいけない時だってあったし」
裕哉があそこまで強くなったのは、間違いなくあの事件がきっかけなのだ。あの傷が裕哉を突き動かす原動力になり、もう無力なあの時の少年はいなくなった。……そのやり方が正しかったかは、今もなお分からないけれど。……ただ、梓がいつまでもその罪を引きずる必要はないのだ。
「……ごめんな。もう少し、柔らかい伝え方が出来ればよかったんだけど」
「こういう形を望んだのはあたしだもん、裕哉が謝る事じゃないよ。……そもそも、裕哉に悪いところなんてないんだから」
自分を傷つけた存在を恨むことなく、むしろ彼女を守ろうと研鑽を更に積み上げた。その在り方は尊いもので、彼が謝る必要も負い目に思うこともありはしないのだ。
「……全部、悪いのはあたし。誰があたしを赦しても、きっとあたしはあたしを赦せない。……だからずっと、あたしは魔術を封じ込めてたのかもね」
射程が極端に短いのは、誰かを巻き込まないようにだ。その出力が一瞬しか持たないのは、狙った者以外を傷つけることを避けるためだ。……すべてすべて、今の梓はあの時の後悔でできていた。
「……ごめん。あたし、今日は一人で帰るね」
「梓っ、待て……‼」
裕哉が引き留めるよりも先に、梓はすたすたと駆けだしてしまう。全力を出せば追いつけなくもないくらいに弱々しい足取りだったが、裕哉の足は動かなかった。
「……何が守るだよ、バカみてぇだ」
天を仰ぎ、裕哉は自分に向かってそう吐き捨てる。裕哉のやり方は、結局のところ失敗したのだ。世界一大切な人に、あんな表情をさせて――
「……クソっ」
背中から倒れ込むようにして、裕哉はグラウンドに寝転ぶ。日の沈みかけた空の色さえも、今の裕哉には煩わしく思えた。
もちろん、記憶を取り戻した梓との関係が何も変わらないはずもなく。試験対策が進む中、二人の関係性がどのように落ち着いていくのか楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また次回お目にかかりましょう!




