第五十六話『揺るがないものを抱えて』
―—記憶のふたとは、案外簡単なきっかけから緩んでいくものらしい。その蓋が開くことが梓にとって苦痛を伴うものであることは、当時まだ幼かった裕哉の調査力でも簡単に理解ができることだった。
「……梓」
戦闘態勢を取る四人に目線を向けて、裕哉はぽつりとつぶやく。しかし、その視界の中で認識しているのは一人だけ――どうみても苦痛を抑え込んでいる、最愛の恋人のことだけだった。
まったく、教師もふざけた質問をしながら背中を押してくれたものだ。そのせいで裕哉は自らの愛を、梓に対する思いそのものを確認しなければならなくなったのだから。そんな確認なんてすぐに結果が出る者で、今更わざわざ確かめるものでもなかったのに。
「……だけどまあ、あれが正論か」
裕哉がこのクラスにたどり着き、今こうして教える側へと立っているのは、梓がそこにいたからだ。『可能性の証明』も、梓がそこにいることを否定し、かつての姿をもう一度取り戻させるための第一歩に過ぎない。そのための都合のいい理由を、何とかして作り出したかった裕哉が持ち出したのがその理論なわけで。
「……水よ」
自らのスタートラインに立ち戻りながら、裕哉は新たな武装を形作る。剣でも弾丸でもない、既存の武具に囚われることのないその形状は、何よりも自由な水だからこそ形作れるものだ。
この水のように、裕哉はもっと自由でよかったのだ。すべてのしがらみを投げ捨ててここまで来たのに、あるべき姿に裕哉は勝手に縛られていた。もっとわがままで、身勝手で。……だけど譲れない理由のために、裕哉もその力をふるっていいのだ。
「……鹿野と霧島には、悪い事をしたなあ」
あの理想論だって決して真っ赤な嘘ではないけれど、それが後からついてきた思想なのは紛れもない事実なわけで。そしてそれが明かされるのは、最速でも裕哉たちの下克上が叶った後の話だ。まあつまり、詭弁を用いて裕哉は生徒会長という立場を早希に押し付けてきたわけで――
「ま、それを考えるのは後でもいいか」
その言葉とともに、水の形状が決定づけられる。まるで銃弾のように尖らされた水の武装は、主の合図とともに解き放たれるのを今か今かと待っているかのようだった。
「俺は俺の目的を果たす。……それが皆のそれとも合致してるなら、もう何も気に病むことなんてないよな」
その問いに答えてくれる者はいない。それでいいし、答えを返される方が困ってしまう。なんせこの答えはすべて決定づけられていて、何を言われようともう揺らぐことが無いからだ。
「……俺は、今の現状が気に入らない。梓がこのままくすぶり続けることを、正しいだなんて思えない」
相対する四人との緊張感を高めながら、裕哉は口の中で小さく復唱する。もう二度と、心のうちにある純粋な感情を言い訳が覆い隠すことが無いように。ようやく肯定された我儘な感情が、この先また引きこもってしまわないように。
「俺は、梓の力をもう一度見たい。その道のりがたとえ、アイツにとって痛みを伴うものになっても」
もし痛みがひどくなったら、裕哉が全力を以てその足取りを支えよう。梓を守ると、裕哉は幼いころから誓っていたのだから。それは今でも変わらないし、この先も変わらない。……それが、裕哉の生き方だ。何があっても、もう変われない。
だから、まずは第一歩だ。梓の中で、何かが変わっていくように。それが、この先の梓にとっていいものとなっていけるように――
「……行くぞ‼」
まずは、裕哉自身がその在り方を変えていこう。不退転の決意とともに放たれた弾丸を追うようにして、裕哉も四人に向かって鋭く踏み込んでいった。
裕哉の決意も固まり、ここからが本当の意味での下剋上の始まりとなっていきます!裕哉の願いは果たしてかなうのか、この先も楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また次回お目にかかりましょう!




