第九話「黄泉ネット開発計画⑧ 予期せぬ光」
第九話「黄泉ネット開発計画⑧ 予期せぬ光」
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翌朝。
作業場に入るなり、私は足を止めた。
昨日とは何かが違う。
ボルタ殿が、机の上に何かを積み上げていた。
砂から取り出した素材と、金属片を交互に重ねたものが、
昨日より明らかに高くなっている。
「田中殿。」
傍らにいた田中殿に小声で尋ねた。
「あれは何だ。」
「昨夜のうちに積み上げたみたいです。」
「昨夜のうちに?」
「気づいたら寝ていなかったようで。」
私はボルタ殿を見た。
確かに、目の下に隈がある。
だが顔は、子どものように生き生きしていた。
伯爵の称号をお持ちの方が、
黄泉の国の作業場で一晩中砂まみれになっておられる。
「……止めなかったのか。」
「止められる雰囲気じゃなかったです。」
田中殿は苦笑した。
「楽しそうでしたし。」
私はため息をついた。
ファラデー殿はというと、
部屋の隅で昨日から書き続けている紙の束が、
また少し増えていた。
こちらも止まらぬらしい。
「スウェーデンボリ殿。」
私は通訳係のもとへ向かった。
「ボルタ殿は今、何をしようとしておられますか。」
スウェーデンボリ殿は静かに答えた。
「積み重ねた数だけ、力が大きくなるはずだと。
今日、それを確かめようとしておられます。」
「なるほど。」
「ただ。」
スウェーデンボリ殿は少し間を置いた。
「昨夜から田中殿と私の間で、一つ懸念が出ております。」
「懸念?」
「黄泉の光を蓄えた電池を、一度に多く繋いだ場合、
下界の理論通りに動くかどうかが分からない、と。」
私は眉を寄せた。
「つまり。」
「予測がつかない、ということでございます。」
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ボルタ殿が準備を終えたのは、それから少しした頃だった。
机の上には、金属と素材を交互に重ねた塔のようなものが三つ並んでいる。
昨日灯った光よりも、もっと大きな器具が置かれていた。
田中殿が私の隣に来た。
「忠清さま。」
「なんだ。」
「何が起きても、慌てないでください。」
「……それは不安なことを言うな。」
「念のため、です。」
ボルタ殿はこちらを一度振り返り、
にこりと笑って見せてから、器具に手を伸ばした。
繋いだ。
最初の一瞬は、何も起きなかった。
だが次の瞬間。
光った。
昨日の比ではなかった。
作業場の隅まで届くほどの、白く強い光が生まれた。
私は思わず目を細めた。
田中殿が息を飲んだ。
スウェーデンボリ殿が静かに言った。
「……これは。」
ボルタ殿が何かを叫ばれた。
嬉しそうに、何かを叫ばれた。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「できた、と。やはり積み重ねれば大きくなる、と。」
その瞬間だった。
光が、揺れた。
一度。
二度。
そして三度目に揺れた時、器具の一部から、
小さな煙が上がった。
「っ。」
田中殿が素早く動いた。
器具と電池の繋ぎを外す。
光が消えた。
作業場が、一瞬で元の静けさに戻った。
誰も何も言わなかった。
ボルタ殿は煙が上がった器具をじっと見ておられた。
その表情は、落胆ではなかった。
むしろ、何かを考えているような、静かな顔だった。
やがてボルタ殿が口を開かれた。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「……面白い、と。」
「面白い?」
私は思わず聞き返した。
「下界でも同じことが起きた、と仰っています。
力が大きくなりすぎると、器が耐えられなくなる。
これは電池の問題ではなく、器具の問題だ、と。」
ボルタ殿は煙の跡を指でなぞりながら、また何かを仰った。
「器具を丈夫にすれば、もっと大きな光が作れる、と。」
私は田中殿を見た。
田中殿は少し複雑な顔をしていた。
「田中殿。」
「……ボルタさんの言う通りです。
ただ、丈夫な器具を作るには、また材料が要ります。」
「またか。」
「またです。」
二人で同時にため息をついた。
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その時。
作業場の外から、声がした。
「忠清さま。」
聞き覚えのある、穏やかな声だった。
私は振り返った。
入口に立っていたのは、旭殿だった。
「旭殿。」
「ご無沙汰しております。」
旭殿は深く頭を下げた。
「下界監視係の仕事が少し落ち着きましたので、
仮判定の引継ぎについてお話を伺いに参りました。」
私はすぐに、頭の中で算段した。
引継ぎの話をしなければならぬ。
だが今、ボルタ殿の実験が予想外の局面を迎えた。
材料の調達も考えねばならぬ。
「……ちょうど良い時においでになった。」
私は言った。
「え?」
旭殿は少し首を傾げた。
「少し待っていただけますか。今、急ぎで片付けねばならぬことがある。」
「もちろんでございます。」
旭殿は穏やかに微笑んだ。
「ところで、さきほど大きな光が見えたような気がしたのですが。」
「見えましたか。」
「はい。作業場の外まで届いておりました。」
私は田中殿と顔を見合わせた。
田中殿が小さく呟いた。
「……外まで届いてたんですね。」
「思ったより大きかったということだな。」
「ボルタさん、やっぱりすごいですよ。」
旭殿は作業場の中を、興味深そうに見回していた。
「これは、何を作っておられるのですか?」
「黄泉の国に「情報」、いや「知らせ」の網を作ろうとしております。
そのための力の源を、今作っているところでして。」
「力の源。」
旭殿は繰り返した。
「光から力を作るのですか?」
「そのようなことです。」
旭殿はしばらく考え込んでから、静かに言った。
「私は生前、托鉢をしておりました。」
「托鉢?」
「はい。何もないところから、少しずつ分けていただく。
集まったものが、やがて多くの人の支えになる。」
私は少し考えた。
「……光を集めて力にする、ということと、似ておりますな。」
旭殿は微笑んだ。
「左様だな。少しずつでも、積み重なれば大きくなる。」
田中殿が小声で言った。
「忠清さま。」
「なんだ。」
「旭さん、なんかいい人ですね。」
「そうだな。」
私も小声で返した。
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ボルタ殿はといえば、
煙の跡を調べ終わると、また新しい作業を始めておられた。
器具を丈夫にするための素材を探しているらしく、
田中殿に何かを次々と尋ねていた。
田中殿が困った顔でスウェーデンボリ殿を呼ぶ。
スウェーデンボリ殿が訳す。
ファラデー殿が紙から顔を上げて口を挟む。
また三者の議論が始まる。
私はその様子を眺めながら、旭純栄殿のそばに座った。
「引継ぎの件だが。」
「はい。」
「もう少し先になりそうだ。申し訳ない。」
「いいえ。」
旭殿は首を振った。
「こちらの仕事のほうが、今は大事でございましょう。
私はいつでも構いません。」
「かたじけない。」
私は少し間を置いてから言った。
「旭殿。」
「はい。」
「仮判定の仕事は、調整の連続でございます。
様々な事情を持った方々の話を聞き、正しい場所へ送り届ける。」
「はい。」
「あなたは人と話すことがお好きだと聞きました。」
「はい。それだけが取り柄でございます。」
旭殿は笑った。
「その取り柄は、あの仕事では何より大切なものです。」
旭殿は少し照れたように頭を下げた。
「励みになります。」
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その時、作業場の奥から田中殿の声がした。
「忠清さまー。」
「なんだ。」
「器具を丈夫にするには、川の砂よりも、
もっと細かく砕いた石が要るみたいです。
どこかに石を細かくできる場所はありますか?」
私はしばらく考えた。
「黄泉の国の石工の係があったはずだ。」
「石工の係!」
「武具の修繕なども行っておる。
そこに頼めば、細かく砕く道具もあるだろう。」
田中殿は目を輝かせた。
「また黄泉の国、何でもありますね。」
「そうだな。」
私は思わず笑った。
旭殿が隣で静かに微笑んでいた。
「忠清殿。」
「なんじゃ。」
「この仕事、楽しそうでございますね。」
私は少し考えた。
楽しいか。
仮判定は滞っている。
材料はまだ足りない。
器具は煙を上げた。
引継ぎも終わっていない。
「……苦労はたえぬ。」
私は正直に言った。
「しかし。」
私は作業場の奥を見た。
ボルタ殿が砂まみれで何かを組み立てている。
ファラデー殿が紙を増やし続けている。
田中殿がスウェーデンボリ殿を呼んでいる。
「悪くはない。」
旭殿はにこりとした。
「それは何よりでございます。」
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その夜。
石工の係に話をつけ、
翌日から石を細かく砕く作業を始める段取りをつけた。
ボルタ殿は器具の改良の見通しが立ったと、
スウェーデンボリ殿を介して嬉しそうに伝えてきた。
ファラデー殿の紙の束は、また少し増えた。
私は書き留めた段取りを眺めながら、思った。
仮判定が滞っている。
旭殿への引継ぎを、もう少し早く進めねばならぬ。
調整すべきことは、まだ山のようにある。
だがその山が、少しずつ、確かに動いている。
黄泉国情報網計画。
器具は煙を上げた。
しかしその煙は、次への道を示していた。




