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第十話「黄泉ネット開発計画⑨ たえうる器」

第十話「黄泉ネット開発計画⑨ たえうる器」


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石工の係から、細かく砕いた石が届いたのは翌々日のことだった。


石工の係の者たちは、

生前、前橋藩主として、前橋城の修築や利根川治水に関わった際の働き手たちが多く居る。


 利根川、坂東太郎と異名を持つ。

 あの川は一筋縄ではいかなかった。

 あの川には幾度も悩まされた。

 川というものは、人の都合では動いてくれぬ。

 それをやり遂げたやつらならちゃんとした仕事をしてくれるに違いない。


とは思って居ったが、思った以上に早かった。


「思ったより早いな。」


「本当に早いですね。優秀な石工さん達なんでしょうね。」


私は心の中でほくそ笑み

田中殿、前橋の働き手が優秀なのじゃと少し優越に浸った。



「黄泉の国、何でもありますね。」

田中殿が言った。もう何度目かのこの台詞である。


「だんだんと、それが当たり前になってきたな。」


「忠清さまもそう思いますか。」


「三百年も住んおったが、こんなにもいろいろ物があったことに少し驚いている。」


田中殿は笑った。


-----------


ボルタ殿は届いた石を手に取るなり、

丁寧に指でなぞり、

しばらくじっと眺めてから、

また何かを仰った。


スウェーデンボリ殿が訳す。


「これで十分でございます、と。」


「十分、と。」


「はい。あとは組み立てるだけだ、と。」


ボルタ殿はさっそく作業を始められた。


砕いた石を器具の内側に丁寧に敷き詰め、

金属片を慎重に組み合わせていく。


その手つきは昨日と変わらず、迷いがない。


だが昨日と一つだけ違うことがあった。


時折、手を止めるのだ。


確かめるように、器具全体を眺める。


そしてまた、静かに続ける。


「田中殿。」


私は小声で尋ねた。

「昨日と何か違うか。」


田中殿はしばらくボルタ殿を見ていた。

「……丁寧になっています。」


「丁寧に?」


「昨日は勢いで作っていた。今日は確かめながら作っています。」


「煙が出たことを、覚えておられるということか。」


「そういうことだと思います。」


私は腕を組んだ。


失敗から学ぶ。


生前も同じことがあった。


一度うまくいかなかった施策は、次に活かすためにある。

うまくいかなかった原因を見極め、

同じ失敗を繰り返さぬよう、手を変える。


それをボルタ殿は、言葉ではなく手で示しておられた。


-----------

一方、ファラデー殿はといえば。


相変わらず紙に向かっておられたが、

今日は少し様子が違った。


時折ボルタ殿の作業に目を向け、

何かを書き留めては、また目を向ける。


観察している。


「スウェーデンボリ殿。」


私はそっと尋ねた。

「ファラデー殿は今、何をお考えでしょう。」


スウェーデンボリ殿はしばらく静かにファラデー殿を見ていた。


「……ボルタ殿の手の動きから、何かを読み取ろうとされています。」


「手の動きから?」


「理論だけでなく、実際の形から考えを深めようとされているようです。」


私は少し驚いた。


製本職人の見習いをしながら独学したお方だと、田中殿から聞いていた。


本を読むだけでなく、手で覚えることも知っておられるのかもしれない。


-----------

昼を過ぎた頃。


ボルタ殿が作業を止めた。


器具が、完成したらしかった。


昨日のものより、一回り大きい。

石で内側を固めた、どっしりとした作りだった。


ボルタ殿はそれをゆっくりと机の上に置き、

しばらく眺めてから、こちらを振り返った。


スウェーデンボリ殿が訳す。


「試してもよいか、と仰っています。」


私は田中殿を見た。


田中殿は器具をじっくりと眺めてから言った。


「……昨日より、ずっと丁寧に作られています。

 たぶん、大丈夫だと思います。」


「たぶん、か。」


「たぶんです。」


正直な答えだった。


「では、試しましょう。」


私は言った。


ボルタ殿は頷かれた。


ファラデー殿も、紙から顔を上げ、立ち上がった。


作業場に、静けさが戻った。


昨日と同じ静けさだった。


だが昨日と少し違うのは、

誰も「何が起きるか分からない」という顔をしていないことだった。


ボルタ殿は器具に電池を繋いだ。


光った。


昨日と同じ、強い白い光だった。


だが今日は、揺れなかった。


一度も。


その光はただ静かに、安定して、作業場を照らし続けた。


田中殿が息を吐いた。


「……安定しています。」


スウェーデンボリ殿が静かに言った。


「ボルタ殿が仰っています。」


「今度は器が、力に耐えた、と。」


ボルタ殿は満足そうに器具を見ておられた。


得意げでも、誇らしげでもない。


ただ、静かに満足しておられた。


伯爵の称号をお持ちの方が、

砂と石まみれになって、黄泉の国の作業場で。


私はその姿を見て、少し胸が熱くなった。



ファラデー殿が、ゆっくりと光に近づいた。


手をかざす。


光の温かさを確かめるように。


やがて何かを仰った。


スウェーデンボリ殿が訳す。


「この光の流れ。黄泉の光と、少し似ている部分がある、と。」


「似ている?」


田中殿が前に出た。


「どこが似ているか、お聞きできますか。」


スウェーデンボリ殿を介して、ファラデー殿が答える。


「揺れ方が、似ている。」


田中殿の顔が変わった。


「揺れ方。」

田中殿は光を見つめたまま続けた。

田中殿はしばらく黙っていた。

やがて静かに言った。

「黄泉の光の特性を調べる手がかりが、出てきたかもしれません。」

「ファラデー殿の観察から、か。」

「はい。下界の光とは違う揺れ方を、この光もしている、と。」

「はい。」

「なんだ。」

「……忠清さま。」

「ボルタさんが器具を作り、ファラデーさんがそれを観察する。

 二人がいてくれたから、気づけたことです。」


私は頷いた。


合議とはそういうものだ。


一人では見えないものが、複数の目で見ると見えてくる。


「では、次は何をする。」


私は田中殿に尋ねた。


田中殿は少し考えてから言った。


「ファラデー殿に、この光の揺れ方をもっと詳しく調べていただきたいです。

 それが分かれば、黄泉の光をどう扱えばいいかが見えてくる。」


「ファラデー殿に頼めるか。」


「はい。むしろ、喜んでやってくださると思います。」


田中殿は少し笑った。


「理論が爆発しそうな顔をしていますから。」


私はファラデー殿を見た。


確かに、目が輝いていた。


何かを掴みかけているような、あの目だった。


「スウェーデンボリ殿。」


「はい。」


「ファラデー殿に、この光の揺れ方を詳しく調べていただくようお願いできるか。」


スウェーデンボリ殿が訳すと、

ファラデー殿はすぐに頷かれた。


そしてさっそく紙を広げ、光に向かわれた。


田中殿が小声で言った。


「また理論が爆発しますよ。」


「今度はスウェーデンボリ殿が追いつけるといいな。」


スウェーデンボリ殿がちらりとこちらを見た。


聞こえていたらしい。


その表情は、いつも通り静かだったが、

かすかに、本当にかすかに、苦笑のようなものが混じっていた。


初めて見る表情だった。


-----------

その夜。


私は書き留めた今日の段取りを眺めた。


器具が安定した。


ファラデー殿が光の揺れ方に気づいた。


次は、その揺れ方を詳しく調べる。


仮判定はまだ滞っている。


旭殿への引継ぎも、まだ本格的には始まっていない。


やることは山のようにある。


だが今日、確かに一つ、山が動いた。


黄泉国情報網計画。


器が、力に耐えた。


次は、光そのものを理解する番である。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


チュニジアに日本代表が勝ちました。

嬉しくなってしまい、本日は2話目ですがアップいたします


この作品は、「酒井忠清が黄泉の国でインターネットを作ったら」という、われながらどうかしている発想から始まりました。

酒井忠清という人物を知ったのは、歴史小説を読んだのがきっかけです。

「権力の亡者」「下馬将軍」という言葉が先に来て、

正直あまり良い印象を持っていませんでした。


調べようと思ったきっかけは、見に行った授業参観で、3代目将軍の単元の後、5代目将軍に飛んでしまったことです。


史料を調べるうちに、合議制を重んじ、殉死禁止令、戸籍制度の先祖、東廻西廻海運、諸国山川掟……と、これだけの政策に関わった人物が、なぜこんなに悪役扱いされたり、授業で飛ばされたりしているのかと思い始めました。


そこから「本人に言わせてみたい」という気持ちが生まれ、気づけばこの作品になっていました。


黄泉の国でインターネットを作るという途方もない計画が、田中殿との出会いから始まり、ボルタ殿、ファラデー殿、スウェーデンボリ殿と仲間が増えていく。歴史上の人物たちが時代も言語も超えて一つの仕事に向かう様子を書くのは、書いていてとても楽しかったです。


忠清さまはいつも「また取りまとめを承ってしまった」と思いながら、動き続けます。

それが三百年変わらぬこの方の姿なのかもしれません。


まだまだ長い道のりです。引き続きお付き合いいただけますと幸いです。


竹の春と猫



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