第八話「黄泉ネット開発計画⑦ 意味の重さ」
第八話「黄泉ネット開発計画⑦ 意味の重さ」
あの小さな光が灯ってから、三日が経った。
作業場は、以前とは空気が変わっていた。
ボルタ殿は朝から晩まで砂と金属を触り続け、
ファラデー殿はその様子を観察しながら、
何かを書き留め続けている。
田中殿は二人の間を行ったり来たりしながら、
スウェーデンボリ殿の通訳を介して、
矢継ぎ早に言葉を交わしていた。
私はその様子を、少し離れた場所から眺めていた。
うまく回っている。
そう思っていた。
思っていた、のだが。
「忠清殿。」
スウェーデンボリ殿が静かに近づいてきた。
「少し、よろしいですか。」
私はすぐに嫌な予感がした。
この方が「少し」と言う時は、たいてい「少し」では済まない話である。
「いかがした。」
私は努めて平静を保った。
スウェーデンボリ殿は作業場の外へ目を向けた。
「田中殿とボルタ殿が、電池の仕組みについて意見が割れております。」
「それは存じておる。昨日も少し聞こえておった。」
「ファラデー殿も、独自の考えを持ち始めておられます。」
「三者三様。
技術者というものは皆そういうものでござろう。」
私はさほど気にせず言った。
だがスウェーデンボリ殿は続けた。
「問題はそこではございません。」
私は顔を上げた。
「三者それぞれが、自分の考えが正しいと確信しております。」
「……それはどういうことだ。」
「ボルタ殿は、電池の構造をもっと積み重ねれば出力が上がると仰っています。」
「ふむ。」
「田中殿は、黄泉の光の性質が下界の太陽光とは異なるため、
構造を変えるだけでは限界があると言っています。」
「ふむ。」
「ファラデー殿は、そもそも電池に頼らず、
光の流れそのものを誘導して直接力に変えることができると言っています。」
私はしばらく黙った。
「……三人とも、正しいのか。」
「おそらく全員、部分的には正しい。」
スウェーデンボリ殿は静かに答えた。
「だからこそ、誰も引かない。」
私はため息をついた。
生前も同じことがあった。
老中の合議では、優秀な者ほど己の意見に自信を持つ。
自信があるから意見を曲げない。
意見を曲げないから話が進まない。
「田中殿は今、何と言っておるか。」
「『まず試してみましょう』と言っています。」
「ボルタ殿は。」
「『試す前に理論を固めるべきだ』と。」
「ファラデー殿は。」
「『二人とも視点が小さい』と。」
私は思わず天井を仰いだ。
「……全員、言っていることが違う方向を向いておるな。」
「そのようです。」
しばらく沈黙があった。
スウェーデンボリ殿が静かに言った。
「忠清殿。」
「なんぞ。」
「私は通訳として三者の言葉を繋いでおりますが、
言葉を繋ぐことと、意見を繋ぐことは別のことでございます。」
私はその言葉の重さを測った。
意見を繋ぐ。
それは私の役目だということだ。
「承知、、、した。」
私は立ち上がった。
作業場に戻ると、三人は別々の場所で作業していた。
ついさっきまで同じ机を囲んでいたはずなのに、
いつの間にか、それぞれが別の隅に移っていた。
私はまず田中殿のそばへ行った。
「田中殿。」
「あ、忠清さま。」
田中殿は少し疲れた顔をしていた。
「ボルタさんは積み上げ式にこだわりすぎています。
黄泉の光は下界の光とは違う。
同じやり方では限界が来ます。絶対に。」
「なるほど。」
私は頷いた。
「ファラデー殿のお考えについてはどう思う。」
田中殿は少し間を置いた。
「……理論としては正しいと思います。
でも今すぐ実現できるかというと、それは別の話で。」
「つまり、遠い話だということか。」
「今の私たちには手が届かない話です。」
私は頷いて、次にボルタ殿のもとへ向かった。
スウェーデンボリ殿が通訳に入る。
ボルタ殿は私を見るなり、何かを熱心に語り始められた。
「積み重ねれば必ず大きくなる、と仰っています。
自分はそれを証明してきた、と。」
私は頷いた。
「ボルタ殿。先ほど光らせてみせてくださった、あの光は本物でございました。」
ボルタ殿の顔が少し和らいだ。
「ただ、一つだけ伺いたい。」
私は続けた。
「ここにある黄泉の光が、下界の太陽と異なる可能性については、
どのようにお考えでしょう。」
通訳を介して、ボルタ殿はしばらく考え込まれた。
やがてポツリと仰った。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「……それは、確かめてみなければわからない、と。」
私は静かに頷いた。
「左様。」
最後にファラデー殿のもとへ向かった。
ファラデー殿は紙に何かを書き続けておられた。
近づいても気づかないほど、集中されていた。
「ファラデー殿。」
ようやく顔を上げられた。
スウェーデンボリ殿が言葉を繋ぐ。
「自分の考えは正しい、しかし今すぐ形にする道具がない、と仰っています。」
私は頷いた。
「では、その考えを紙に書き残しておいていただくことはできますか。」
ファラデー殿は少し意外そうな顔をされた。
「今すぐ使わなくともよい、と仰っています。忠清殿の意図は。」
「左様。今必要なことと、後で必要になることは別でござる。
今はまず、動くものを作る。
ファラデー殿のお考えは、必ず次の段階で要ることになろう。」
ファラデー殿はしばらく私を見ておられた。
やがて、ゆっくりと頷かれた。
三人を集めたのは、その夕刻のことである。
私は机の前に立ち、三人とスウェーデンボリ殿を見渡した。
「御三方の考えを、それぞれ伺った。」
スウェーデンボリ殿が訳す。
「三者とも、正しい。」
私はそう言った。
田中殿が少し眉を上げた。
「ただし、それぞれが向いている方向が違う。」
私は続けた。
「ボルタ殿は今すぐ動くものを作ることができる。
田中殿は黄泉の光の特性を見極めることができる。
ファラデー殿はその先の理論を作ることができる。」
沈黙。
「ならば順番を決めましょう。」
私は言った。
「まずボルタ殿に、今ある仕組みをもう少し大きくしていただく。
その間に田中殿は、黄泉の光の特性を調べる。
ファラデー殿は、今の議論を紙に書き留めておいていただく。」
スウェーデンボリ殿が三者へ訳す。
しばらく間があった。
ボルタ殿が何かを仰った。
「……わかった、と。」
ファラデー殿が短く答えられた。
「理にかなっている、と。」
田中殿が小さくため息をついた。
「……忠清さま、うまいですね。」
「何がだ。」
「誰も負けさせていない。」
私は少し考えた。
「合議とはそういうものだ。」
田中殿は苦笑した。
「現代にも欲しい人材ですよ、忠清さま。」
私はその言葉の意味をよく測りかねたが、
悪い意味ではないことは分かった。
その夜。
私は一人、作業場の外に出た。
白く明けきらぬ光が、今日も変わらず満ちている。
動物たちの魂の粒が空に溶けたもの。
その光が、からくり箱を動かす力になろうとしている。
田中殿が言っていた言葉を思い出した。
「黄泉の光は、下界の太陽とは違うかもしれない。」
違うのかもしれない。
だが、光であることは同じだ。
力になることも、同じかもしれない。
違いを確かめながら、同じ目的へ向かう。
それは、合議制と何も変わらぬ。
私は空を見上げた。
次は、この光の正体を調べねばならぬ。
田中殿がそれをどう調べるのか、私にはまだ分からない。
だが、田中殿ならば何か考えるだろう。
あの者は、困った顔をしながら、いつの間にか答えを持ってくる。
黄泉国情報網計画。
光の正体を、次は解き明かす番である。




