第七話 「黄泉ネット開発計画⑥光を力に」
第七話 「黄泉ネット開発計画⑥光を力に」
スウェーデンボリ殿が「話を聞きましょう」と言ってから数日が経った。
私と田中殿は、スウェーデンボリ殿の執務室に呼ばれていた。
部屋は静かだった。
余計なものが何もない。
机の上には、びっしりと文字の書かれた書が何冊か積まれているだけだった。
スウェーデンボリ殿は、すでに座っていた。
「お座りください。」
私と田中殿は向かいに座った。
スウェーデンボリ殿はしばらく黙っていた。
そして言った。
「黄泉ネット。」
「はい。」
「忠清殿たちが作ろうとしているものの仕様を、もう一度お聞かせいただけますか。」
私は田中殿と目を合わせた。
田中殿が口を開こうとした。
だがスウェーデンボリ殿は手を上げた。
「田中殿ではなく。」
そして私を見た。
「忠清殿が、言葉にしてください。」
私は少し間を置いた。
「黄泉の国に散らばる情報を、一つに繋ぐ仕組でござる。」
「繋いで、どうなさるのですか。」
「必要な者が、必要な情報を、すぐに手に入れられるようにする。」
「それが目的ですか。」
「それが手段となる。」
スウェーデンボリ殿の目が、わずかに細くなった。
「では、目的は。」
私は答えた。
「黄泉の国をより良く運営すること。」
「運営。」
彼は静かにその言葉を繰り返した。
「忠清殿は、黄泉の国を"運営するもの"と見ておられる。」
「左様。」
「では私は、別の角度から定義させていただきます。」
スウェーデンボリ殿は立ち上がり、壁に向かった。
そこには何も書かれていない白い面があった。
「黄泉の国は、意味が集まる場所です。」
彼は静かに続けた。
「下界で生きた者たちが、それぞれに積み上げてきた意味。
それがここに流れ込んでくる。
それを"運営する"のではなく。」
彼は振り返った。
「"流れを整える"のだとお考えください。」
沈黙。
私は少し考えた。
「……違いがあるか。」
「大きな違いがございます。」
スウェーデンボリ殿は言った。
「運営は、管理する者が中心にいる。
流れを整えるのは、意味そのものが中心にある。」
私はしばらく黙っていた。
田中殿も何も言わなかった。
やがて私は言った。
「……承知した。」
スウェーデンボリ殿は小さく頷いた。
「では、始めましょう。」
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私は始める前にどうしても気になる事があった。
「スウェーデンボリ殿」
スウェーデンボリ殿はゆっくりと振り向いた
「これからこの事業に携わるに当たり、1つ確認しておかねばならぬことがある。
今ある役割の事だ。
この事業に携われば、今の役割があまりできず、他の“第一種魂通訳者”への負担が増える。
役割を担える人材は少ないと聞く。
黄泉の国の運営に支障をきたすことはなるべく避けたい。
なにか案はござるか?」
「……忠清殿は、なぜその問いを最初にされたのですか。」
私は少し考えた。
「黄泉の国の運営が、我らの事業より優先されるべきと考える。」
スウェーデンボリ殿は静かに頷いた。
「……その答えが聞けたので、参加いたします。」
「それだけでよいのか。」
「はい。自分の役割を忘れない者と働きたい。それだけでございます。」
スウェーデンボリ殿は続けた。
「それと、忠清殿のご懸念についてお答えしておきましょう。
第一種魂通訳の仕事は、一日に多くて一人、二十件ほどでございます。」
「ふむ。」
「私を除いても、第一種魂通訳者は十四人おります。
私の分を十四人で割れば、一人あたり一、二件増えるだけ。
黄泉の国の運営に、特段支障はございません。」
「それは、すでに確かめておられたのですか。」
「この問いが来ることは、分かっておりました。」
私はしばらく黙った。
この方は、私が問いを発する前から、答えを用意しておられた。
「……用意周到な御方だ。」
スウェーデンボリ殿はかすかに、本当にかすかに微笑んだ。
「忠清殿こそ。」
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翌日。
私たちは黄泉の国の一角にある、広い作業場へ向かった。
ボルタ殿とファラデー殿は、すでにそこにいた。
ボルタ殿を見た瞬間、私は思わず田中殿に耳打ちした。
「……随分と、陽気な御方だな。」
田中殿が小さく笑った。
「言ったじゃないですか。面白い方だと。」
ボルタ殿は部屋に入るなり、四方を見回し、天井を仰ぎ、
やがて満面の笑みを浮かべてこちらへ歩いてきた。
スウェーデンボリ殿が通訳に入る。
「ボルタ殿が仰っています。」
「この光は何でございますか、と。」
「動物たちの魂の粒が、空に溶けたものでございます。」
私が答えると、ボルタ殿の目が輝いた。
また何かを仰っている。
「触れることはできますでしょうか、と。」
「……触れることは難しいかと存じます。」
ボルタ殿は少し残念そうな顔をされたが、すぐに切り替えられた。
そして懐から、様々な道具を取り出し始めた。
「何を持ち込んでいるのだ、この方は。」
私は思わず呟いた。
田中殿が苦笑した。
「こちらに来る際に、全部持ってきたみたいですね。」
やがてボルタ殿は、川から運ばせた砂と、持ち込まれた武具の金属片を手に取り、
しばらくじっと見つめられた。
そして何かを仰った。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「使えます、と仰っています。」
私は思わず田中殿を見た。
田中殿も目を丸くしていた。
「早くないですか。」
「早い。しかし、この方はそういう御仁なのであろう。」
ボルタ殿はさっそく作業を始められた。
砂を選り分け、金属を並べ、何かを組み合わせていく。
その手つきは、迷いがなかった。
伯爵の称号をお持ちの方が、砂まみれになりながら作業されている。
私は不思議な気持ちで見ていた。
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一方。
ファラデー殿は、部屋の隅に座って、ボルタ殿の作業をじっと見ておられた。
スウェーデンボリ殿が私に小声で言った。
「ファラデー殿は今、観察されています。」
「観察?」
「手を動かす前に、すべてを理解しようとなさる。」
私はファラデー殿を見た。
貧しい家の生まれで、小学校も出ていないと田中殿から聞いていた。
だが、その目は違った。
静かで、鋭く、すべてを吸い込もうとするような目だった。
やがてファラデー殿が口を開かれた。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「ファラデー殿が仰っています。
ボルタ殿の作っておられるものは理解できます。
しかし、黄泉の光がなぜ蓄えられるのかが、まだ分からない、と。」
田中殿が前に出た。
「動物の魂は、感情の塊です。
感情には、流れがある。
その流れが、電気に似た何かを生んでいるのだと思います。」
スウェーデンボリ殿がそれを訳すと、ファラデー殿の目が変わった。
立ち上がり、田中殿に何かを問いかけ始められた。
訳が追いつかないほど、次々と言葉が出てくる。
スウェーデンボリ殿が少し困った顔をされた。
初めて見る表情だった。
「……ファラデー殿のお言葉が、速すぎます。」
私は思わず田中殿を見た。
田中殿は苦笑しながら言った。
「理論が爆発してますね。」
「爆発?」
「頭の中で、色んなものが一気に繋がってしまった時に、こうなるんです。」
私は静かに頷いた。
生前、優秀な部下が新しい仕組みを理解した瞬間に、
一気に言葉が溢れ出すことがあった。
あの感覚に似ている。
ファラデー殿のお言葉は、しばらく止まらなかった。
スウェーデンボリ殿が、少しずつ訳してくださる。
「感情の流れが電気に似た何かを持つなら、
それを誘導できるはずでございます。
誘導できるなら、向きを変えられます。
向きを変えられるなら、蓄えられます。
蓄えられるなら、取り出せます。」
田中殿が小声で言った。
「忠清さま。」
「なんだ。」
「電磁誘導の法則、今まさに黄泉の国で再発見されようとしています。」
私には意味が分からなかった。
だが、田中殿の顔が真剣だったので、
大変なことが起きているのだということだけは分かった。
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ボルタ殿の作業を待つ間、田中殿がおもむろに
「忠清さま、もう夜ですね。」
「黄泉の国に夜はないが、確かに時間は経っておる。」
「そうですね。眠らなくていいのは助かりますが、
時間の感覚が分かりにくい。」
「生前は夜になれば自然に一日が終わった。
ここでは、自分で区切りをつけなければならぬ。」
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数刻後。
ボルタ殿が、小さな何かをお持ちになって立ち上がられた。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「できました、と仰っています。」
作業場が静かになった。
ボルタ殿は、その小さなものを天井の光へかざされた。
しばらく待った。
そして、机の上に置いてあった小さな器具へ、それを繋がれた。
何かが、光った。
小さな、か細い光だった。
だが確かに、光っていた。
黄泉の光とは違う。
人の手が作り出した光だった。
田中殿が静かに言った。
「……点きました。」
私は黙っていた。
ボルタ殿が何かを仰った。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「まだ小さしゅうございます。でも、原理は同じでございます、と。」
ファラデー殿が立ち上がり、その光を見つめられた。
そして何かを仰った。
「次は私の番でございます、と。」
スウェーデンボリ殿は静かに訳された後、こちらを見た。
「忠清殿。」
「は。」
「意味が、動き始めました。」
私は頷いた。
川がある。
砂がある。
金属がある。
光がある。
そして今、それらが繋がり始めた。
黄泉国情報網計画。
光が、力になろうとしていた。




