第六話 「黄泉ネット開発計画⑤魂の科学者」
第六話 「黄泉ネット開発計画⑤魂の科学者」
魂通訳係の庁は、静かだった。
しかし静かというより、「順番がある静けさ」だった。
白く明けきらぬ光の下に、長い列が伸びている。
言葉にならないものを抱えた魂たちが、順に座していく。
「……思ったより多いな。」
私は思わず呟いた。
田中殿が小さく頷く。
列の先には、数百人の担当の者が座っていた。
彼らは“第二種魂通訳者”と呼ばれているらしい。
多くの魂は、この者たちで意図が通じるという。
だが、その奥にあるものだけは違う。
「心を閉ざした動物の魂は、深く入り込まないと意図が届かないようですね。」
田中殿が言った。
「だから、第一種が必要になる。」
私は視線を奥へ向けた。
そこに、一人だけ違う気配を持つ者がいた。
エマヌエル・スウェーデンボリ
その者の前には、二つの魂が並んでいた。
静かだった。
だが、周囲の空気がその者の周りだけ少し違って見えた。
まるで“意味の層”が一段深い場所にいるようだった。
私は息を整えた。
「……あれが。」
「エマヌエル・スウェーデンボリさんでしょうね。」
田中殿は短く答えた。
「あと二つで列が終わります。」
私は頷いた。
「ならば、待とう。」
列は静かに進んでいく。
誰も急かさない。
誰も言葉を挟まない。
ただ“理解されていく音”だけが積み重なっていくようだった。
田中殿が小さく呟いた。
「不思議ですね。」
「何がだ。」
「この場には、嘘がない。」
私は少しだけ頷いた。
「嘘を持つ前に、意味に変わってしまうのだろう。」
スウェーデンボリの前に並んでいた最後の魂がふと光の粒になり、
ふわりと浮かんでいった。
その魂は意図を理解してもらったと感じ、
穏やかに光の粒となって浮かんでいったのが分かった。
「……お待たせしました。」
その声は静かだった。
スウェーデンボリは、こちらを見た。
スウェーデンボリ殿との会話は日本語話者は日本語で話せばよく、
スウェーデンボリ殿はその意図を読み取ってくださる。
逆にスウェーデンボリ殿の話す内容は、全く分からない言語であるが
意図のみ私に伝わってくる。
とても不可思議な感覚になる。
私は一歩前に出た。
「スウェーデンボリ殿。」
「はい。」
「我らは、黄泉の国にて新たな仕組みを作ろうとしておる。」
彼は何も言わない。ただ、見ている。
私は続けた。
「電気を蓄える器を作る者。
その理を解き明かす者。
そして、思想をつなぐ者。
その三者を集め、黄泉の情報を流通させる「力の源」の仕組みを作る。」
私は少しだけ間を置いた。
「それをその「力の源」を元に黄泉の情報を集め、
黄泉の運営を円滑に行う仕組みを作りたいと思うておる。
我々はそれを“黄泉ネット”と呼んでおる。」
沈黙。
スウェーデンボリの目は、わずかに細くなった。
「……ネット、とは。」
私は言った。
「情報を選び取る網でござる。」
「網。」
彼はその言葉を反芻した。
だが、その反応は薄い。
「情報を選び取り、共有し、必要な場所へ運ぶ。
黄泉の国全体の理解を繋ぐ仕組みでござる。」
しかし、彼は首を振った。
「それは“器”の話です。」
私は一瞬、言葉を止めた。
「器は重要ではありません。重要なのは、その中に流れる意味です。」
空気がわずかに冷える。
私は気づいた。
この者は、“理屈”では動かない。
正しさでもない。
便利さでもない。
意味そのものが必要なのだ。
そのときだった。
後ろから声がした。
「忠清さま。」
田中殿だった。
私は振り返る。
田中殿は、スウェーデンボリの書を一冊、手にしていた。
「私は、世界の外側に秩序を見るのではない。
世界の内側に、意味として秩序が流れているのを見る。」
スウェーデンボリ殿の目が、わずかに動いた。
初めてだった。
田中殿は続けた。
「そしてその秩序は、孤立していない。
すべては、互いに“対応している”。」
沈黙。
列の空気が少し変わる。
スウェーデンボリの視線が、田中殿へ向く。
田中殿は続けた。
「私は不慮の死でこちらに参りました。」
スウェーデンボリの目が、わずかに動く。
「下界に残してきたものがあります。仕事も、家族も。
しかし、こちらに来て気づきました。
下界で誰かが積み上げたものは、その者が死んでも消えない。
知識も、技術も、思想も、誰かに渡り続ける。
それが途切れないよう繋ぎ続けることこそ、意味ではないでしょうか。」
「……対応。」
彼は静かに繰り返した。
あと一押し、
私は一歩前に出た。
「スウェーデンボリ殿。」
彼の目がこちらへ向く。
「あなた様は生前、現世と霊界の橋渡しをされていた。」
「はい。」
「それはこちらに来られてからも、変わっておらぬ。」
沈黙。
「我らがやろうとしていることは、同じではなかろうか。
繋がりが途切れぬよう、渡し続ける。」
それがあなた様の生きた意味であり、今もここで続けている意味ではないですか。」
「あなたたちは、それを作ろうとしているのですか。」
私は答えた。
「左様。
黄泉に散らばる理解を、対応させる仕組み。」
スウェーデンボリはしばらく目を閉じた。
そして、ゆっくりと開いた。
「……面白い。」
その一言だった。
だが、それだけで空気は変わった。
拒絶ではない。
許可でもない。
ただ、“観察対象”が変わったような静かな変化。
スウェーデンボリは言った。
「それが単なる道具であるなら、私は興味がない。
しかし、、、」
彼は黄泉の光を見上げた。
「それが“意味の流れ”であるならば。」
沈黙。
そして。
小さく、頷いた。
「話を聞きましょう。」
その言葉は、許可ではなかった。
参加でもなかった。
だが確かに、“入口”だった。
黄泉ネット開発計画。
その第三の柱が、ようやくこちらを見た。




