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第五話 「黄泉ネット開発計画④三人の科学者」

第五話 「黄泉ネット開発計画④三人の科学者」



「田中殿。」

「はい。」

「電池を作れる者を探さねばならぬとなれば、まず手掛かりが必要だ。」

「そうですね。」

「黄泉の国の書庫には、持ち込まれた本が山のようにある。そこから当たってみよう。」

私と田中殿は書庫へ向かった。

書庫は広大だった。


言語ごとに区分けされた棚が、見渡す限り続いている。


日本語の棚だけでも半日では見終わらない。

「田中殿。電池を作った者の名は分かるか。」

「はい。ボルタという人物です。イタリアの方です。」

「いたりあ。」

「はい。それと、電気の理論を作り上げた人物もいます。ファラデーという、イギリスの方です。」

「ボルタ殿とファラデー殿か。」

「この二人がいてくれれば、電池の問題は解決できると思います。」

私は考えた。

「まず、この二人はすでに故人か?」

「そうですね。」

「ではこちらのどこに居られるかを確かめねばならぬな。」

「それと。」

私は少し声を落とした。


「二人とも、日本語話者ではあるまい。」

田中殿は黙って頷いた。


「通訳を通せば意図が伝わらぬ恐れがある。特に専門の話ともなれば。」

田中殿は苦い顔をした。


「おっしゃる通りです。専門用語を知らない通訳では、言葉は伝わっても意味が伝わらない。」

生前も同じことがあった。


地方の大名への伝達が、途中で意味を失って届くことがあった。


言葉というものは、人を経るたびに変わる。

「黄泉の国には、思想を直接読み取り、他者へ伝える力を持った者がおる。」

田中殿が顔を上げた。

「言葉を持たぬ動物の声を聞く、特別な役の者たちだ。」

「それは。」

「ただし、その者たちはとても貴重な人材だ。我らの事業に割いてもらえるかどうか。」

二人はしばらく黙って顔を見合わせた。


「悩んでいても仕様があるまい。」

私はそう言って立ち上がった。

「閻魔様にご相談しよう。」


閻魔様は今回も静かに話を聞いてくださった。

ボルタ殿とファラデー殿への協力要請については、すぐに許可をいただけた。

だが、思想伝達の役の者については、閻魔様は少し考え込まれた。


「魂通訳係、その役で、中心となって担っておる物がいる。」

「は。」

「スウェーデンボリという者だ。」

私は思わず顔を上げた。

スウェーデンボリ殿。


生前、科学者でありながら、霊界を自在に行き来したと伝わるお方だ。


天文学、物理学、鉱物学、解剖学。精通した学問は数えきれない。


さらに晩年には、霊の声を読み取り伝えるという、

常人には到底及ばぬ力をお持ちになったと聞く。

「その者は“第一種魂通訳者”。一種は今、黄泉の国で15人しかおらん。その中でも重要な役を担っておる。」

「は。」

「ゆえに、朕がどうこう言える立場ではない。」

閻魔様は静かに続けられた。

「直接魂通訳係に参って、己で説得せよ。

 協力が得られるならば、事業に加わることを許そう。」


私は深く頭を下げた。

「承知いたしました。」


書庫に戻り、田中殿に閻魔様のお言葉を伝えた。

田中殿はしばらく考え込んでから、口を開いた。

「忠清さま。ボルタさんって、実はすごく面白い人らしいですよ。」

「ほう。」

「5歳まで話さなかったそうです。」

「5歳まで?」

「はい。周りの人間が、この子は知恵が足りないのではと心配していたそうです。」

私は思わず笑った。

「その者が電池を発明したのか。」

「はい。しかも自分の舌に金属を当てて実験したとか。」

「舌に?」

「電気が流れるかどうかを確かめるために。」

私は絶句した。

「その胆力は、なかなかのものだな。」

「でしょう。伯爵の称号も持っているのに、自分の体で実験してしまう方です。いったいどんな人物か。」



それから田中殿はファラデー殿の話をしてくれた。

「ファラデーさんは、生まれが貧しくて、小学校も中退しているんです。」

「それで科学者になったのか。」

「製本職人の見習いをしながら、お客さんが持ち込んだ本を読みふけって独学したそうです。」

私は静かに聞いていた。

「貧しい生まれでも、好奇心があれば。」

「はい。アインシュタインという、後世の偉大な科学者が、自分の部屋にファラデーさんの肖像を貼っていたそうです。」

「それほどの人物か。」

「それほどの人物です。しかも、イギリス王室から多額の報酬を断ったり、自分の発見に特許を取らず、知識を皆に開放したり。」


私は腕を組んだ。

「名声や金より、学問そのものを大切にした人物ということか。」

「そういうことです。」

私は少し、胸が熱くなるのを感じた。

生前、合議制を作ったのも、一人が権力を持ちすぎることへの戒めからだった。



知識も権力も、独り占めにしてはいけない。


それを、ファラデー殿は生き様で体現していたのかもしれない。

「ぜひお会いしてみたい。」

私はそう思った。

「そうですね。」

田中殿は笑いながら言った。

「でも忠清さま。その前に、スウェーデンボリさんの説得がありますよ。」

私は息を吐いた。

そうであった。



スウェーデンボリ殿。


生前は天才科学者にして、死後の世界を生きながら見聞したお方。


それほどのお方が今、黄泉の国の魂通訳係として重要な役を担っておられる。

しかも閻魔様が「己で説得せよ」と仰せになった。

「田中殿。」

「はい。」

「お主も来るか。」

田中殿はしばらく考えてから、にやりと笑った。

「行きます。スウェーデンボリさんには、ちょっと興味がありますし。」

「よし。」

私は立ち上がった。

黄泉国情報網計画。


難所は続く。


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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

1話から5話、いかがでしたでしょうか。

江戸時代の大老・酒井忠清と現代のネットワーク技術者・田中成也が出会い、黄泉の国でインターネットを作るという前代未聞の計画が始まりました。

今後は1日1話ずつ更新予定です。

次回6話から10話では——

・忠清さまの仕事ぶりと黄泉の国の運営

・小野篁様との出会い

・スウェーデンボリ殿の説得

・ボルタ殿・ファラデー殿の登場

・黄泉の光が電力になる瞬間

をお届けします。引き続きよろしくお願いします。

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