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第六十六話「黄泉ネット開発計画65 信用」

第六十六話「黄泉ネット開発計画65 信用」


--------------


翌日。


私は梶原忠兵衛殿を呼んだ。


梶原殿は、書類管理係として長く仕事をしてきた方だった。


生前は商家の番頭だったと聞いている。


几帳面で、仕事は丁寧だった。


だからこそ、今回のことが不思議だった。



--------------


梶原殿が来た。


顔色が、少し悪かった。


すでに気づいているのかもしれなかった。


「梶原殿。」


「はい。」


「報告書の件だ。」


梶原殿は黙っていた。


「数字が書き換えられていた。

 変更の記録が、はっきり残っている。」


「……はい。」


梶原殿は静かに言った。


「私がやりました。」


「なぜだ。」


梶原殿はしばらく黙っていた。


やがて言った。


「黄泉ネットができてから、

 私が管理していた情報が、

 誰でも見られるようになりました。」


「そうだな。」


「以前は、私だけが知っていた情報でした。

 私が整理して、私が報告していた。

 それが、私の仕事でした。」


「今は違うのか。」


「今は、誰でも直接見られます。

 私を通さなくても、情報が届く。

 私の仕事が、なくなっていく気がしました。」


私はしばらく黙って聞いていた。


「それで、数字を書き換えたのか。」


「……自分だけが正確な数字を知っていれば、

 自分が必要とされると思いました。」


梶原殿の声は、小さかった。


「悪意ではなかった、ということか。」


「はい。ただ、怖かっただけです。

 自分の役割がなくなることが。」



--------------



私は梶原殿を見た。


この方の気持ちは、分からなくはなかった。


役割がなくなることへの恐れ。


生前、役職を奪われた時の気持ちが、少し重なった。


「梶原殿。」


「はい。」


「一つ聞く。

 今の黄泉ネットで、梶原殿にしかできない仕事はあるか。」


梶原殿は少し考えた。


「……書類の整合性を確認することは、

 からくり箱には難しいと思います。

 数字の裏にある背景を読むことは、

 人間でないと分かりません。」


「そうだな。」


私は静かに言った。


「からくり箱は、情報を届けることはできる。

 だが、情報の意味を読むことは、人間がする仕事だ。

 梶原殿の仕事は、なくなっていない。

 形が変わっただけだ。」


梶原殿はしばらく黙っていた。


「……私が、怖がりすぎていました。」


「そうかもしれぬ。」


「申し訳ありませんでした。」


「謝罪は受け取った。」


私は静かに言った。


「だが、謝罪だけでは終わらない。

 仕組みを変える必要がある。」



--------------



田中殿を呼んだ。


「報告書を書き換えられないよう、仕組みを作りたい。」


「はい。」


田中殿が言った。


「一度送った報告書は、変更できないようにする。

 変更が必要な時は、管理者の承認が必要にする。

 そういう仕組みは作れます。」


「それで、防げるか。」


「はい。技術的には防げます。

 ただ、鍵の管理が大事になります。」


「鍵の管理。」


「管理者の権限を持つ者が、

 悪用しないようにする必要があります。」


「鍵を持つ者が、鍵を使いすぎないようにする、ということか。」


「そういうことです。」


私はしばらく考えた。


「それを専門に研究した者はいないのか。」


「います。」


田中殿は言った。


「ケルクホフスという方がいます。

 情報を守る仕組みについて、重要な理論を作った方です。」


「その方を呼べるか。」


「閻魔様にお願いすれば。」


「頼む。」


------------


数日後。


ケルクホフス殿が作業場に来られた。


穏やかな目をした方だった。


後藤殿が通訳に入った。


メッツォファンティ殿も加わった。


ケルクホフス殿が話し始めた。


後藤殿が訳す。


「情報を守るには、仕組みを秘密にするより、

 鍵を秘密にする方が強い、と。」


「仕組みを秘密にするより、鍵を秘密にする。」


「はい。

 仕組みが知られても、鍵が分からなければ開けられない。

 しかし、鍵が知られれば、仕組みが分かっていても開けられる。

 だから、鍵の管理が全てだ、と。」


私は少し考えた。


「城の構造を隠すより、鍵を限定する方が守りやすい、ということか。」


ケルクホフス殿が後藤殿の訳を聞いて、静かに頷いた。

「まさにその通りです、と。

 城の構造を秘密にするのは難しい。

 だが、鍵を持つ者を限定すれば、城を守れる、と。」


「では、黄泉ネットの鍵を持つ者を、限定すればよいのか。」


「はい。

 鍵を持つ者が少ないほど、管理しやすい。

 鍵を持つ者の行動を記録すれば、不正に気づける、と。」


田中殿が言った。

「からくり箱の管理者を三人にした仕組みと、同じ考え方ですね。」


「そうだな。」


私は頷いた。


「最初から、同じ方向を向いていた。」


------------


ケルクホフス殿の理論をもとに、

田中殿と阿部殿が新しい仕組みを作った。


報告書の変更には、管理者二人の承認が必要になった。


変更の記録は、誰でも見られるようになった。


「これで、梶原殿のようなことは起きにくくなります。」


田中殿が言った。


「完全には防げないか。」


「完全には難しいです。

 ただ、気づきやすくなります。

 早く気づければ、早く対処できます。」


「衝突したらやり直す、と同じ考え方だな。」


「はい。防ぐより、気づいて対処する方が現実的です。」


私は頷いた。


--------------


梶原殿を呼んだ。


「梶原殿。新しい仕組みを作った。

 報告書の変更には、管理者の承認が必要になる。」


「はい。」


「お主の仕事は、なくなっていない。

 書類の整合性を確認すること、情報の意味を読むこと。

 それは、人間にしかできない仕事だ。」


梶原殿はしばらく黙っていた。


「……ありがとうございます。」


「罰は与えない。」


梶原殿が顔を上げた。


「仕組みで解決する。それが、取りまとめ役の仕事だ。」




--------------



私は書き留めた。


梶原殿との対話。

動機——役割がなくなることへの恐れ。悪意ではなかった。


ケルクホフス殿召喚。

「仕組みを秘密にするより、鍵を秘密にする方が強い。」

忠清「城の鍵を限定するようなものか。」


報告書変更に管理者承認が必要な仕組みを実装。


梶原殿「罰なし。仕組みで解決。」


私は筆を置いた。


罰を与えることは、簡単だ。


だが、罰では同じことが繰り返される。


仕組みを変えれば、次の者が同じことをしにくくなる。


篁様が警告していたことを、

仕組みで防いだ。


伊達騒動の時は、仕組みがなかった。


今は、ある。


黄泉国情報網計画。


試練を、仕組みで乗り越えた。


次は、その仕組みを守り続ける番である。



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