第四十八話「黄泉ネット開発計画㊼ 繋ぐ者」
第四十八話「黄泉ネット開発計画㊼ 繋ぐ者」
----------
二号機が完成した翌日。
田中殿が全員を集めた。
「イーサーネット、「網」の設計について、説明させてください。」
作業場が静かになった。
「二台のからくり箱を繋ぐには、共通の仕組みが必要です。
この仕組みのことを、イーサーネットと言います。」
「それは、どのような仕組みだ。」
私は聞いた。
「一本の線に、複数のからくり箱を繋ぎます。
その線の上を、情報が荷馬車のように走ります。」
「荷馬車か。」
「はい。荷馬車が一台ずつ、順番に走る。
ぶつかりそうになったら、片方が待つ。
それだけの決まりで動きます。」
「それだけか。」
「はい。単純だから、長続きします。」
「この仕組みは、誰が考えたのだ。」
田中殿は少し間を置いてから言った。
「メトカーフという方です。
ただし、この方はまだご存命のようで。」
「ならば、呼べぬな。」
「はい。ですので、メトカーフの仕組みを参考にしながら、
私たちで黄泉の国の版を作ります。」
「自分たちで作るということか。」
「はい。シャノン殿の情報理論が土台になります。
シャノン殿がいれば、できます。」
シャノン殿が何かを仰った。
後藤殿が訳す。
「面白い、と。やってみよう、と。」
----------
設計が始まった。
田中殿、シャノン殿、後藤殿の三人が中心だった。
シャノン殿が情報理論の観点から設計を考える。
田中殿が実装の観点から具体的な方法を考える。
後藤殿が二人の間を繋ぎながら、技術的な補足を加える。
私はその様子を眺めながら、田中殿に聞いた。
「田中殿。一つ確かめたいことがある。」
「なんですか。」
「情報が荷馬車のように走ると言ったな。」
「はい。」
「荷馬車が一台ずつ走るとしたら、
多くの情報を送ると時間がかかるのではないか。」
田中殿は少し考えてから言った。
「かかります。
ただし、一つの情報は小さく分けて送ります。」
「分けて送る。」
「はい。大きな情報を、小さな荷物に分けて、
一台ずつ荷馬車で送る。
受け取った側で、また組み立てる。」
「分けて送り、組み立てる、か。」
「そうです。」
「では、荷物が途中で迷子になることはないのか。」
田中殿は少し笑った。
「迷子にならないよう、荷物に番号をつけます。
一番、二番、三番……という具合に。
受け取った側が、番号順に並べて組み立てます。」
「なるほど。」
私は頷いた。
「飛脚が手紙を届ける時に、
分厚い書状を何通かに分けて送るのと同じか。
番号をつけておけば、順番に読める。」
田中殿が後藤殿に目をやった。
後藤殿がシャノン殿に訳した。
シャノン殿が何かを言った。
「その例えは、正確です、と。
忠清殿は、情報理論を理解している、と。」
「沢山、手紙を書いてきた成果だ。」
田中殿が笑った。
----------
シャノン殿が設計図を広げた。
後藤殿が隣に立って、訳しながら説明を加えた。
「シャノン殿が言っています。
一本の線で複数のからくり箱が情報をやり取りする時、
衝突が起きることがある、と。」
「衝突とは何だ。」
「二台が同時に情報を送ろうとした時、
線の上でぶつかってしまうことです。」
「ぶつかったら、どうなる。」
「情報が壊れます。」
「壊れた情報は、どうする。」
「送り直します。」
「それだけか。」
「それだけです。」
私はしばらく黙っていた。
「壊れたら、やり直す。それだけか。」
「はい。単純ですが、確実です。」
「その単純さが、長続きする理由か。」
「そうです。」
シャノン殿が何かを言った。
後藤殿が訳す。
「衝突は避けるより、起きた時にどう対処するかを決める方が現実的だ、と。
完璧な仕組みより、失敗しても立て直せる仕組みの方が、強い、と。」
私はその言葉を、静かに受け取った。
「完璧な仕組みより、失敗しても立て直せる仕組みの方が、強い。」
「はい。」
「……合議制も、同じだな。」
「どういうことですか。」
「一人が完璧な決断を下すより、
皆で議論して間違えた時に修正できる仕組みの方が、長続きする。
失敗を織り込んだ設計が、強い仕組みになる。」
田中殿が静かに頷いた。
「シャノン殿の言葉と、全く同じことを言っていますね。」
後藤殿がシャノン殿に訳した。
シャノン殿が何かを言った。
「……忠清殿と話したい、と。
時代は違うが、考え方が同じだ、と。」
「私も、話したい。」
私は言った。
「後藤殿、頼む。」
「はい。」
後藤殿を介して、私とシャノン殿が話し合った。
合議制と情報理論。
失敗を前提とした設計。
言葉は違っても、向いている方向は同じだった。
----------
田中殿が私のもとへ来た。
「設計、ほぼ固まりました。」
「早いな。」
「はい。シャノン殿の理論が土台にあるので、
方向性が最初から決まっていました。」
「後は、何が必要だ。」
「線を引くことです。
久兵衛班に、作業場から作業場へ線を引いてもらいます。」
「久兵衛に頼んであるか。」
「今日、相談しました。」
「何と言っておったか。」
「やります、と。」
私は頷いた。
「久兵衛は、いつもそう言う。」
「そうですね。」
田中殿は少し笑った。
「この「網」ができたら、
いよいよ黄泉ネットに近づきますね。」
「そうだな。」
「最初に言ったことを、覚えていますか。」
「何をだ。」
「下界のインターネットを黄泉の国から見たい、と。
田中殿が広間でぶつぶつ言っていたことです。」
「覚えておる。」
「あの時から、随分と遠くまで来ました。」
「そうだな。」
私は静かに言った。
「だが、まだ途中だ。」
「はい。」
「続けよう。」
「はい。」
----------
私は書き留めた。
「網」の設計、ほぼ完成。
田中殿・シャノン殿・後藤殿の三者で設計。
メトカーフ殿の仕組みを参考に、黄泉の国版を作る。
シャノン殿「完璧な仕組みより、失敗しても立て直せる仕組みの方が強い。」
久兵衛、線を引く作業を引き受ける。
私は筆を置いた。
失敗を前提とした設計が、強い仕組みになる。
合議制も、網も、同じことを言っている。
時代も言語も違う者たちが、同じ答えに辿り着いていた。
黄泉の国は、そういう場所なのかもしれない。
時代を超えて、答えが重なる場所。
黄泉国情報網計画。
繋ぐ仕組みが、できた。
次は、その仕組みで実際に繋ぐ番である。




