第四十六話「黄泉ネット開発計画㊺ 動いた」
第四十六話「黄泉ネット開発計画㊺ 動いた」
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「できました。」
堀田殿が言ったのは、ある朝のことだった。
いつもと同じように作業場に来た私に、
いつもと違う顔で言った。
「できたのか。」
「はい。」
堀田殿は静かに答えた。
「OSが、完成しました。」
私はしばらく黙っていた。
「確かか。」
「はい。昨夜、最後の確認が終わりました。」
「……そうか。」
「忠清さま。」
堀田殿は少し笑った。
「嬉しくないんですか。」
「嬉しい。」
「顔に出ていませんよ。」
「田中殿にも同じことを言われた。」
「忠清さまは、嬉しい時ほど静かになりますね。」
「そういうものだ。
生前も、大事なことが決まった時ほど、静かになった。」
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全員が集まった。
今回も、誰かが呼んだわけではなかった。
それぞれが、何かを感じ取って、自然に集まっていた。
TRINチームが一号機の前に立った。
堀田殿が文字打ち板の前に座った。
全員が、一号機を見た。
堀田殿が文字打ち板を操作し始めた。
難しい言葉が並んでいた。
私には意味が分からなかった。
だが、画面に何かが少しずつ現れていった。
文字が並び、また消え、また現れた。
その繰り返しが、しばらく続いた。
誰も声をかけなかった。
誰も動かなかった。
ただ、画面を見ていた。
やがて。
画面が、静かになった。
「準備完了」という文字が映っていた。
堀田殿が振り返った。
「OSが、動き始めました。」
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堀田殿がOSの起動確認を始めた。
文字打ち板を叩く。
画面に、記号と文字が並んだ。
TRINチームにしか意味が分からない表示だった。
阿部殿が画面を見た。
しばらく黙っていた。
やがて静かに言った。
「動いています。」
その一言だった。
作業場が静かになった。
「文章を打ってみましょう。」
田中殿が前に出た。
文字打ち板の前に座った。
ゆっくりと、文字を打ち込んだ。
画面に、文字が現れた。
「黄泉ネット、始動。」
という一文だった。
全員が、その文字を見た。
誰も何も言わなかった。
田中殿が静かに言った。
「……動いた。」
その一言だった。
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拍手が起きた。
ボルタ殿が何かを叫んだ。
ド・フォレスト殿が両手を上げた。
フレミング殿が穏やかに微笑んだ。
ラングミュア殿が静かに目を閉じた。
高柳殿がモニターを見つめた。
ファラデー殿が測定器を手に、数値を確認した。
チューリング殿が設計図を静かに折り畳んだ。
シャノン殿が飄々と天井を見上げた。
後藤殿が静かに頷いた。
阿部殿が眼鏡を外した。
稲葉殿が両手を握りしめた。
久世殿が記録帳を胸に抱えた。
堀田殿が、一号機をじっと見て、つぶやいた。
「下界で途中で終わった仕事が、ここで続きができた。」
久兵衛が静かに頭を下げた。
スウェーデンボリ殿が目を閉じた。
メッツォファンティ殿が声を上げて笑った。
シャンポリオン殿が画面の文字を読んだ。
田中殿は、何も言わなかった。
ただ、「黄泉ネット、始動。」という文字を見ていた。
私も、何も言わなかった。
ただ、その文字を見ていた。
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しばらく、私はからくり箱を見てい。
画面には、まだ「黄泉ネット、始動。」という文字が映っていた。
「堀田殿。」
「はい。」
「次は何だ。」
堀田殿は少し驚いた顔をした。
「……次ですか。」
「そうだ。完成した。だが、まだ途中だ。」
堀田殿はしばらく考えてから、静かに笑った。
「二号機にOSを入れます。
それができれば、二台を繋げます。」
「田中殿の「網」か。」
「はい。次はそこです。」
「では、頼む。」
「はい。」
堀田殿は頷いた。
その顔は、もう次を向いていた。
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後藤殿が私のもとへ来て、少し間を言いずらそうしていた。
「いかがした。」
「私がここに来てから、忠清さまには橋渡し役として使っていただきました。
パラメトロンの経験も、役に立てることができました。」
「そうだな。お主の経験が、何度も助けてくれた。」
「お伝えしたくて。」
「何を。」
「……ありがとうございました、と。」
私は少し驚いた。
「礼を言うのは、こちらの方だ。」
「いいえ。」
後藤殿は静かに言った。
「黄泉の国に来てから、ずっと、
自分の研究が役に立てる場があるのかどうか、分かりませんでした。
忠清さまがここに呼んでくださったおかげで、
役に立てることができた。」
「私は、ただ必要だと思ったから呼んだだけだ。」
「それが一番大事だったんです。」
私はその言葉を、静かに受け取った。
「それは、田中殿がよく言う言葉だな。」
後藤殿は少し笑った。
「田中くんから教わりました。」
「そうか。」
私も、静かに笑った。
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作業場に賑やかな空気が流れた。
ボルタ殿が何かを語り、笑いが起きた。
TRINチームの四人が肩を並べていた。
後藤殿がその全員を静かに眺めていた。
田中殿が輪の中で笑っていた。
私はその輪を、少し離れた場所から眺めていた。
「黄泉ネット、始動。」という文字が、画面の中でまだ光っていた。
たった一文字だった。
だが、その一文字を映すために、
どれだけの時間がかかったか。
どれだけの者たちが動いたか。
田中殿が来た。
「次は、この箱を二台繋ぎます。」
「そうだな。」
「楽しみですね。」
「そうだな。」
田中殿は少し笑った。
「忠清さま、今日は「そうだな」しか言いませんね。」
「言葉が、足りておる。」
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私は書き留めた。
おおえす完成。一号機に組み込む。
「黄泉ネット、始動。」という文字が、画面に映った。
「動いた。」
後藤殿「ありがとうございました。」
私は筆を置いた。
この一文が映るまでに、どれだけの時間がかかったか。
真空管から始まり。
ブラウン管になり。
モニターになり。
からくり箱になり。
文字打ち板になり。
おおえすになり。
全ての始まりは、田中殿が広間でぶつぶつ言っていたことだった。
黄泉国情報網計画。
からくり箱が、動いた。
次は、この箱を二台目の開発と、繋ぐ網である。




