第四十四話「黄泉ネット開発計画㊸ 壁」
第四十四話「黄泉ネット開発計画㊸ 壁」
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OS開発が始まってから、二週間が経った。
TRINチームは毎日、からくり箱一号機に向かっていた。
設計図と睨み合い、文字打ち板を叩き、画面を確認する。
その繰り返しだった。
最初の数日は、順調だった。
生前のTRINのOSの設計をそのまま使える部分が、
思ったより多かった。
「このままいけるかもしれません。」
堀田殿が言っていた。
だが、一週間が過ぎた頃。
作業場の空気が、少し変わった。
TRINチームの動きが、遅くなった。
堀田殿が私のもとへ来た。
「少し、ご報告があります。」
「聞こう。」
堀田殿は少し間を置いてから言った。
「壁にぶつかりました。」
「どのような壁だ。」
「時間の管理です。」
「時間の管理。」
「はい。OSは、からくり箱の中で起きることを
順番通りに動かす仕組みです。
この順番を管理するために、時間を細かく刻む必要があります。」
「時間を細かく刻む、とは。」
「例えば、一秒を千に分けて、
千個の仕事を順番にこなす、というイメージです。」
「一秒を千に。」
「はい。下界では、そのための仕組みが最初から用意されていました。
しかし黄泉の国では、その仕組みが使えません。」
「なぜだ。」
「黄泉の国の電力の揺れ方が、下界と違うからです。
一秒を千に刻むためには、電力が完全に均一でなければなりません。
しかし黄泉の光から作った電力には、
わずかな揺れがあります。」
私はしばらく考えた。
「揺れがあると、刻みが狂うということか。」
「そういうことです。
刻みが狂えば、順番が狂う。
順番が狂えば、OSが正しく動かない。」
「では、どうする。」
堀田殿は少し困った顔をした。
「それを、今考えています。」
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その夜、TRINチームが集まった。
私も同席した。
阿部殿が問題を整理した。
「時間の刻みを作るために、三つの方法が考えられます。」
「聞こう。」
「一つ目。電力の揺れをなくす。
ボルタ殿とファラデー殿の力を借りて、
完全に均一な電力を作る。」
「難しいか。」
「難しいです。完全に均一にすることは、ほぼ不可能です。
以前、ファラデー殿が黄泉の光の揺れ方を測定した時も、
わずかな揺れは残っていました。」
「二つ目は。」
「揺れを無視できるくらい、刻みを粗くする。
一秒を千に刻む代わりに、百に刻む。
揺れの影響を小さくする。」
「粗くなると、何が変わるのだ。」
「動きが遅くなります。
からくり箱の処理速度が落ちます。」
「使えないほどか。」
「使えないほどではありません。
ただ、遅い。」
「三つ目は。」
稲葉殿が答えた。
「揺れに合わせて動く仕組みを作る。
揺れを前提として、揺れても正しく動くように設計する。」
「揺れを直すのではなく、揺れに合わせる、ということか。」
「そうです。」
「どれが一番現実的だ。」
TRINチームの四人が顔を見合わせた。
久世殿が言った。
「三つ目だと思います。
でも、一番難しい。」
後藤殿が静かに前に出た。
「一つ、思い当たることがあります。」
全員が後藤殿を見た。
「パラメトロンの研究をしていた時に、
似たような問題がありました。」
「後藤殿の生前の研究か。」
「私が研究していたからくり箱の方式です。
パラメトロンは、電力の揺れに強い性質がありました。
揺れがあっても、正しく動くように設計されていた。」
「それが今の問題に使えるということか。」
「直接使えるわけではありません。
しかし、考え方が参考になります。」
後藤殿は続けた。
「揺れを敵と見るのではなく、
揺れと共存する設計を作る。
パラメトロンが目指していたのは、そういうことでした。」
堀田殿が後藤殿を見た。
「詳しく聞かせてください。」
後藤殿が設計図を広げた。
TRINチームが集まった。
言葉のやり取りが始まった。
私は少し離れた場所で、その様子を眺めていた。
田中殿が隣に来た。
「後藤殿、すごいですね。」
「そうだな。」
「生前の研究が、こういう形で活きるとは。」
「無駄な経験は、ないのだろう。」
「はい。後藤殿自身が言っていた言葉が、
今日また証明されました。」
私は後藤殿を見た。
TRINチームと真剣に話し合っている後藤殿の背中を。
私は静かに呟いた。
「後藤殿。お主の経験が、また誰かを助けた。」
田中殿が小声で言った。
「聞こえてないですよ、忠清さま。」
「分かっておる。」
「言わなくていいんですか。」
「……後で言う。」
田中殿は笑った。
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話し合いが続いた。
後藤殿の考え方をもとに、
TRINチームが具体的な設計に落とし込んでいった。
チューリング殿も呼ばれた。
後藤殿が橋渡しをしながら、チューリング殿の理論を加えた。
阿部殿が実装の観点から意見を出した。
稲葉殿が具体的な方法を考えた。
久世殿が記録した。
堀田殿が全体を見渡した。
深夜になっても、議論は続いた。
やがて堀田殿が言った。
「方向性が見えました。」
「揺れを前提とした設計を作ります。
後藤殿のパラメトロンの考え方と、
チューリング殿の理論を組み合わせます。
時間がかかりますが、できます。」
「どれくらいかかる。」
「当初の見込みより、少し長くなるかもしれません。
一年から、一年半くらいかもしれません。」
私は頷いた。
「待つ。」
「忠清さま。」
「なんだ。」
「待てますか。」
「三百年以上、待ってきた。
一年や一年半、待てぬわけがない。」
堀田殿は少し笑った。
「……そうですね。」
「頼む。」
私は言った。
「お主たちの仕事を、信じて待つ。」
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私は書き留めた。
おおえす開発、最初の壁。
時間の管理の問題。黄泉の光の電力の揺れが原因。
後藤殿
「ぱらめとろんの時も同じ壁があった。
揺れを敵と見るのではなく、揺れと共存する設計を作る。」
おおえす班とチューリング殿、後藤殿の考えを基に方向性を決定。
期間、一年から一年半に延長。
「三百年以上、待ってきた。一年や一年半、待てぬわけがない。」
私は筆を置いた。
壁にぶつかった。
だが、壁には扉がある。
扉を見つければ、越えられる。
後藤殿が扉を見つけた。
無駄な経験は、ない。
生前の研究が、三百年以上経った黄泉の国で、
誰かの扉になった。
黄泉国情報網計画。
壁に、扉が見えた。
次は、その扉を開ける番である。




