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第四十話「黄泉ネット開発計画㊴ 夜更け」

第四十話「黄泉ネット開発計画㊴ 夜更け」


----------


夜になっても、作業場の明かりは消えなかった。


田中殿、阿部殿、チューリング殿、後藤殿、ド・フォレスト殿。


五人が残っていた。


久世殿が進捗を記録しながら、静かに見守っていた。


私も帰らなかった。


堀田殿が声をかけてきた。


「忠清さま。私たちは一旦戻ります。

 明日、また来ます。」


「そうしてくれ。」


「忠清さまは。」


「残る。」


堀田殿は少し間を置いてから、頷いた。

「……分かりました。」


稲葉殿と堀田殿が作業場を出た。


残った者たちが、また作業を続けた。



----------


チューリング殿が設計図の一か所を指さした。


後藤殿が訳す。

「ここに問題がある可能性が高い、と。

 電力が入った時の順番を制御する部分だ、と。」


阿部殿が覗き込んだ。

「確かに。この部分の設計が、下界の環境を前提にしていました。

 黄泉の国の電力の性質が違うから、うまく動かないのかもしれません。」


田中殿が言った。

「黄泉の光から作った電力は、下界の電力と揺れ方が違います。

 ファラデー殿が最初に測定した時から分かっていたことです。

 その違いが、ここで影響しているとしたら。」


「修正できるか。」


「やってみます。」


ド・フォレスト殿が何かを仰った。


メッツォファンティ殿が残っていなかったため、

後藤殿が英語とイタリア語の間で苦労しながら訳した。

「真空管の設計でも、同じ問題があった。

 電力の揺れ方に合わせて、タイミングを調整する仕組みを作った。

 その経験が使えるかもしれない、と。」


田中殿が振り返った。

「ド・フォレスト殿。その時はどう解決しましたか。」


後藤殿を介して、ド・フォレスト殿が答えた。

「電力が入ってから、少し待ってから動き始めるようにした。

 待つことで、揺れが収まる。

 その後に動けば、安定する、と。」


「少し待つ、か。」


田中殿は考え込んだ。

「それは……試せます。」



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私は作業場の隅に腰を下ろした。


田中殿が気づいた。


「忠清さま。そこで見ているんですか。」


「邪魔か。」


「いいえ。」


田中殿は少し笑った。

「忠清さまがいると、なんか落ち着くんですよね。」


「そうか。」


「生前、こういう夜はありましたか。」


私はしばらく考えてから言った。


「あったな。」


「どんな夜でしたか。」


「答えが出るまで、誰も帰らない夜だ。」


「どんな問題だったんですか。」


「色々あった。」


私はしばらく黙ってから、続けた。

「一番長かったのは、寛文の頃だ。

 幕府の法度をどう整えるか、老中全員で議論した。

 三日三晩、誰も帰らなかった。」


「三日三晩。」


「今思えば、若かったのだろう。

 今の私には、三日三晩は無理だ。」


田中殿が笑った。

「今夜は一晩で終わらせます。」


「頼む。」



----------


真夜中を過ぎた頃。


阿部殿が立ち上がった。

「試してみます。」


全員が顔を上げた。


阿部殿が設計図に修正を加えた。


チューリング殿が確認した。


後藤殿が二人の間を繋いだ。


ド・フォレスト殿が電力の接続部分を調整した。


田中殿が全体を確認した。

「……これで、どうでしょう。」


誰も答えなかった。


「試してみましょう。」


ボルタ殿はすでに帰っていたが、

電力の接続はそのまま使えた。


田中殿が電力を入れた。


しばらく、何も起きなかった。


全員が、からくり箱を見ていた。


そして。


かすかな音がした。


からくり箱の内部で、何かが動き始めた音だった。


モニターが、うっすらと光った。


「……光った。」

田中殿が呟いた。


だが、すぐに消えた。


「消えた。」


阿部殿が言った。


「動き始めたが、止まりました。」


チューリング殿が何かを言った。


後藤殿が訳す。

「進歩した、と。

 今回は少し動いた。

 次はもう少し長く動かせるはずだ、と。」


田中殿がため息をついた。


「あと少しなんですけどね。」


「あと少しは、一番遠い。」

私は言った。


「忠清さまの言葉、今夜も名言ですね。」


田中殿が苦笑した。


「疲れているからだ。」



----------


夜が深くなった。


後藤殿が静かに私のそばに来た。

「忠清さま。少し休まれてはどうですか。」


「お主こそ、休め。」


「私は大丈夫です。

 黄泉の国では、眠らなくても疲れが出ません。」


「そうだったな。」


私も、黄泉の国に来てから休むことはあっても眠ることはない。


疲れは感じるが、眠れというわけではない。


「不思議な国だな。」


「はい。」


後藤殿は静かに言った。

「眠らなくてもいい分、

 長く考えていられます。

 下界では夜になれば眠らなければならなかった。

 ここでは、夜通し考えていられる。」


「それは、良いことか。」


「良いことでもあり、悪いことでもあります。」


「どういうことだ。」


「眠ることで、一度頭を空にできました。

 眠れないと、ずっと同じことを考え続けてしまうことがある。」


私はしばらく考えた。

「行き詰まった時は、一度離れると見えてくることがある。

 眠ることも、その一つか。」


「そうだと思います。」


「では、どうする。」


後藤殿は少し考えてから言った。

「別のことを考えてみます。

 少しの間だけ、問題から離れる。

 黄泉の国では眠れないので、別の方法で頭を空にする。」


「別のこと、か。」


私は立ち上がった。

「田中殿。」


「はい。」


「少し、外に出よう。」


田中殿は驚いた顔をした。


「今ですか。」


「今だ。少しの間だけ。」



----------


作業場の外に出た。


黄泉の国の白い光が、静かに満ちていた。


いつもと変わらない光だった。


昼も夜も関係なく、ただそこにある。


「変わらないな。」

私は空を見上げながら言った。


「何がですか。」


「この光だ。何十年経っても、変わらない。」


「変わらないから、安心しますよね。」


田中殿が言った。


「そうだな。」


しばらく、二人で黙って光を見ていた。


「忠清さま。」


「なんだ。」


「必ず動かせます。」


「そうか。」


「はい。今夜でなくても、明日でなくても、 必ず動かせます。」


「根拠はあるのか。」


田中殿は少し笑った。

「ありません。でも、そう思っています。」


「根拠のない確信か。」


「技術者は皆、そういうものです。

 必ずできると思わなければ、作れません。」


私はしばらく黙っていた。


「政も、同じかもしれぬ。」


「どういうことですか。」


「必ずうまくいくという根拠はない。

 だが、必ずうまくいくと思わなければ、動けない。

 根拠のない確信が、人を動かす。」


田中殿は静かに頷いた。

「……忠清さま。」


「なんだ。」


「今夜の名言、一番好きです。」


「疲れているせいだ。」


「そうかもしれません。」


田中殿は笑った。


「戻りましょう。」


「そうだな。」



----------


作業場に戻ると、

チューリング殿と阿部殿が、また設計図を広げていた。


後藤殿が二人の間に立っていた。


ド・フォレスト殿が電力の部分を見ていた。


久世殿が静かに記録を続けていた。


誰も帰っていなかった。


田中殿が戻るなり、设计図を覗き込んだ。

「何か、見つかりましたか。」


チューリング殿が後藤殿を介して答えた。

「もう一か所、怪しい部分がある、と。

 ここと、ここだ、と。」


「……なるほど。試してみましょう。」


また作業が始まった。


私は隅に戻って座った。


黄泉の国の白い光が、窓から差し込んでいた。


変わらない光だった。


この光の下で、皆が動いている。


昼も夜も関係なく。




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私は書き留めた。


からくり箱起動試験、継続中。


電力入力タイミングの修正を試みる。

かすかに動いたが、すぐ止まった。


「あと少しは、一番遠い。」


後藤殿「眠れない黄泉の国では、別の方法で頭を空にする必要がある。」


田中殿「必ずできると思わなければ、作れない。」


忠清「根拠のない確信が、人を動かす。」


全員、夜通し作業継続。


私は筆を置いた。


答えが出るまで、誰も帰らない夜。


生前も、そういう夜があった。


あの夜も、必ず答えが出ると信じていた。


根拠はなかった。


だが、信じていた。


黄泉国情報網計画。


夜が、明けようとしている。


次は、その答えを形にする番である。


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