第三十九話「黄泉ネット開発計画㊳ 動かぬ箱」
第三十九話「黄泉ネット開発計画㊳ 動かぬ箱」
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文字打ち板の製造が進む中、
からくり箱本体の製造も並行して進んでいた。
チューリング殿の設計図をもとに、
阿部殿と稲葉殿が外枠を作り始めた。
久兵衛が木と金属を組み合わせて形を整えた。
ボルタ殿が電力の接続部分を設計した。
ラングミュア殿が内部の真空部分を担当した。
真空管班が必要な管を次々と仕上げた。
田中殿が全体の接続を確認しながら、
TRINチームと共に設計の最終調整を続けた。
田中殿が声をかけてきた。
「からくり箱本体、形になってきました。」
「そうか。」
「あとは内部の接続を確認して、電力を入れれば。」
「動くかもしれぬということか。」
「……動くといいのですが。」
田中殿は少し慎重な言い方をした。
「なぜ断言しないのだ。」
「初めて作るものは、理論通りに動かないことが多いので。」
「真空管の時のように、か。」
「はい。」
「では、覚悟しておこう。」
「はい。」
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内部の接続が完了したのは、それから数日後だった。
全員が作業場に集まった。
今回も、誰かが呼んだわけではなかった。
それぞれが、何かを感じ取って、自然に集まっていた。
からくり箱は、作業台の中央に置かれていた。
真空管のケースとも、ブラウン管のモニターとも違う。
四角い、箱だった。
大きさは、書物を数冊重ねたくらいだった。
モニターが横に置かれていた。
文字打ち板が前に置かれていた。
三つが並んでいた。
「揃いましたね。」
田中殿が静かに言った。
「そうだな。」
私は頷いた。
「三つが揃った。」
田中殿が接続を最終確認した。
「準備できました。」
全員が、からくり箱を見た。
「いきます。」
ボルタ殿が電力を繋いだ。
しばらく、何も起きなかった。
モニターを見た。
何も映らなかった。
からくり箱を見た。
何も動いていないようだった。
「……どうした。」
誰かが小声で言った。
田中殿が接続部分を確認した。
「電力は届いています。」
チューリング殿が何かを言った。
後藤殿が訳す。
「信号が出ていない、と。
電力は入っているが、からくり箱が動いていない、と。」
作業場が静かになった。
田中殿が別の部分を確認した。
「……おかしい。」
「どこがおかしいのだ。」
「電力が届いているのに、動かない。
電力の問題ではない。
内部の問題だと思います。」
「内部のどこだ。」
「……それが、分からないんです。」
田中殿は正直に言った。
作業場に、静寂が広がった。
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ド・フォレスト殿が腕を組んだ。
じっと、からくり箱を見ていた。
チューリング殿が設計図を広げた。
指で一か所ずつ確認し始めた。
阿部殿が内部の配線を一つずつ辿った。
稲葉殿が外枠の接続部分を確かめた。
後藤殿が静かに二人の間に立った。
田中殿はしばらく立っていたが、
やがて作業場の隅に歩いて、
壁に背をつけて、膝を抱えて座った。
私は田中殿のもとへ歩いた。
「どこが悪いのだと思う。」
「分からないです。」
田中殿は正直に言った。
「電力は届いている。
接続も、設計図通りにしたはずです。
なのに動かない。」
「設計図通りにしたのに、動かない。」
「はい。」
「それは、設計図に問題があるということか。」
「……かもしれません。
あるいは、設計図は正しくても、
作り方に問題があるかもしれません。」
「二つの可能性があるということか。」
「はい。どちらか、あるいは両方かもしれません。」
私はしばらく黙っていた。
「分からない問題は、どうやって解くのだ。下界では。」
田中殿は少し考えてから言った。
「一つずつ、可能性を消していきます。
これが原因ではないと分かれば、別を探す。
それを繰り返して、最後に残ったものが答えです。」
「消去法か。」
「そういうことです。」
「それは……生前の合議でも同じだった。
何が問題か分からない時は、
問題でないものを一つずつ外していった。」
田中殿は少し顔を上げた。
「忠清さまも、そうやって解いていたんですね。」
「三百年以上、それしか方法を知らぬ。」
田中殿は小さく笑った。
「……ありがとうございます。」
「何がだ。」
「少し、気が楽になりました。」
「分からないことは、誰にでもある。
分からないまま動けば、いずれ分かる。」
田中殿は立ち上がった。
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チューリング殿が後藤殿を呼んだ。
何かを話し始めた。
後藤殿が訳す。
「設計図の一か所に、見直す必要がある部分がある、と。
小さな部分だが、ここが原因かもしれない、と。」
「どこだ。」
後藤殿が図を指さした。
「電力が入ってから、内部の信号が動き始めるまでの
タイミングの問題だ、と。
電力が入った瞬間に、全ての部分が同時に動こうとすると、
うまくいかないことがある、と。」
田中殿が前に出た。
「順番を決める必要があるということですか。
まずここが動いて、次にここが動いて、という順番を。」
「そういうことだ、と。」
「……それは、確かにあり得ます。」
田中殿はチューリング殿と向き合った。
後藤殿を介して、二人が話し始めた。
阿部殿が加わった。
稲葉殿も加わった。
久世殿が全体を見渡しながら、気づいたことをメモした。
ド・フォレスト殿がまた腕を組んだ。
しかし今度は、考えている顔だった。
やがてド・フォレスト殿が何かを仰った。
メッツォファンティ殿が訳す。
「真空管の設計と同じ問題だ、と。
真空管も、電力が入った時の順番が大事だった、と。
その経験が使える、と。」
田中殿が頷いた。
「ド・フォレスト殿の経験が、ここで活きますね。」
「また、生前の経験が繋がったな。」
私は静かに言った。
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作業場に、遅くまで明かりが灯っていた。
田中殿、阿部殿、チューリング殿、後藤殿が残っていた。
ド・フォレスト殿も残っていた。
久世殿が進捗を記録していた。
私も残った。
「忠清さま、休憩所にいかないんですか。」
田中殿が言った。
「お主たちが残っているのに、私だけ行けぬ。」
「生前も、こういう時は残っていたんですか。」
「そうだな。」
「どんな夜でしたか。」
私はしばらく考えてから言った。
「答えが出るまで、誰も帰らない夜だ。」
田中殿は静かに頷いた。
「今夜も、そういう夜ですね。」
「そうだな。」
黄泉の国の白い光が、今夜も変わらず満ちていた。
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私は書き留めた。
からくり箱一号機、起動試験。
電力は届いたが、動かず。
原因不明。チューリング殿、電力入力の順番問題を指摘。
ド・フォレスト殿の真空管経験が活きる可能性あり。
田中殿、阿部殿、チューリング殿、後藤殿、ド・フォレスト殿、夜通し作業。
私は筆を置いた。
動かなかった。
だが、動かなかった理由が、少し見えてきた。
理由が見えれば、解決できる。
真空管が破裂した時も、そうだった。
失敗は、終わりではない。
次の手がかりだ。
黄泉国情報網計画。
箱が、動かなかった。
だが、誰も帰らなかった。




