第三十七話「黄泉ネット開発計画㊱ 解析」
第三十七話「黄泉ネット開発計画㊱ 解析」
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設計が始まってから、作業場は静かになった。
各班がそれぞれの持ち場で動いている。
久兵衛班が文字打ち板の鍵を一つずつ作り始めた。
ボルタ殿が電気信号の仕組みを設計している。
高柳殿がモニターの改良に向かった。
真空管班が量産の体制を整え始めた。
田中殿がイーサーネットの設計図を広げた。
そして作業場の中央では、
チューリング殿と阿部殿が、
向き合って座っていた。
後藤殿が二人の間に立っている。
「何をしているのだ。」
私は後藤殿に聞いた。
「携帯電話の半導体を解析しています。
チューリング殿の理論と、阿部殿の実装経験を
組み合わせようとしています。」
「かいせきとは。」
「中身を調べて、仕組みを理解することです。
この半導体がどう動いているかを理解すれば、
からくり箱の設計に活かせます。」
「つまり、分解して学ぶということか。」
「そういうことです。」
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チューリング殿が何かを言った。
後藤殿が訳す。
「この半導体は、非常に小さな電気の流れで動いています。
私が生前考えていたからくり箱の理論と、
根本的な部分は同じです、と。」
「同じ、とは。」
「電気のオンとオフ。
電気が流れているか、流れていないか。
それだけで計算ができる、という考え方です。」
「電気のおんとおふとは。
「電気が入る。電気を切る。
電気が入るのはオン。切るのがオフです。」
「では、その「入る」と「切る」で計算ができるのか。」
「はい。」
後藤殿が続けた。
「例えば、一と零だけで、すべての数を表せます。
一は電気が流れている。
零は電気が流れていない。
その組み合わせで、どんな数でも作れます。」
私はしばらく考えた。
「陰と陽のようなものか。」
後藤殿は少し驚いた顔をした。
「……忠清さま、それは鋭い例えです。」
「老子の教えには、陰と陽から万物が生まれると書いてある。
電気も、オンとオフから万物が生まれるということか。」
後藤殿がチューリング殿に訳した。
チューリング殿が静かに何かを言った。
「……東洋の哲学と、計算機の理論が同じところに向かっている、と驚いておられます。」
田中殿が小声で言った。
「忠清さまの例え、チューリングさんも驚かせましたね。」
「三百年分の読書から来ておる。」
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阿部殿が半導体の部品を一つ取り出した。
小さな、爪ほどの大きさのものだった。
「これが、半導体の中でも特に重要な部品です。」
「何をするものだ。」
「電気のオンとオフを切り替えます。
これが無数に並んで、計算をしています。」
「この小さなものが、無数に。」
「携帯電話の中には、これが何億個も入っています。」
私は思わず黙った。
「……億、とな。
民の数より、多いということか。」
「はい。」
「この小さなものが、何億個も。」
「そうです。」
「……見えないはずだな。」
田中殿が笑った。
「そうです。目には見えません。」
「見えないものが、何億個も動いている。
見えない電子が稲妻の速さで走っている。
黄泉の国より、下界の方が不思議なものに満ちておるな。」
後藤殿が静かに笑った。
「忠清さまがそう仰ると、確かにそうですね。」
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チューリング殿と阿部殿の作業が続いた。
チューリング殿が理論を図で示す。
阿部殿がそれを見て、実装の観点から意見を出す。
後藤殿が二人の間を繋ぐ。
「後藤殿。」
私は後藤殿に声をかけた。
「はい。」
「あの二人は、うまく噛み合っているか。」
「はい。」
後藤殿は静かに言った。
「チューリング殿は、理論から考えます。
こういう仕組みがあれば、こういうことができる、という順番です。
阿部殿は、実装から考えます。
これを作るには、何が必要か、という順番です。」
「方向が逆なのか。」
「はい。だからこそ、組み合わさると強い。」
「チューリング殿が可能性を広げ、阿部殿が現実に落とし込む、ということか。」
「まさにその通りです。」
「それは……合議と同じだな。
理想を語る者と、現実を見る者が揃うと、
良い決断ができる。」
後藤殿は静かに頷いた。
「私が橋渡しをしている理由も、そこにあります。
二人の言葉が、そのまま届かない時がある。
間に入って、少し言い換えることで、届くようになる。」
私はしばらく考えた。
「後藤殿は、生前もそういう役割だったのか。」
「はい。」
後藤殿は静かに言った。
「チューリング殿やシャノン殿の理論を学び、
日本のからくり箱の開発に活かそうとしていました。
西洋の理論と、日本の技術を繋ぐ役割でした。」
「それがここでも続いているのだな。」
「場所が変わっても、役割は変わらないものです。」
私はその言葉を、静かに受け取った。
場所が変わっても、役割は変わらない。
黄泉の国でも、私は取りまとめ役だ。
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昼を過ぎた頃。
阿部殿が後藤殿を呼んだ。
何かを説明し始めた。
後藤殿がチューリング殿に訳す。
チューリング殿が静かに聞いていた。
やがて頷いた。
後藤殿が私に訳してくれた。
「阿部殿が言っています。
携帯電話の半導体の仕組みと、
生前自分たちが開発していたOSの仕組みが、
うまく合致する部分がある、と。」
「合致する、とは。」
「相性が良い、ということです。
つまり、携帯電話の半導体を流用しながら、
生前のOSの知識を活かせる可能性がある、と。」
「それは、良いことか。」
「大変良いことです。
ゼロから作る部分が減ります。」
田中殿が前に出た。
「阿部さん。それは確かですか。」
「確かではありません。まだ可能性の話です。
しかし、十分ありえます。」
田中殿はしばらく考えてから言った。
「もし本当なら、OS開発の時間が短縮できるかもしれません。」
「一年が、どれくらいになる。」
「……うまくいけば、半年から八ヶ月くらいかもしれません。」
堀田殿が言った。
「それは助かりますね。」
「まだ確定ではありません。」
阿部殿は慎重に言った。
「やってみなければ分かりません。」
「だが、希望が出てきた。」
私は言った。
「希望が出てきたなら、それで十分だ。
確定してから動くより、希望を持って動く方が、先へ進む。」
阿部殿は少し間を置いてから言った。
「……忠清さまの言葉、励みになります。」
「大げさだ。」
「いいえ。」
阿部殿はめったに多くを語らない方だった。
だが今日は、続けた。
「生前、事業が途中で終わってしまいました。
完成させられなかった。
ここで完成できるなら、それ以上のことはありません。」
作業場が、少し静かになった。
TRINチームの四人が、それぞれに頷いていた。
堀田殿が静かに言った。
「ここで完成させましょう。」
「はい。」
阿部殿が頷いた。
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その夕方。
後藤殿が私のもとへ来た。
「一つ、報告があります。」
「聞こう。」
「チューリング殿と阿部殿の解析を見ていて、
気づいたことがあります。」
「何だ。」
「パラメトロンの経験が、ここで活きています。」
「ぱらめとろん。」
「私が生前研究していたからくり箱の方式です。
構造は違いますが、電気の流れを制御するという
根本的な考え方は同じです。
その経験があるから、チューリング殿と阿部殿の間で
私が橋渡しをできています。」
私は静かに聞いていた。
「生前の仕事が、ここで繋がっているのだな。」
「はい。」
後藤殿は静かに言った。
「無駄な経験は、ないのかもしれません。」
私はその言葉を、しばらく考えた。
無駄な経験は、ない。
生前の三十年余りで積んだことが、
三百年以上経った今も、
誰かの役に立っている。
後藤殿の生前の経験が、今日、二人の天才の間を繋いだ。
「お主がいてくれて、助かった。」
後藤殿はしばらく黙っていた。
「……ありがとうございます。」
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私は書き留めた。
チューリング殿と阿部殿、半導体の解析開始。
電気のオンとオフで万物を作る——忠清さまは陰陽に例える。
携帯電話の半導体とTRINのOSが合致する可能性あり。
OS開発が短縮できるかもしれない。
後藤殿「ぱらめとろんの経験が、ここで活きている。」
「無駄な経験は、ないのかもしれない。」
阿部殿「生前、事業が途中で終わった。ここで完成させたい。」
私は筆を置いた。
無駄な経験は、ない。
生前の経験が、黄泉の国で繋がっている。
それは、後藤殿だけではない。
ボルタ殿の電池の知識が繋がっている。
ファラデー殿の電磁誘導が繋がっている。
高柳殿の映す技術が繋がっている。
TRINチームの開発経験が繋がっている。
そして私の、合議の経験が繋がっている。
黄泉国情報網計画。
解析が、進んだ。
次は、その解析を形にする番である。
やっと折り返し地点に来れました。
書いた本人が「やっとか」と思うのもおかしいことですが、
書かないと整合性が取れないと思ってしまうことが多い題材だと
どんどん話数が増えてしまうので、結構大変でした(;'∀')




