第三十六話「黄泉ネット開発計画㉟ 箱」
第三十六話「黄泉ネット開発計画㉟ 箱」
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モニターが完成した翌日。
田中殿が全員を集めた。
「次の段階に入ります。」
作業場が静かになった。
「からくり箱の設計を始めます。」
チューリング殿が前に出た。
設計図を机の上に広げた。
白い紙に、細かい線と記号が並んでいた。
後藤殿が通訳に入る。
「チューリング殿が仰っています。
この設計図が、からくり箱の骨格です、と。」
私は設計図を覗き込んだ。
「この箱の中に、何が入るのだ。」
後藤殿が訳すと、チューリング殿は静かに言った。
「考える仕組みでございます。」
「考える仕組み。」
「はい。計算し、判断し、記憶する仕組みです。」
「箱が、考える。」
私は思わず繰り返した。
「はい。」
「……不思議なものだな。」
田中殿が笑った。
「忠清さまも、最初にそれを聞いた時はそう言いそうですよね。」
「今聞いたばかりだ。」
田中殿が続けた。
「からくり箱を作るには、三つのものが揃う必要があります。」
「三つ。」
「はい。」
田中殿は指を立てた。
「一つ目。からくり箱本体。これをチューリング殿とTRINチームと後藤殿で設計します。」
「二つ目は。」
「文字打ち板です。」
「文字打ち板。」
「はい。からくり箱に指示を入れる道具です。
文字を打ち込む板のようなものです。」
「文字を打ち込む、とはどういうことだ。」
「板の上に、文字ごとに小さな鍵のようなものが並んでいます。
その鍵を押すと、からくり箱に文字が伝わります。」
私はしばらく考えた。
「算盤の珠を弾くようなものか。」
田中殿は少し考えてから言った。
「……かなり違いますが、一つ一つを押して入力するという点は似ています。」
「文字打ち板は、誰が作るのだ。」
「私が設計します。形は久兵衛殿に、電気の仕組みはボルタ殿にお願いしたいです。」
久兵衛が静かに頷いた。
ボルタ殿が嬉しそうに手を挙げた。
メッツォファンティ殿が訳す。
「任せろ、と仰っています。」
「三つ目は。」
「からくり箱を動かす仕組み、OSです。
しかしこれは、からくり箱本体と文字打ち板が揃ってからでないと開発できません。」
「つまり、三つ目は最後になるということか。」
「はい。TRINチームが担当します。
生前のTRINのOSを参考にしながら、
黄泉の国の環境に合わせて作り直します。
おそらく一年はかかります。」
堀田殿が言った。
「一年間、他の班は何をしますか。」
田中殿が答えた。
「私はその間に、イーサーネットの設計を進めます。」
「いーさーねっと。」
私は聞き返した。
「はい。からくり箱が二台以上揃った時に、
それらを繋いで情報をやり取りできるようにする仕組みです。」
「からくり箱同士が、話し合える仕組みか。」
「そうです。イーサーネット初期は、簡単な仕組みだったんです。
最初は一本の線に繋ぐだけの。」
「簡単とは、どれくらいだ。」
田中殿は少し考えてから言った。
「一本の街道に、荷馬車が走っているようなものです。
荷馬車同士がぶつかりそうになったら、片方が待つ。
それだけの規則で動きます。」
「それだけか。」
「はい。最初はそれだけで十分です。」
私は頷いた。
「簡単な仕組みが、長く続く。」
「忠清さま、また名言ですよ。」
田中殿が笑った。
「他の班は。」
私は続けた。
「電力班は、電力の安定性をさらに上げます。
複数台のからくり箱に電力を供給できるよう準備します。」
「久兵衛班は。」
「文字打ち板の製造と、二号機以降の素材を先に作り貯めます。」
「高柳殿は。」
「モニターの改良と、複数台分の製造を進めます。」
「真空管班は。」
「真空管の量産体制を整えます。
からくり箱が増えれば、真空管もそれだけ必要になりますので。」
「翻訳班は。」
「黄泉ネットが動き始めた時の翻訳体制を準備します。」
私は全員を見渡した。
誰も手持ち無沙汰にならない。
それぞれに役割がある。
「よし。」
私は言った。
「では、始めよう。」
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その日の昼過ぎ。
チューリング殿が設計の説明を始めた。
後藤殿が通訳し、TRINチームが聞く。
私は隣で、その様子を眺めながら田中殿に聞いた。
「からくり箱が考える、とはどういうことだ。
もう少し教えてくれるか。」
「はい。」
田中殿は少し考えてから言った。
「例えば、ある計算をするとします。
二足す三は五、という計算です。」
「それは、人間がやれば済む話だ。」
「はい。ただ、その計算を毎日何万回もやるとしたら。」
「……疲れるな。」
「からくり箱は疲れません。
何万回でも、同じ速さで、正確にやります。」
「なるほど。疲れない下働きか。」
田中殿は少し笑った。
「そういう言い方もできます。
しかも、計算だけでなく、記憶もします。
昨日の計算結果を覚えておいて、今日の計算に使えます。」
「記憶か。」
「はい。人間が覚えておくより、正確で速い。」
私はしばらく考えた。
「生前、各地からの報告書を全部覚えておくことは難しかった。
からくり箱があれば、全部覚えておけるということか。」
「そうです。」
「それは……確かに、欲しかったものだな。」
田中殿が静かに言った。
「忠清さまのために作っているようなものですね。」
「大げさだ。」
「でも、情報を正確に届けたい、という動機から始まったのは本当ですよね。」
「……そうだな。」
私は正直に言った。
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夕方。
田中殿が久兵衛のもとへ歩いた。
紙を広げ、文字打ち板の設計図を見せた。
久兵衛が覗き込んだ。
しばらく見てから言った。
「鍵のようなものを、たくさん並べるのですね。」
「はい。英語より文字数の多い日本語の文字分だけ要ります。」
「何個くらいですか。」
田中殿は少し考えた。
「ひらがなだけなら五十音。
数字や記号を加えると、百個近くになります。」
久兵衛はしばらく考えた。
「百個か。」
「難しいですか。」
「難しくはありません。」
久兵衛は静かに言った。
「時間はかかりますが、一つ一つ丁寧に作れば。」
「よろしくお願いします。」
田中殿が頭を下げた。
久兵衛が頷いた。
その様子を見ていたボルタ殿が、
設計図を覗き込みながら何かを仰った。
メッツォファンティ殿が訳す。
「鍵を押した時に電気信号が出る仕組みを作る、と。
面白い挑戦だ、と。」
「ボルタ殿にとっては、また新しい電気の使い方ですな。」
私は言った。
田中殿が笑った。
「ボルタさん、本当に電気が好きですよね。」
「好きなことに、終わりがない。」
私は静かに言った。
「それが、この方の強さだ。」
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私は書き留めた。
からくり箱の設計開始。チューリング殿主導。
文字打ち板の設計開始。田中殿設計・久兵衛製造・ボルタ殿電気。
おおえす開発は三つが揃ってから。TRINチーム担当。約一年の見込み。
田中殿、その間にイーサーネットの設計を進める。
各班、並行作業の役割決定。
私は筆を置いた。
三つが揃わなければ、動かない。
からくり箱本体。
文字打ち板。
おおえす。
一つが欠けても、動かない。
だが、揃えば動く。
合議と同じだ。
一人が欠けても、合議は成立しない。
だが、全員が揃えば、動く。
黄泉国情報網計画。
箱の、設計が始まった。
次は、その箱を形にする番である。




