第三十三話「黄泉ネット開発計画㉜ 文字」
第三十三話「黄泉ネット開発計画㉜ 文字」
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「土」の文字が描けてから、精度を上げる作業が始まった。
高柳殿と久兵衛班が中心となり、
ガラスの内側を何度も磨き直した。
ファラデー殿が電磁石の制御を細かく調整した。
ボルタ殿が電力の安定供給をさらに精密にした。
田中殿とTRINチームが、からくり箱から制御する仕組みを整えた。
「土」から始まり、
もっと複雑な形が描けるようになっていった。
「口」が描けた。
「山」が描けた。
「川」が描けた。
田中殿が言った。
「忠清さまが好きそうな文字ばかりですね。」
「そうだな。」
「高柳さん、忠清さまの身近な文字を書くことで、
忠清さまが理解しやすいようにいう、お考えもあるのかもしれません。」
田中殿は笑った。
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それからさらに数日後。
高柳殿が、作業を一旦止めた。
全員を呼んだ。
「今日、最初の文字を正式に映したいと思います。」
「最初の文字、とは。」
「これまでは試験的な文字でした。
今日は、この事業として最初に映す文字を、正式に決めたいと思います。」
作業場が静かになった。
「最初の文字は、誰が決めるのだ。」
私は聞いた。
高柳殿はしばらく考えてから言った。
「私に、決めさせていただけますか。」
私は頷いた。
「結構。「もにた」を作った者が、最初の文字を決める。それが、筋だ。お任せしよう。」
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全員が集まった。
高柳殿が制御装置の前に立った。
しばらく、動かなかった。
目を閉じていた。
何かを考えているようだった。
誰も声をかけなかった。
やがて高柳殿が目を開けた。
ゆっくりと、制御装置を操作し始めた。
画面の上に、光が走り始めた。
.........
光が止まった。
画面に、一文字が映っていた。
「ひ」
という文字だった。
作業場が、静かになった。
全員が、その一文字を見た。
誰も何も言わなかった。
ただ、「ひ」という文字が、画面の中で静かに光っていた。
しばらく、時間が経った。
田中殿が小声で言った。
「……きれいですね。」
「そうだな。」
私も静かに言った。
「なぜ「ひ」なのだ。」
誰も答えなかった。
皆が、ただその文字を見ていた。
私も、しばらく黙っていた。
やがて、高柳殿のもとへ歩いた。
「なぜ「ひ」なのだ。」
高柳殿はしばらく黙っていた。
画面の「ひ」を見たまま、黙っていた。
やがて静かに言った。
「……光の「ひ」でございます。」
作業場が、また静かになった。
「光の、「ひ」。」
「はい。」
高柳殿は続けた。
「この事業は、光から始まりました。
黄泉の光が電力になり、
その電力が電子を動かし、
電子が画面を光らせた。
全ての始まりは、光でした。」
私は黙って聞いていた。
「だから、最初の文字は「ひ」がいいと思いました。
光の「ひ」。
始まりの「ひ」。」
田中殿が静かに言った。
「……光を映した画面に、光の「ひ」が映っている。」
「そうだな。」
私は頷いた。
「光が、光を映している。」
スウェーデンボリ殿が静かに言った。
「意味が、重なっています。」
しばらく、全員が「ひ」を見ていた。
やがてボルタ殿が何かを仰った。
メッツォファンティ殿が訳す。
「美しい、と。文字は知らないが、形が美しい、と。」
田中殿が少し笑った。
「ボルタさん、文字を知らなくても美しいと分かるんですね。」
「美しいものは、言葉がなくても伝わる。」
私は言った。
「だから、文字より先に形がある。
形が美しければ、意味が分からなくても惹かれる。」
ファラデー殿が何かを仰った。
後藤殿が訳す。
「この文字は、電磁誘導の理論の応用で描かれています。
美しさの中に、理論がある、と。」
「理論が美しさを生んだということか。」
「そういうことだと思います、と。」
田中殿が言った。
「理論と美しさが、同じところに向かっている。」
「そうだな。」
私は頷いた。
「生前も同じことがあった。
よく考えられた仕組みは、美しく見える。
美しく見える仕組みは、長く続く。」
高柳殿が静かに言った。
「忠清さまの言葉、胸に刻みます。」
「大げさだ。」
「いいえ。私が一生かけて映しものを研究してきた理由が、
今の言葉に込められています。
美しく映すことが、長く使われる映すものを作ることだと、
私は思っています。」
私はしばらく黙っていた。
高柳殿が、こんなに多くを語るのは珍しかった。
「生前、誰かにその話をしたことはあるか。」
高柳殿は少し間を置いてから言った。
「……研究室で、一人でいることが多かったので。」
「そうか。」
「ここでは、話せる人がたくさんいます。」
私は静かに頷いた。
「それは良かった。」
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その夜。
作業場を出る前に、私はもう一度モニターを見た。
「ひ」の文字は、まだそこに光っていた。
消えずに、静かに光っていた。
光の「ひ」。
始まりの「ひ」。
この文字が映るまでに、どれだけの者たちが動いたか。
真空管を作った者たち。
ガラスを磨いた者たち。
電磁石を設計した者たち。
電力を安定させた者たち。
言葉を繋いだ者たち。
全ての者たちの積み重ねが、
この一文字を光らせた。
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「忠清さま。」
田中殿が声をかけた。
「なんだ。」
「まだ見ていたんですか。」
「……少しな。」
「高柳さんも、さっきまで見ていましたよ。」
「そうか。」
「帰りましょう。」
「そうだな。」
私は最後にもう一度、「ひ」を見た。
そして、作業場を出た。
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私は書き留めた。
モニターに、最初の文字「ひ」が映る。
高柳殿が選んだ文字。
「光の「ひ」。始まりの「ひ」。」
全員が、その一文字を見た。
私は筆を置いた。
光が、文字になった。
文字とは、誰かの意思が形になったものだ。
そして今日、その文字は「光」を意味していた。
光が、光を意味する文字になった。
黄泉国情報網計画。
文字が、映った。
次は、その文字をもっと鮮明にする番である。




