第三十二話「黄泉ネット開発計画㉛ 動く光」
第三十二話「黄泉ネット開発計画㉛ 動く光」
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一点が光ってから、五日が経った。
高柳殿はその五日間、設計図を書き直し続けていた。
一点を光らせることと、その一点を動かすことは、別の問題だった。
「どう違うのだ。」
私は高柳殿に聞いた。
「一点を光らせるのは、電子を一か所に当てるだけです。
動かすには、電磁石の制御を連続して変えなければなりません。」
「連続して。」
「はい。横に動かすには、横方向の電磁石を少しずつ変える。
縦に動かすには、縦方向の電磁石を少しずつ変える。
その二つを同時にやれば、好きな場所に動かせます。」
「つまり、二本の手綱を同時に操るようなものか。」
高柳殿は少し目を細めた。
「馬の手綱ですね。」
「生前、馬を操ることがあった。
横に曲げる手綱と、速さを調整する手綱を、同時に扱う。」
「まさに同じです。
横の電磁石と縦の電磁石を、
同時に少しずつ変えながら動かす。」
田中殿が言った。
「しかも、人間の目には動きが見えないくらい速く動かす必要があります。」
「なぜだ。」
「人間の目は、動きが速すぎると追えなくなります。
その性質を使って、電子が画面全体を走り回っているのに、
人には静止した画像に見える。」
「見えていないのに、見えているように感じるということか。」
「そういうことです。」
「不思議なものだな。」
「目も、騙されるんです。」
私は少し考えた。
「政でも似たことがあった。
水面下で多くのことが動いているのに、
表には何事もないように見える。
それが安定した治世というものだ。」
田中殿が笑った。
「忠清さまの例え、今日は政ですね。」
「今日は川ではないのか、とでも言いたいのか。」
「言いたかったです。」
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高柳殿が準備を終えたのは、その翌日だった。
電磁石の制御装置を新たに取り付けた。
横方向と縦方向、二つの電磁石が、
細い線で制御装置に繋がっている。
ファラデー殿が最終確認をした。
後藤殿が訳す。
「制御の精度は十分です、と。
あとは実際に動かして確かめるだけです、と。」
高柳殿が田中殿を見た。
「田中君。横方向から試しましょう。」
「分かりました。」
田中殿が制御装置に向かった。
作業場が静かになった。
今回は、前回より少し緊張感が違った。
光ることは分かっている。
今日は、動くかどうかだ。
「いきます。」
電力が入った。
一点の光が、画面に現れた。
全員が、その光を見た。
田中殿が制御装置を少し動かした。
光が、横に動いた。
ゆっくりと、しかし確かに、横へ。
誰かが小さく声を上げた。
光はそのまま、横へ移動し続けた。
画面の端まで来ると、止まった。
今度は田中殿が逆に動かした。
光が、逆方向へ動いた。
全員の目が、光を追いかけた。
左へ。
右へ。
また左へ。
「……動いている。」
田中殿が呟いた。
「光が、言うことを聞いている。」
高柳殿が静かに言った。
田中殿が縦方向も試した。
光が上へ動いた。
下へ動いた。
また上へ。
「縦も、動きます。」
高柳殿が久兵衛を見た。
「久兵衛殿。ガラスの精度は問題ありません。
電子がどこへでも届いています。」
久兵衛は静かに頷いた。
言葉はなかったが、その目が答えていた。
次に田中殿が、横と縦を同時に動かした。
光が斜めに動いた。
くるりと丸を描くように動いた。
渦を巻くように動いた。
全員の目が、光の動きを追いかけた。
まるで、皆が同じものを一緒に追いかけているようだった。
堀田殿が隣に来た。
「皆、子どものような目をしていますね。」
私は作業場を見渡した。
確かに、そうだった。
ボルタ殿が光を目で追いかけている。
ファラデー殿が、測定器を持ったまま光を見ている。
ド・フォレスト殿が、珍しく口を開けて見ている。
フレミング殿が、穏やかに微笑みながら見ている。
TRINチームの三人が、横に並んで光を追いかけている。
久兵衛と職人たちが、嬉しそうに顔を見合わせている。
スウェーデンボリ殿が、目を開けたまま静かに見ている。
メッツォファンティ殿が、珍しく声を上げて笑っていた。
「そうだな。」
私は静かに言った。
「光が動くだけで、皆が子どもになる。」
「忠清さまも、子どもみたいですよ。」
堀田殿が言った。
「私が?」
「目が、輝いています。」
私は思わず自分の顔に手を当てた。
「……余計なことを言うな。」
堀田殿は笑った。
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しばらくして。
高柳殿が田中殿に言った。
「田中君。一つ、試してみてもいいですか。」
「何ですか。」
高柳殿が制御装置を受け取った。
そして、ゆっくりと操作した。
光が、画面を走り始めた。
横へ。
縦へ。
また横へ。
光が、ある形を描いた。
全員が、その形を見た。
「……「土」だ。」
田中殿が言った。
縦一本の線が、画面に描かれていた。
「土」という文字だった。
高柳殿が静かに言った。
「まだ粗いですが、文字の形になります。」
作業場が、しばらく静かになった。
「文字が、書けた。」
私は静かに言った。
「まだ一文字です。」
高柳殿は言った。
「しかし、一文字が書ければ、すべての文字が書けます。」
田中殿が頷いた。
「原理が証明されました。」
「原理が証明されれば、あとは精度を上げるだけだ。」
私は言った。
「精度を上げることは、できる。
原理が分からない問題より、ずっと簡単だ。」
高柳殿が静かに微笑んだ。
「忠清さまは、物事の順番をよく分かっておられる。」
「三百年以上、取りまとめをしてきた成果だ。」
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その夜。
私は書き留めた。
電子の制御、成功。
横方向・縦方向、両方向に光が動くことを確認。
高柳殿、「土」の文字を描く。
原理、証明された。
次は精度を上げるのみ。
私は筆を置いた。
光が動いた。
言葉に従って動いた。
見えないものが、見えるものを動かした。
そしてその動きが、文字の形になった。
文字とは何か、と改めて思った。
文字とは、誰かの意思が形になったものだ。
光が意思を持ったように動いた時、
そこに文字が生まれた。
黄泉国情報網計画。
光が、動いた。
次は、その動きを文字にする番である。




