第三十一話「黄泉ネット開発計画㉚ 一点の光」
第三十一話「黄泉ネット開発計画㉚ 一点の光」
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磁力の制御が整ってから、作業が加速した。
高柳殿が毎日、試作品に向かった。
電子銃の調整。
電磁石の位置。
電子の軌道の計算。
久兵衛班がガラスの精度を上げ続けた。
ファラデー殿が測定を続けた。
ボルタ殿が電力の安定供給を細かく調整した。
田中殿とTRINチームが、からくり箱側の準備を並行して進めた。
誰もが、自分の持ち場で動いていた。
「作業場が、静かになりましたね。」
田中殿が言った。
「そうだな。」
「最初の頃は、皆で議論していた。
今は、それぞれが黙って動いている。」
「成熟したということだろう。」
「成熟。」
「議論が終わり、動く段階に入った。
生前の合議も、そうだった。
最初は言葉が多い。やがて手が先に動くようになる。」
田中殿はしばらく考えてから言った。
「……忠清さまの言葉で聞くと、
ここにいる全員が、合議をしているみたいですね。」
「そうかもしれぬ。」
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ある朝。
高柳殿が作業場に来るなり、久兵衛のもとへ歩いた。
何かを話した。
シャンポリオン殿が入る。
久兵衛が頷いた。
二人で作業を始めた。
私は田中殿に聞いた。
「何をしているのだ。」
「ガラスの内側の調整だと思います。
電子が当たる面の平滑さが、光の鮮明さに影響するので。」
「ガラスの内側が滑らかなほど、くっきり光るということか。」
「そうです。」
「鏡と同じだな。
表面が滑らかなほど、はっきり映る。」
田中殿が笑った。
「忠清さまの例え、今日も自然ですね。」
「鏡は生前から知っておる。」
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昼を過ぎた頃。
高柳殿が作業を止めた。
久兵衛も止まった。
二人で、試作品を見た。
高柳殿が田中殿に向いた。
「試してみます。」
田中殿が頷いた。
「準備します。」
作業場が静かになった。
声をかけなくても、全員が気づいていた。
ファラデー殿が測定器を手に立った。
ボルタ殿が電力を確認した。
ラングミュア殿が真空の状態を確かめた。
フレミング殿が電極を見た。
ド・フォレスト殿が腕を組んだ。
TRINチームが後ろに並んだ。
メッツォファンティ殿とシャンポリオン殿が、
それぞれの位置に立った。
後藤殿が静かに傍らに立った。
スウェーデンボリ殿が、少し離れた場所で目を閉じた。
久兵衛と職人たちが、作業場の隅に立った。
全員が、試作品を見た。
「いきます。」
田中殿が言った。
電力が入った。
電子銃が動き始めた。
電磁石に電気が流れた。
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しばらく、何も起きなかった。
ガラスの画面を、全員が見ていた。
誰も動かなかった。
誰も息をしていないようだった。
そして。
画面の、右から少し入った場所に。
針の先ほどの、小さな光が灯った。
白い、か細い光だった。
だが確かに、そこにあった。
動かなかった。
消えなかった。
ただ、静かに、そこで光っていた。
誰も何も言わなかった。
高柳殿が、その光を見た。
一歩、前に出た。
光に近づいた。
顔を、ガラスに近づけた。
しばらく、じっと見ていた。
長い間、見ていた。
誰も声をかけなかった。
誰も動かなかった。
作業場に、静寂があった。
高柳殿だけが、その光を見ていた。
田中殿が、私の隣で小声で言った。
「……高柳さん、泣いてますか。」
私は高柳殿を見た。
肩が、わずかに動いていた。
「……そっとしておけ。」
私は静かに言った。
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しばらくして。
高柳殿がゆっくりと振り返った。
その顔は、穏やかだった。
泣いていたかどうかは、分からなかった。
だが目が、少し赤かった。
高柳殿は全員を見渡した。
そして静かに言った。
「光りました。」
その一言だった。
作業場が、また静かになった。
それから。
誰かが拍手をした。
また広がった。
今回は、前回の真空管の時より、少し長く続いた。
高柳殿は拍手の中で、静かに頭を下げた。
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拍手が静まってから。
田中殿が高柳殿のもとへ歩いた。
「高柳さん。」
「はい。」
「一点ですが、光りました。」
「はい。」
「次は、この光を動かして、画面全体を走らせましょう。」
高柳殿は頷いた。
「はい。」
「それができれば、文字が書ける。」
高柳殿はしばらく黙っていた。
やがて言った。
「田中君。」
「はい。」
「この光を見て、思い出したことがあります。」
「何ですか。」
「生前、初めて映像を映せた時のことです。
その時も、画面の一点が光りました。
同じ光でした。」
田中殿は静かに聞いていた。
「あの時は、研究室に私一人でした。
誰もいなかった。」
「……今は。」
高柳殿は作業場を見渡した。
「今は、こんなに大勢いる。」
田中殿が言った。
「良かったですね。」
高柳殿は静かに微笑んだ。
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私は少し離れた場所で、その会話を聞いていた。
生前、一人で研究室にいた高柳殿。
今、大勢の者たちに囲まれている。
時代も言語も違う者たちが、
同じ光を一緒に見ている。
スウェーデンボリ殿が近づいてきた。
「高柳殿の光を見ていて、思ったことがございます。」
「聞かせてくれ。」
「意味は、何度でも形になる、と以前申し上げました。」
「覚えておる。」
「今日の光は、高柳殿にとって、二度目の形になった瞬間です。
生前に一度、形になった。
今日、また形になった。
二度目の形は、一度目より少し大きい。
今回は、一人ではなかったから。」
私はしばらく黙っていた。
「意味が大きくなったのか。」
「はい。見てくれる者が増えるほど、
意味は大きくなります。」
私はその言葉を、静かに胸に刻んだ。
見てくれる者が増えるほど、意味は大きくなる。
黄泉ネットが目指しているのも、それかもしれない。
情報が届く者が増えれば、意味が大きくなる。
繋がる者が増えれば、意味が大きくなる。
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その夜。
私は書き留めた。
ブラウン管試作品、画面の一点が光る。
高柳殿、長い間その光を見る。
「光りました。」
スウェーデンボリ殿
「二度目の形は、一度目より少し大きい。
見てくれる者が増えるほど、意味は大きくなる。」
私は筆を置いた。
針の先ほどの光だった。
だがその光は、生前の研究室で一人が見た光より、
確かに大きかった。
大勢がいたから。
黄泉国情報網計画。
一点が、光った。
次は、その光を動かす番である。




