第二十八話「黄泉ネット開発計画㉗ 蛍光体」
第二十八話「黄泉ネット開発計画㉗ 蛍光体」
----------
ブラウン管の設計が進む中、高柳殿が一つの問題を持ち込んだ。
「蛍光体が必要です。」
「けいこうたい。」
私は聞き返した。
「はい。画面を光らせるための材料です。」
「画面は、電子が当たれば光るのではないのか。」
「電子だけでは光りません。
電子が当たった時に光る材料が、
画面に塗られている必要があります。」
「つまり、光るための下地が要るということか。」
「そういうことです。」
田中殿が説明を加えた。
「蛍光体は、電子を受けて光を出す特別な材料です。
下界では化学的に作られたものを使っていました。
しかし黄泉の国には、その材料がない。」
「下界の材料が使えぬなら、黄泉の国にあるもので代わりを探すということか。」
「はい。」
私は少し考えた。
「光るものなら、黄泉の国にある。」
「忠清さま、何か思い当たりますか。」
「ある。」
私は立ち上がった。
「川沿いに、光る石がある。」
田中殿が目を丸くした。
「光る石?」
「夜、川沿いを歩くと、石がほんのりと光っていることがある。
こちらに来て間もない頃、不思議に思って近づいたことがある。
動物の魂の粒が石に染み込んで、光るのだと後で聞いた。」
「それは、蛍光体の代わりになるかもしれません。」
田中殿は興奮した様子で言った。
「電子を当てた時に光る性質があれば、使えます。」
「確かめてみるか。」
「ぜひ。」
----------
高柳殿に話すと、高柳殿はすぐに立ち上がった。
「見に行きましょう。」
久兵衛も一緒に来た。
私が先に立って、川沿いへ向かった。
黄泉の国の川は、静かだった。
白く明けきらぬ光の下、水が穏やかに流れている。
川沿いの石を見ると、確かに、いくつかの石がほんのりと光っていた。
淡い、青白い光だった。
高柳殿が膝をついて、石を拾い上げた。
じっと見つめた。
「……光っている。」
「三百年以上、ここに来るたびに見てきた。
当たり前すぎて、気にも留めていなかった。」
高柳殿は石を光にかざした。
「この光は、どこから来ているのですか。」
「動物の魂の粒が、石に染み込んだものだ。」
高柳殿はしばらく黙っていた。
やがて言った。
「魂が、光になっている。」
「そうだ。」
「それが、この石に宿っている。」
「そういうことだ。」
高柳殿は石を手のひらに乗せた。
「……電子を当てれば、もっと光るかもしれない。」
田中殿が身を乗り出した。
「試してみますか。」
「はい。持ち帰って調べましょう。」
久兵衛が川沿いの石を幾つか拾い集めた。
大きさも形も様々な石が、布の上に並んだ。
「久兵衛さん。」
「はい。」
「この石を、粉にすることはできますか。」
「砕いて粉にすることなら。」
「それで十分です。」
高柳殿が言った。
「蛍光体は粉の状態でガラスに塗ります。
この石を粉にして塗れれば、試せます。」
----------
作業場に戻ると、ファラデー殿が待っていた。
後藤殿が通訳に入る。
「川沿いの石を持ち帰ったと聞きました。
私に測定させてください、と。」
「ファラデー殿が測定を?」
「はい。この石がどのような性質を持っているか、
電磁気的に調べられる、と。」
高柳殿が石をファラデー殿に渡した。
ファラデー殿が測定器を取り出した。
石に近づける。
数値を読む。
また近づける。
その繰り返しが、しばらく続いた。
やがてファラデー殿が顔を上げた。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「この石は、外から力を受けると反応する性質がある、と。
電子という力を受ければ、光る可能性がある、と。」
田中殿が声を上げた。
「本当ですか。」
「可能性がある、という段階です。
試してみなければ分からない、と。」
「でも、可能性があるということは。」
「そうです。」
私は頷いた。
「また、黄泉の国にあるものが使えるかもしれぬ。」
田中殿が笑った。
「黄泉の国、本当に何でもありますね。」
「三百年以上住んでおれば、当たり前になって気づかぬこともあるな。」
「忠清さまが最初にそれを言ったのはいつでしたっけ。」
「田中殿がこちらに来た頃だ。
お主が砂と金属で電池を作れると言った時、
川の砂ならある、と言った。」
田中殿は少し懐かしそうな顔をした。
「あの頃から、黄泉の国は結構材料がありでしたね。」
「そうだな。」
私も少し懐かしくなった。
あの時は、田中殿と二人だった。
今は、これだけの者たちがいる。
----------
久兵衛が石を粉にする作業を始めた。
アルベルトとヴィクトルが手伝った。
石を砕き、細かく、さらに細かく。
シャンポリオン殿が傍らで、
久兵衛と職人たちの間に入りながら、
粉の細かさを確認していた。
高柳殿がガラスの板を持ってきた。
「まずこの板に塗って、電子を当てて試します。」
「うまくいくと思うか。」
私は高柳殿に聞いた。
高柳殿はしばらく考えてから言った。
「分かりません。」
「正直だな。」
「はい。やってみなければ分からないことは、
分からないと言う方が正直です。」
「それは、そうだな。」
私は頷いた。
「やってみなければ分からないことは、やるしかない。
生前もそうだった。」
「忠清さまも、分からないことがありましたか。」
「山ほどあった。」
私は正直に言った。
「だが、分からないままにしておくことが一番いけない。
やってみれば、分かるか分からないかが分かる。」
高柳殿は少し笑った。
「忠清さまの言葉は、回りくどいようで、
いつも的を射ていますね。」
「三百年、人と話してきた成果だ。」
----------
数日後。
久兵衛が粉にした石を、高柳殿がガラスの板に薄く塗った。
乾かした。
そして、ファラデー殿の磁力の装置を使って、
小さな電子の流れを当ててみた。
全員が、ガラスの板を見た。
しばらく、何も起きなかった。
だが。
板の表面が、ほんのりと光った。
淡い、青白い光だった。
川沿いの石と同じ色の光だった。
「……光った。」
田中殿が呟いた。
高柳殿は、その光をじっと見た。
何も言わなかった。
ただ、見ていた。
やがて静かに言った。
「使えます。」
作業場が、また静かな喜びに包まれた。
----------
その夜。
私は書き留めた。
蛍光体の問題、川沿いの光る石で解決の糸口。
魂の粒が染み込んだ石が、電子を受けて光ることを確認。
久兵衛班、石を粉にして加工。
高柳殿「使えます」と確認。
私は筆を置いた。
川沿いの石が、画面を光らせる材料になる。
三百年以上、当たり前のように見てきたものが、
今日、意味を持った。
当たり前のものに意味があると気づけるのは、
それを問い続ける者だけだ。
田中殿が問い続け、高柳殿が見つけ、
久兵衛が形にした。
黄泉国情報網計画。
光る材料が、見つかった。
次は、その材料で画面を作る番である。




