第二十七話「黄泉ネット開発計画㉖ 映す者」
第二十七話「黄泉ネット開発計画㉖ 映す者」
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真空管が完成してから、翌日。
高柳殿が作業場に来た。
いつものように穏やかな佇まいだったが、目だけが違った。
何かを見定めるような、鋭い目だった。
高柳殿はまっすぐ、完成した真空管のもとへ歩いた。
机の上に置かれた管を、手に取った。
光にかざす。
端を指でなぞる。
裏から眺める。
しばらく、何も言わなかった。
田中殿が小声で言った。
「高柳さん、毎回こうですね。」
「何がだ。」
「何かを見る時、まず黙って手に取る。」
「職人というものは、そういうものだろう。」
「ですね。目で分かる方ですから。」
高柳殿がようやく口を開いた。
「これがあれば、始められる。」
静かな一言だった。
だが、その一言に、確信があった。
田中殿が少し前に出た。
「ブラウン管の製造を、始めていただけますか。」
「はい。」
高柳殿は管を静かに机に戻した。
「この真空管があれば、電子銃が作れます。
電子銃があれば、電子を飛ばせる。
電子を飛ばせれば、画面に当てられる。
画面に当たれば、光る。」
「一つずつ繋がっていくのだな。」
「そういうことです。」
高柳殿は設計図を広げ始めた。
私は高柳殿の隣に座った。
設計図には、見たことのない図が描かれていた。
管が複数あり、線が複数走っている。
「高柳殿。」
「はい。」
「お主は、何を映すのだ。」
高柳殿は筆を止めた。
そして静かに言った。
「文字でございます。」
「文字。」
「はい。最初は文字だけ映れば十分です。」
「絵は要らぬのか。」
「絵は後でできます。
まず文字が映れば、情報が届く。
情報が届けば、仕事ができる。
それが、今必要なことです。」
私は頷いた。
「文字か。それで十分だ。」
高柳殿は少し目を細めた。
「忠清さまは、文字を大切にされるのですね。」
「文字は、知らせを届けるものだ。
生前、各地から届く報告書は、全て文字だった。
文字がなければ、何も伝わらなかった。」
高柳殿は静かに頷いた。
「私も同じです。
映像を映すことを一生研究しましたが、
映すことの本質は、何かを誰かに伝えることです。
文字も映像も、伝えるための手段に過ぎない。」
「映す者も、伝えることが目的だったのか。」
「はい。」
高柳殿は設計図に向かいながら言った。
「私が生前、初めて映像を映した時、
そこに映ったのは「イ」という文字でした。」
「「イ」、か。」
「日本語の一文字です。
なぜその文字を選んだのか、
今でもよく覚えています。」
「なぜだ。」
高柳殿はしばらく黙っていた。
「……誰かに、届けたかったからです。
文字にすれば、届く気がした。」
作業場が静かになった。
田中殿が小声で言った。
「高柳さんも、伝えたかったんですね。ずっと。」
「そうだな。」
私は静かに言った。
「映す技術を極めた者が、
結局、誰かに何かを届けたかっただけだ。」
「それって、田中殿も同じであろう。」
田中殿が少し驚いた顔をした。
「え。」
「ねっとわーくという物をを作っておった時も、
誰かに何かを届けたかったからではないのか。」
田中殿はしばらく黙っていた。
やがて、静かに言った。
「……そうかもしれません。」
「黄泉ネットも、同じだ。
誰かと誰かを繋ぐためにある。」
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高柳殿が設計図を書き終えたのは、その日の夕方だった。
久兵衛を呼んだ。
設計図を広げ、説明し始めた。
シャンポリオン殿が傍らに立つ。
久兵衛が設計図を覗き込んだ。
しばらく見ていた。
やがて言った。
「……大きなガラスが要りますね。」
「そうです。これまでの管より、遥かに大きい。」
「どれくらいですか。」
高柳殿が手で大きさを示した。
久兵衛が少し考えた。
「……やってみましょう。」
「久兵衛殿。」
高柳殿は静かに言った。
「大きなガラスを作ったことはありますか。」
「ありません。」
久兵衛は正直に言った。
「ですが、小さいガラスが作れれば、
大きいガラスも作れるはずです。
原理は同じですから。」
高柳殿は少し微笑んだ。
「その言葉、信じます。」
田中殿が小声で言った。
「久兵衛さん、頼もしいですね。」
「そうだな。」
私は頷いた。
「やったことがないことに、
原理は同じだから必ずできると言える者は、
本物の職人だ。」
「忠清さまも、そうでしたか。生前。」
「……そうあろうとしておった。」
私は正直に言った。
「できるかどうか分からないことを、
やってみようと言える者がいると、
場が動く。」
「久兵衛さんが、その役割ですね。」
「そうだな。」
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高柳殿が久兵衛と打ち合わせをしている間、
ファラデー殿が静かに近づいてきた。
スウェーデンボリ殿が通訳に入る。
「高柳殿の設計図を見てきました。」
「ほう。」
「電子を飛ばして画面に当てるとは、
電磁誘導の応用ができるかもしれません。」
田中殿が振り返った。
「磁力で電子の向きを変えるということですか。」
「はい。電子は磁力に反応します。
磁力を使えば、電子の向きを自在に変えられる。」
「つまり、どこに電子を当てるかを制御できる、ということですか。」
「そういうことです。」
田中殿の目が輝いた。
「それができれば、画面の好きな場所に光を当てられる。
好きな場所に光が当てられれば、文字が書ける。」
「……ファラデー殿の理論は、また出てきたな。」
私は思わず言った。
田中殿が笑った。
「底をついたことがないですよね。」
「そうだな。」
スウェーデンボリ殿が静かに言った。
「ファラデー殿は、一つの理論を作ったのではなく、
世界の仕組みを一つ見つけた方です。
世界の仕組みは、どこでも使えます。」
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その夜。
私は書き留めた。
高柳殿、ブラウン管の設計開始。
真空管を手に取り確認。「これがあれば、始められる。」
まず文字を映すことを目標に設定。
久兵衛、大きなガラス管の製造を引き受ける。
ファラデー殿、磁力で電子の向きを制御できる可能性を示す。
私は筆を置いた。
映す者が動き始めた。
高柳殿が言っていた言葉を思い返した。
「映すことの本質は、何かを誰かに伝えることです。」
黄泉ネットも、同じだ。
繋ぐことの本質は、誰かと誰かを届けることだ。
技術は、手段だ。
目的は、届けることだ。
それは、三百年前も、今も、変わらない。
黄泉国情報網計画。
映す者が、始動した。
次は、映すための材料を揃える番である。




