第二十三話「黄泉ネット開発計画㉒ 失敗の価値」
第二十三話「黄泉ネット開発計画㉒ 失敗の価値」
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翌朝。
私が作業場に着いた時、ド・フォレスト殿はすでにいた。
昨夜と同じ場所に座り、設計図を広げていた。
だが昨夜とは違った。
設計図が、書き込みでいっぱいになっていた。
「……休まなかったのか。」
田中殿が小声で言った。
「休む必要がなかったのだろう。」
私は静かに答えた。
「考えることが、休息だったのかもしれぬ。」
田中殿はしばらくド・フォレスト殿を見てから言った。
「昨夜、何を書いていたんでしょう。」
「聞いてみればよい。」
「……聞く勇気が、まだありません。」
「では、待とう。」
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ラングミュア殿が来たのは、それからしばらくしてからだった。
昨日の破片を机の上に並べ、一つ一つを丁寧に調べ始めた。
後藤殿が隣に立って、通訳に備える。
しばらく、ラングミュア殿は黙って破片を見ていた。
やがて言った。
後藤殿が訳す。
「ガラスの壁が薄すぎました。
電力が通った瞬間、内側の圧力に耐えられなかった、と。」
「つまり、ガラスの問題か。」
「はい。真空は問題なかった。
電力も適切だった。
ガラスだけが、足りなかった、と。」
私は久兵衛のもとへ向かおうとした。
その時、ド・フォレスト殿が立ち上がった。
そして、全員に向かって何かを言った。
メッツォファンティ殿が訳す。
「昨夜、設計を見直した、と。」
作業場が静かになった。
「破裂した場所を確認した。
ガラスの問題だけではない。
電力の流れ方にも、改善できる点があった、と。」
ド・フォレスト殿は設計図を机の上に広げた。
昨夜書き込んだ内容が、びっしりと並んでいた。
「失敗したから、どこが弱いか分かった、と。」
作業場が、少し温かくなった気がした。
田中殿が小声で言った。
「……昨夜、あれだけ黙っていたのに。」
「考えていたのだ。」
「ですね。」
「失敗した後に黙る者は、たいてい一番深く考えている。」
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ド・フォレスト殿が改善点を説明し始めた。
メッツォファンティ殿が訳し、
後藤殿が技術的な補足を加える。
ラングミュア殿が真空側の改善点を加える。
フレミング殿が電極の修正案を出す。
久兵衛が呼ばれ、ガラスの厚さについて相談が始まった。
シャンポリオン殿が久兵衛とガラス職人たちの間に入る。
アルベルトが壁の厚さについて何かを言った。
シャンポリオン殿が訳す。
「二倍にする必要はない。
一割五分増やせば十分だ、と。
それ以上厚くすると、今度は熱が逃げにくくなる、と。」
久兵衛が頷いた。
「それくらいなら、できます。」
私はその様子を眺めていた。
昨日、誰も何も言わなかった。
今日、全員が動いていた。
「忠清さま。」
田中殿が近づいてきた。
「なんだ。」
「面白いですね。」
「何がだ。」
「昨日と今日で、同じ場所に同じ人たちがいるのに、
全然雰囲気が違う。」
「そうだな。」
私は頷いた。
「昨日は終わりの顔だった。今日は始まりの顔だ。」
田中殿はしばらく考えてから言った。
「失敗って、終わりじゃないんですね。
始まりなんだ。」
「気づくのが遅い。」
「そうですか?」
「生前から、そうだった。
失敗しなければ、分からないことがある。
だから、失敗は価値がある。」
田中殿は少し笑った。
「忠清さまは、失敗が好きなんですか。」
「好きではない。」
私は即座に言った。
「だが、嫌いでもない。」
「どういうことですか。」
「失敗は、来なければいいに越したことはない。
だが、来たならば、使わねば損だ。」
田中殿はしばらく黙っていた。
やがて言った。
「……それ、名言ですよ。」
「三百年分の失敗から来ておる。」
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その頃、ド・フォレスト殿が改善案の説明を終えた。
そして、ラングミュア殿の方を向いた。
何かを言った。
メッツォファンティ殿が訳す。
「ラングミュア殿。真空の精度を、さらに上げることはできますか、と。」
ラングミュア殿は少し考えてから答えた。
後藤殿が訳す。
「できます。昨日よりさらに精密に作れます。
ガラスが厚くなる分、真空の維持も楽になります、と。」
ド・フォレスト殿が頷いた。
そして何かを仰った。
「では、やり直しましょう、と。」
作業場に、静かな動きが戻ってきた。
ラングミュア殿が真空の装置に向かった。
久兵衛がガラス職人たちと新しい管の設計を始めた。
フレミング殿が電極の修正図を描き始めた。
ド・フォレスト殿が改良した設計図を広げ、全員に説明し始めた。
「忠清さま。」
田中殿が言った。
「なんだ。」
「面倒な男だと思っていたんですが。」
「ど・ふぉれすと殿のことか。」
「はい。」
「面倒な男だ。」
私は言った。
「だが。」
「だが。」
「面倒な男が、一番よく動く。」
田中殿は少し笑った。
「忠清さまも、そう言われることありましたか。」
「……あったかもしれぬ。」
私は正直に言った。
田中殿が声を上げて笑った。
作業場に、笑い声が響いた。
昨日の沈黙が、嘘のようだった。
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その夜。
私は書き留めた。
破裂の原因、判明。
ガラスの厚さ不足。電力の流れにも改善点あり。
ド・フォレスト殿、一晩で設計を見直す。
「失敗したから、どこが弱いか分かった。」
改善案、全員で共有。
ガラスの厚さ一割五分増。真空の精度向上。電力の流れを修正。
ラングミュア殿、真空の精度をさらに上げると宣言。
私は筆を置いた。
失敗は、価値がある。
来なければいいに越したことはない。
だが、来たならば、使わねば損だ。
それは政でも、技術でも、同じことだった。
黄泉国情報網計画。
試作品は破裂した。
だが今日、次の試作品が始まった。




