第二十一話「黄泉ネット開発計画⑳ ガラス職人たち」
第二十一話「黄泉ネット開発計画⑳ ガラス職人たち」
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閻魔様にガラス加工の得意な魂をお願いしてから、数日が経った。
ある朝、作業場に見慣れない顔が三人現れた。
シャンポリオン殿が先に立って案内してくれた。
「忠清殿。閻魔様のご厚意で、ガラス加工の職人が参りました。」
三人は静かに頭を下げた。
「素直な魂を、とお願いしておいたのだったな。」
「はい。閻魔様がよく選んでくださいました。」
三人の顔を見た。
一人は中年の男で、職人らしい太い指をしていた。
一人は若い男で、目が鋭く、何かを見定めるような眼差しだった。
一人は老人で、白い眉が印象的だった。
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「お名前は。」
シャンポリオン殿が一人ずつ訳してくれた。
中年の男はアルベルト。
若い男はヴィクトル。
老人はジョゼフ。
三人とも、フランスやベルギーのあたりの者たちらしかった。
「日本語は話せぬのだな。」
「はい。しかし、ガラスの腕は確かだと閻魔様が仰せでした。」
私は三人を久兵衛のもとへ連れて行った。
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久兵衛は三人を見て、しばらく黙っていた。
三人も久兵衛を見て、黙っていた。
「久兵衛。この者たちが新しいガラス職人だ。
シャンポリオン殿が通訳に入る。」
「……はい。」
久兵衛は頷いた。
だが次の瞬間、久兵衛は棚から一枚のガラス板を取り出した。
それを、三人の前に置いた。
「これを、見てほしいのです。」
シャンポリオン殿が訳す前に、
アルベルトがその板を手に取った。
光にかざす。
端を指でなぞる。
裏から眺める。
やがてアルベルトが何かを言った。
シャンポリオン殿が訳す。
「歪みがある、と。
端の部分に、ごく僅かな歪みがある、と。」
久兵衛が目を細めた。
「分かるか。」
アルベルトが頷いた。
久兵衛は少し間を置いてから、今度は別のガラス板を取り出した。
「では、これは。」
アルベルトが手に取った。
今度はヴィクトルも一緒に覗き込んだ。
二人が何かを話し合っている。
シャンポリオン殿が訳す。
「こちらは歪みがない。
しかし、厚さが均一でない部分がある、と。」
久兵衛が静かに言った。
「その通りだ。」
老人のジョゼフが、久兵衛の手元を見ていた。
久兵衛の道具を指さした。
何かを言った。
「道具を貸してほしい、と。」
久兵衛は少し考えてから、道具を差し出した。
ジョゼフがその道具を手に取り、
ガラス板の端を少し削った。
久兵衛が見た。
しばらく、黙っていた。
やがて言った。
「……うまい。」
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私はその様子を、少し離れた場所から眺めていた。
田中殿が隣に来た。
「忠清さま。」
「なんだ。」
「もう話し合ってますね。」
「そうだな。」
「シャンポリオン殿、あまり訳していませんよ。」
私は久兵衛と三人の職人を見た。
確かに、シャンポリオン殿が口を開く場面が少ない。
久兵衛が板を出す。
職人が手に取る。
職人が何かをする。
久兵衛が見る。
久兵衛が別の板を出す。
その繰り返しだった。
「職人というものは、手が先に動くのだな。」
私は静かに言った。
田中殿が頷いた。
「言葉より、物の方が正直ですからね。」
「物が正直、か。」
「ガラスは嘘をつかない。
歪みがあれば歪みがある。
均一でなければ均一でない。
そのまま見えてしまう。」
「だから、職人同士は物を通じて話すのか。」
「そういうことだと思います。」
シャンポリオン殿が戻ってきた。
「忠清殿。」
「ご苦労でした。あまり訳す場面がなかったようですが。」
シャンポリオン殿は静かに笑った。
「はい。私の出番が、ほとんどありませんでした。」
「それで良いのだ。」
「はい。言葉が要らない場所に、無理に言葉を入れる必要はない。
私はその判断をするために、ここにいます。」
私はその言葉を、静かに受け取った。
言葉が要る場所と、要らない場所を見極める。
それは、取りまとめ役も同じだった。
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昼を過ぎた頃。
久兵衛と三人の職人が、一緒に作業を始めていた。
真空管用のガラス管を作る試みだった。
久兵衛が寸法を示す。
アルベルトが加工する。
ヴィクトルが確認する。
ジョゼフが仕上げる。
言葉のやり取りはほとんどない。
だが四人の動きは、どこか揃っていた。
「見事だな。」
ド・フォレスト殿が隣に来ていた。
メッツォファンティ殿が通訳に入る。
「職人の仕事は、どの国でも同じだ、と。
良いものを作ろうとする気持ちに、言葉はいらない、と。」
私は頷いた。
「ド・フォレスト殿も、そう思われるのか。」
「自分も発明家だから分かる、と。
良いものを作ろうとする時、言葉より手が先に動く、と。」
ド・フォレスト殿が珍しく、穏やかな顔をしていた。
自信家の顔ではなく、職人の顔だった。
「ド・フォレスト殿も、職人なのだな。」
私は小声で田中殿に言った。
「そうですね。発明家って、結局職人ですよね。
頭で考えるだけでなく、手で作る人たちです。」
「頭と手が、両方動く者たちか。」
「はい。」
「この事業に集まった者たちは、皆そうだな。」
田中殿はしばらく考えてから言った。
「忠清さまも、そうですよね。」
「私は手より頭が先に動く。」
「でも、動かした後は必ず手も動かしてきましたよね。
書庫に行って、閻魔様のもとへ走って、係と交渉して。」
私は何も言わなかった。
だが、悪い気はしなかった。
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夕刻。
久兵衛が完成したガラス管を持ってきた。
細く、均一で、歪みのない管だった。
ラングミュア殿に手渡した。
ラングミュア殿がそれを手に取り、光にかざした。
しばらく眺めてから、後藤殿に何かを言った。
「これならば、真空を作れます、と。」
久兵衛が静かに頷いた。
アルベルトたちも、久兵衛の顔を見た。
久兵衛が三人に向かって、深く頭を下げた。
三人も頭を下げた。
言葉はなかった。
だが、確かに何かが通じていた。
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その夜。
私は書き留めた。
ガラス加工職人、三名到着。
アルベルト、ヴィクトル、ジョゼフ。
久兵衛と三名、言葉なしに仕事で通じ合う。
真空管用ガラス管、第一号完成。
ラングミュア殿より使用可能と確認。
シャンポリオン殿、言葉の要らない場所を見極める判断を見せる。
私は筆を置いた。
言葉が要る場所と、要らない場所がある。
見極めることが、橋渡し役の本当の仕事だ。
生前の合議でも、そうだった。
発言すべき場面と、黙って見守るべき場面がある。
その見極めを誤ると、合議は壊れる。
シャンポリオン殿は、その見極めができる御仁だ。
黄泉国情報網計画。
ガラスが、揃った。
次は、そのガラスの中に真空を作る番である。




