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第二十話「黄泉ネット開発計画⑲ 言葉ではなく」

第二十話「黄泉ネット開発計画⑲ 言葉ではなく」



-------------


真空の準備が進む中、作業場の空気が少し変わっていた。


ラングミュア殿は静かに真空の研究を続けている。


だが。


作業場の一角から、妙な空気が漂ってきた。


ボルタ殿とド・フォレスト殿が、向き合っていた。


二人の間に、メッツォファンティ殿が立っている。


何かを訳しているが、どうも上手くいっていないようだった。


「田中殿。」


「はい。」


「あの二人は何をしておるのだ。」


「……どうやら、電力の供給方法について意見が合わないようです。」


「意見が合わない。」


「ボルタさんは、電池から直接電力を供給したい。

 ド・フォレスト殿は、一度変換してから供給したい。」


「変換とは。」


「電気の種類を変えることです。

 直接流す電気と、向きを変えながら流す電気があって、

 どちらを使うかで意見が割れています。」


「どちらが正しいのだ。」


「……どちらも、正しいんです。」


「どちらも正しいのに、なぜ揉めているのだ。」


田中殿は少し困った顔をした。


「それが、私にもよく分からなくて。」



-------------


私はメッツォファンティ殿に近づいた。


「メッツォファンティ殿。今、何を訳しておられるのだ。」


メッツォファンティ殿は少し疲れた顔をしていた。


「ボルタ殿が、電池の直接供給の利点を仰っています。

 ド・フォレスト殿が、変換の必要性を仰っています。」


「それで?」


「……お二人とも、同じことを仰っているように、

 私には聞こえるのですが。」


「同じことを?」


「はい。安定した電力を供給したい、という点では、

 全く同じことを目指しておられます。」


私は二人を見た。


ボルタ殿が紙に何かを書いている。


ド・フォレスト殿が首を振っている。


ボルタ殿が別の紙に書き直す。


ド・フォレスト殿がまた首を振る。


「……確かに、同じ方向を向いて言い合っておるな。」


「そのようです。」


「なぜ気づかぬのだ。」


「言葉が違うからだと思います。

 ボルタ殿はイタリア語の感覚で話し、

 ド・フォレスト殿は英語の感覚で話しておられます。

 同じ意味でも、表現が違いすぎて、

 互いに違うことを言っていると思い込んでいるようです。」


私はため息をついた。


「言葉が違うだけで、こうも噛み合わぬものか。」


「言葉は便利なものですが、

 時に言葉そのものが邪魔をします。」


メッツォファンティ殿は静かに言った。


「私が七十の言葉を学んだのは、

 言葉の壁を越えたかったからではなく、

 言葉そのものが何であるかを知りたかったからです。」


私はその言葉を、静かに受け取った。



-------------


その時、後藤殿が近づいてきた。


「忠清さま。少し、よろしいですか。」


「なんだ。」


「お二人の話を聞いていて、気づいたことがあります。」


「聞こう。」


後藤殿は静かに言った。


「ボルタ殿は、電池の安定性を信頼しておられます。

 ド・フォレスト殿は、真空管を動かす際の

 精密な制御を優先しておられます。」


「それが、どう違うのだ。」


「ボルタ殿は、力の安定を重視している。

 ド・フォレスト殿は、力の精度を重視している。」


「安定と精度か。」


「はい。そして、どちらも必要です。」


私はしばらく考えた。


「つまり、どちらかを選ぶ話ではなく、

 どちらをどの順番で実現するかという話だということか。」


後藤殿は目を細めた。

「忠清さま。その通りです。」


「では、順番を決めればいいのだな。」


「はい。まず安定した電力を用意して、

 それから精密な制御を加える。

 二段階にすれば、お二人とも納得できると思います。」


私は頷いた。


「後藤殿。それをお二人に伝えてくれるか。」


「はい。」



-------------


後藤殿がボルタ殿のもとへ歩いた。


英語でもイタリア語でもなく、

図を使いながら、丁寧に説明し始めた。


メッツォファンティ殿が補いながら、

二人の間に言葉を通していく。


ボルタ殿が後藤殿の図を見た。


しばらく考えてから、何かを仰った。


メッツォファンティ殿が訳す。


「なるほど、二段階か。最初からそう言えばよかった、と。」


田中殿が小声で言った。


「最初からそう言ってたんですけどね、ド・フォレスト殿は。」


「言葉が違ったから、届かなかったのだろう。」


次に後藤殿はド・フォレスト殿のもとへ向かった。


ド・フォレスト殿に同じ図を見せる。


ド・フォレスト殿は少し顎を引いた。


何かを仰った。


「私の言いたかったことは、これだ、と。

 なぜ最初から図で示さなかったのか、と。」


田中殿が苦笑した。

「お互い様ですよね。」


「そうだな。」


私も思わず苦笑した。



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二人が図の前に並んだ。


向き合うのではなく、今度は同じ方向を向いて、

同じ図を見ている。


ボルタ殿が何かを書き加えた。


ド・フォレスト殿が頷いた。


ド・フォレスト殿が何かを書き加えた。


ボルタ殿が頷いた。


メッツォファンティ殿が黙って見ていた。


今は訳す必要がないようだった。


「メッツォファンティ殿。」


「はい。」


「今は、何が起きているのだ。」


「お二人とも、図で話されています。

 言葉は要らなくなったようです。」


田中殿が静かに言った。


「言葉ではなく、か。」


「そうだな。」


私は頷いた。


「言葉が邪魔をしていた。

 言葉を取り除いたら、通じた。」


メッツォファンティ殿が静かに言った。


「これが、私が七十の言葉を学んで、

 最終的に気づいたことでございます。」


「どういうことだ。」


「言葉をたくさん知っていると、

 言葉がなくても通じる瞬間が分かるようになります。

 今がその瞬間です。」


私はその言葉を、しばらく考えた。


「言葉を極めた者が、言葉のいらぬ瞬間を見つける。」


「そういうことでございます。」


田中殿が小声で言った。

「忠清さま。」


「なんだ。」


「それって、合議制に似ていませんか。」


「どういうことだ。」


「みんなで意見を言い合って、最終的に言葉じゃなくて、

 方向性が揃う瞬間が来る。

 あの感じに、似ていると思って。」


私はしばらく黙っていた。


「……そうかもしれぬ。」



-------------


シャンポリオン殿が、静かに近づいてきて感慨深そうに話した。


後藤殿が訳す。


「今日、第二種魂翻訳を使う場面がありました。」


「ほう。どのような場面だ。」


「ボルタ殿とド・フォレスト殿が、

 互いに相手の意図を誤解していた場面です。

 言葉を訳すだけでは、意図が届かなかった。」


「それで。」


「ですので、言葉ではなく、

 お二人の意図そのものを読み取って、

 後藤殿にお伝えしました。」


私は思わず後藤殿を見た。


後藤殿は静かに頷いた。


「シャンポリオン殿から、

 お二人が本当に言いたかったことを教えていただいたのです。

 だから、図で示すことができました。」


「つまり、シャンポリオン殿が意図を読み、

 後藤殿が形にした、ということか。」


「そういうことです。」


田中殿が言った。

「チームワークですね。」


「「一丸となる」というのは「ちーむわーく」というのだな。」


私は頷いた。


「言葉を読む者と、形にする者が揃って、初めて届く。」


シャンポリオン殿が何かを仰った。


後藤殿が訳す。


「古代の文字を解読した時も、同じでした。

 文字を読む者と、意味を形にする者が必要でした、と。」


作業場が、静かになった。


ボルタ殿とド・フォレスト殿は、

まだ同じ図の前に立って、何かを書き続けていた。


言葉は、もう要らなかった。



-------------


その夜。


私は書き留めた。


ボルタ殿とド・フォレスト殿、電力供給方法で意見対立。

実は同じ方向を向いていたことが判明。


後藤殿とシャンポリオン殿の連携で解決。

シャンポリオン殿、第二種魂翻訳を使い意図を読み取る。

後藤殿、図で形にする。


二段階供給方式、採用決定。

まず安定した電力、次に精密な制御。


私は筆を置いた。


言葉が邪魔をすることがある。


生前の合議でも、同じことがあった。


誰もが正しいことを言っているのに、

言葉が違うだけで、届かない。


そういう時は、言葉の前にある意図を見る。


意図が同じなら、言葉は後からついてくる。


黄泉国情報網計画。


言葉ではなく、意図が通じた日だった。


次は、その意図を形にする番である。


予約にて投稿しております

これをアップしたころにはワールドカップのスウェーデンの結果は出ているのでしょうね

日本!決勝リーグもがんばれ!(望み)


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