第二話 「黄泉ネット開発計画①始動」
第二話 「黄泉ネット開発計画①始動」
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私は技術者の話を聞き終えると、まず尋ねた。
「その「いんたーねっと」とやらを黄泉の国に作るには、何が必要なのだ?」
技術者は待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
それから数刻。
私は延々と説明を受けることになった。
からくり箱。電気。情報をためる箱。情報を振り分ける箱。見えない通信網。
横文字ばかりで頭が痛くなった。
だが、一つだけ分かったことがある。
この仕組みは、黄泉の国そのものを変える可能性がある。ということであった。
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私はその夜から、書き留めた内容を広げ、考え続けた。
生前、私は何かを変える際には必ず同じことを繰り返した。
変えることで何が良くなるのか。
変えることで何が失われるのか。
どちらが重いかを見極めてから、初めて動く。
それが老中としての習いであった。
まず、利から考えた。
黄泉の国の係同士で情報共有が可能になる。
これは大きい。
今は各係への伝達に使いの者を立て、半日かかることも珍しくない。
それが数息で済むとなれば、仮判定の滞りも減る。
判定資料の閲覧も速くなる。
閻魔様への報告もより正確になる。
黄泉の国全体の運営が、確かに楽になる。
次に、障りを考えた。
まず、維持管理の問題。
からくり箱とやらは壊れることがあると技術者は言っていた。
壊れた際に直せる者がおらねば、情報網そのものが止まる。
生前も同じことがあった。
河川の普請は、作るよりも保つ方が難しい。
仕組みを作った後に誰が守るのかを、最初に決めておかねばならぬ。
次に、情報の誤りの問題。
誰もが情報を書き込めるとなれば、誤りも混じる。
生前、各地の大名から届く報告書には、時に都合のよい数字が並んでいた。
数字は嘘をつかぬが、数字を書く人間は嘘をつく。
情報の確かさをどう見極めるのか。
これは仕組みだけでは解決せぬ問題であった。
そして、最も頭を悩ませたのは三つ目であった。
悪意ある者が利用した場合である。
生前も似たようなことがあった。
便利な仕組みは必ず、それを私腹のために使おうとする者を呼び寄せる。
巡見使の仕組みも、最初はうまく働いていたが、
やがて巡見先から賄賂を受け取る者が出た。
制度そのものに問題があったのではない。
人が問題であった。
人の問題は、仕組みでは完全には防げない。
ならば、情報網を管理する者を誰にするか。
その者を誰が監視するか。
監視する者を誰が見るのか。
考えれば考えるほど、終わりがなかった。
私は筆を置き、目を閉じた。
完璧な仕組みなど、この世にも黄泉の国にも存在しない。
問題が起きた時に、どう対処するかを先に決めておく。
それが政というものである。
私は再び筆を取った。
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数日をかけて書き上げた文書の表題を、私はこう記した。
「黄泉国情報網導入についての建議書」
その頃には仮判定の仕事がかなり滞っていた。
私は建議書を抱え、閻魔庁へ向かった。
閻魔様は建議書を受け取ると、静かに目を通された。
私は頭を下げたまま結果を待った。
やがて。
「よき」
その一言が聞こえた。
私は安堵した。
だが閻魔様は続けられた。
「特に情報共有についての記述。」
「は。」
「黄泉の国の運営にどのような利があるのか、よく考えておる。」
閻魔様は少し笑われた。
「相変わらず、お主は運営のことばかり考えておるな。」
私は恐縮して頭を下げた。
しかし次の言葉で空気が変わった。
「だが。」
私は背筋を伸ばした。
「この数日で仮判定待ちは大幅に増えておる。」
「申し訳ございません。」
平伏する。
「よい。」
閻魔様はすぐにそう仰せになった。
「その代わり。」
嫌な予感がした。
「この事業、お主が取りまとめよ。」
やはりである。
「承知いたしました。」
私はそう答えた。
だが心の中では。
また調整役を承ってしまった。
そう思わずにはいられなかった。
閻魔様はさらに続けられた。
「事業に携わる間、仮判定が滞るであろう。」
「は。」
「お主の代わりとなる仮判定員も探せ。」
仕事が増えた。
「それと。」
閻魔様は少し考えるように言われた。
「下界とのやり取りが必要になるのであろう。」
「そのようです。」
「ならば小野篁に相談するがよい。」
私は思わず顔を上げた。
小野篁様。
生前、朝廷に仕えながら冥府とも行き来し、
両者の調整を行ったと伝わる伝説的なお方である。
私など足元にも及ばぬ大先輩だ。
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数日後。
私は下界監視係を訪れていた。
思いのほか、篁様との面会はすぐにかなった。
篁様は私の建議書を受け取ると、一読して閉じられた。
「なるほど。」
その一言だけだった。
「閻魔様が『よき』と仰せになったのであれば、尽力できるところは尽力しよう。」
私は深く頭を下げた。
「ところで。」
篁様は言われた。
「これは黄泉の国から下界のからくり箱を動かしたいのであろう?」
私は驚いた。
建議書を読んだだけでそこまで理解されたのか。
私は技術者から聞いた話を説明した。
「たくさんのからくり箱をこちらの世界に置き、
その箱へ指示を送ると、下界のからくり箱が同じ指示を受け取り、
「いんたあねっと」という見えない網を使って情報を集めてくるとのことです。」
「ほう。」
「海に見えない網を張り、必要な言葉だけを集めてくるようなものだそうです。」
篁様は笑われた。
「なるほど。網なのに必要な魚だけを釣るということか。面白いのう。」
なんと理解の早い御方であろう。
私はさらに説明した。
「まず黄泉の国の中に数台のからくり箱を置き、
係ごとの情報共有から始める予定です。
情報をためる箱と、その情報を管理する箱が必要とのことです。」
「係同士の伝達が楽になるという訳じゃな。」
「その通りです。」
篁様はしばらく考え込まれた。
そして静かに言われた。
「忠清殿。」
「は。」
「便利な仕組みは必ず権限を集める。」
私は意味を測りかねた。
「情報が集まる場所には、権力も集まる。」
篁様は静かに続けられた。
「そのことだけは忘れぬ方がよい。」
私は深く頭を下げた。
「肝に銘じます。」
篁様は満足そうに頷かれた。
そしてふと思い出したように言われた。
「そういえば忠清殿。」
「は。」
「お主、後任を探しておるのであったな。」
私は思わず身を乗り出した。
「百年ほど前に来た僧侶がおっての。話好きでな。」
篁様は少し笑われた。
「下界監視係を任せておるのだが、
下界の者を見ておるうちについ話しかけてしまう。」
「話しかける、ですか。」
「うむ。たまにその声が下界へ漏れてしまうほどにな。」
私は何と言ってよいか分からなかった。
「その者なら仮判定員に向いておると思うがの。」
私は胸が熱くなるのを感じた。
私のことを思い、後任を勧めてくださる方など生前おらなんだ。
この方は本当に、こちらの苦労も、こちらの求めているものも、
理解してくださる。
もし生前、このような方のもとで働けていたなら、
どれほど幸せだったであろうか。
私は深く頭を下げた。
「ありがたいお言葉、恐悦至極に存じます。
その方を後任にさせていただきたく存じます。」
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数日後。
私はその僧侶と面会した。
名を旭純栄という。
私と同じ江戸の世に生を受けた高僧とのことであった。
「旭殿。」
「はい。」
「こちらの仕事が落ち着いた後、
お主には仮判定係へ異動してもらう。私の代わりに仮判定を行ってもらいたい。」
旭殿は穏やかに微笑んだ。
「下界でもよく人と会話をしておりました。
私に合った役目かと存じます。何卒よろしくお願い申し上げます。」
表情を見て、私は少し安心した。
本当に人と話すことが好きなのであろう。
異動の話を聞いて、心から嬉しそうにしていた。
これで後任の件も目処が立った。
あとは、この黄泉国情報網計画を進めるのみである。
私はそう思いながら、再び技術者のもとへ向かった。
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……待て。
技術者の名を、まだ聞いていなかった。
「そういえば。」
私は足を止め、振り返った。
「お主の名は何という。」
技術者は少し驚いた顔をしてから、にやりと笑った。
「田中です。田中成也。」
「田中成也殿か。」
「はい。あ、忠清さまは「田中」って名字、知ってますか?」
「知らぬ。」
「ですよね。」
田中成也殿は特に気にした様子もなく、また笑った。
「よろしくお願いします、忠清さま。」
私はため息をついた。
この者、まったく遠慮というものがない。
だが、それが少し、懐かしい気もした。
生前、若い部下が初めて私に意見を述べてきた時のことを思い出した。
あの時も、こういう空気だった気がする。
「よろしく頼む。田中成也殿。」
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私は再び歩き出した。
生前もそうだった。
新しい仕組みを作る時は、
まず人を集めることから始まる。
技術は分からぬ。
だが、人をまとめることならば、
三百年以上前からやっている。
黄泉国情報網計画。
始まりである。




