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第十八話「黄泉ネット開発計画⑰ 最初の真空管」

第十八話「黄泉ネット開発計画⑰ 最初の真空管」



---------------


班分けが完了した翌日。


私はまず閻魔様のもとへ向かった。


田中殿から、一つ提案があったからだ。


「シャノン殿と稲葉殿、チューリング殿の橋渡しができる人物が必要です。

 日本語と英語、両方できて、技術に強い方が。」


田中殿は昨夜、書庫で一人の人物を調べていた。


後藤誠之ごとう せいしという方です。」


「どのような御方だ。」


「日本のからくり箱の研究の重鎮です。

 パラメトロン計算機という、独自のからくり箱を作った方で。」


「ぱらめとろん。」


「はい。日本独自の方式で動くからくり箱を研究した方です。

 日本語も英語も堪能で、200X年にこちらに来られておられる方です。」


「つまり、技術の言葉を日本語でも英語でも語れる方、ということか。」


「そういうことです。」


私はすぐに閻魔様へ上申した。


閻魔様は静かに聞いてくださり、「よき」と仰せになった。



---------------



後藤誠之殿が作業場に現れたのは、翌日のことだった。


穏やかな、学者然とした佇まいの方だった。


作業場を見渡し、からくり箱の設計図や部品を静かに眺めてから、

田中殿に日本語で話しかけた。


「田中君、でよいですか。」


「はい。」


「ここで何を作っているのか、聞いてもよいですか。」


田中殿がこれまでの経緯を簡単に説明した。


後藤殿は静かに聞いていた。


やがて言った。

「なるほど。私が来た理由が分かりました。」


「橋渡し役をお願いしたいのです。

 シャノン殿、チューリング殿、稲葉殿の間に入っていただければ。」


後藤殿は頷いた。

「チューリング殿とシャノン殿の理論は、

 私も生前よく勉強しました。

 お役に立てると思います。」


田中殿がほっとした顔をした。

「助かります。」


私は後藤殿に頭を下げた。

「よろしく頼む。」


後藤殿は穏やかに頷いた。



---------------



それから半刻後。


ド・フォレスト殿が設計図を広げた。


作業場の中央に大きな紙を置き、

何かを書き始めた。


線が増える。

記号が並ぶ。

数字が入る。


私はその様子を眺めながら、田中殿に尋ねた。

「田中殿。」


「はい。」


「真空管とは何だ。」


田中殿は少し間を置いた。

「電気を増幅するための部品です。」


私はしばらく考えた。

「増幅とは。」


「小さな電気を、大きな電気にすることです。」


「小さいものを大きくする、ということか。」


「そういうことです。」


私は頷いた。

「それは分かった。」


「よかったです。」


「だが。」


「はい。」


「なぜ管なのだ。」


田中殿は少し考えた。

「管の中で電気を流すからです。」


「管の中で。」


「はい。」


「管でなくてはいかぬのか。」


「管でなければ、うまく制御できないんです。」


「制御。」


「電気の流れを思い通りに動かすということです。」


私はまた頷いた。

「それも分かった。」


「よかったです。」


「だが。」


田中殿の顔が少し曇った。

「なぜ真空なのだ。」


田中殿は少し長めに考えた。

「空気があると、電気が邪魔されるからです。」


「邪魔される。」


「はい。空気の中の分子が、電気の流れを乱します。」


「ぶんし。」


「空気を作っている、とても小さなものです。」


「目には見えぬのか。」


「見えません。」


「見えぬものが、電気を邪魔するのか。」


「そうです。」


私はしばらく黙っていた。

「……ますます分からん。」


田中殿は苦笑した。

「忠清さま、一回で全部分かる必要はないです。」


「そうはいかぬ。取りまとめ役が分からぬままでは困る。」


「大丈夫です。私も最初は分かりませんでした。」


「お主が分からなかったのか。」


「専門外のことは、誰でも最初は分かりません。」


「専門外。」


「私はネットワークの技術者です。

 真空管は、少し専門が違う。」


私は少し安心した。

「では、分からなくても仕方がないのか。」


「仕方がないです。」


「だが、なんとか理解したい。」


「では、例えで考えてみましょう。」


田中殿は少し考えてから言った。

「忠清さまは、川の水車をご存じですよね。」


「もちろんだ。」


「水車は、川の流れの力を使って回ります。」


「そうだな。」


「真空管は、電気の流れを使って、

 別の電気の流れを動かすものです。

 小さな水の流れで、大きな水車を動かすようなものです。」


私はしばらく考えた。

「小さな流れで、大きなものを動かす。」


「そういうことです。」


「それならば、何となく分かる。」


「よかったです。」


「だが。」


田中殿の顔がまた曇った。

「管はなぜ必要なのだ。」


「……川に堤防が要るのと同じです。

 水が溢れないように、管という形で電気を閉じ込める。」


「堤防か。」


私は頷いた。

「それは分かった。」


「よかったです。」


「だが真空はなぜ必要なのだ。」


田中殿は少し遠い目をした。

「……堤防の中に、石が転がっていると、

 水の流れが乱れますよね。」


「乱れるな。」


「空気の分子は、その石です。

 石を全部取り除いた状態が、真空です。」


私はしばらく考えた。

「つまり、石のない堤防を作るということか。」


「そういうことです。」


「石のない堤防の中で、電気が真っ直ぐ流れる。」


「完璧な理解です。」


田中殿は心底嬉しそうに言った。


私は少し胸を張った。

「なるほど。ようやく分かった。」


「よかったです。」


「だが。」


田中殿の顔が引きつった。

「石を取り除くとはどういうことだ。

 目に見えぬものを、どうやって取り除くのだ。」


田中殿は少し黙ってから言った。

「……それが、ラングミュア殿の仕事です。」


「ラングミュア殿に丸投げか。」


「丸投げではないです。専門家に任せるということです。」


「何が違うのだ。」


「……あまり変わらないかもしれません。」


私は思わず笑った。


田中殿も苦笑した。


後藤殿が隣で静かに笑っていた。

「忠清さまの例えの仕方、とても分かりやすいですね。」


「三百年、人に説明してきた成果だ。」


「なるほど。」


後藤殿は穏やかに笑った。

「では私は、チューリング殿とシャノン殿のところへ行ってきます。」


「頼む。」


後藤殿が歩き出した。


田中殿が小声で言った。

「忠清さま。」


「なんだ。」


「後藤さん、他者の話が聞けて、話す口調も柔らかい方ですね。」


「そうだな。」


「橋渡し役というのは、あの方のような人が向いていますね。」


「穏やかで、両方の言葉が分かる。」


私は頷いた。

「合議には、そういう者が必要だ。

 激しく意見をぶつける者だけでは、まとまらぬ。

 静かに間を取る者が一人いると、場が動く。」


田中殿は少し考えてから言った。

「……忠清さまも、そういう役割でだったのでしょうね。」


私は何も言わなかった。


だが、悪い気はしなかった。




---------------



その頃。


ド・フォレスト殿が設計図を書き終えていた。


メッツォファンティ殿が訳す。


「設計完了、と。あとは材料だ、と。」


「材料は何が要るのだ。」


「金属の細い線。ガラス管。そして真空。」


「ガラス管は久兵衛に頼める。

 真空はラングミュア殿が担当だ。

 金属の細い線は。」


「石工の係に相談します。」


堀田殿が言った。

「忠清さま。石工の係の久兵衛さんに、

 今日のうちに相談に行っていいですか。」


「行ってくれ。」


堀田殿が動いた。


ド・フォレスト殿が何かを仰った。


メッツォファンティ殿が訳す。

「材料が揃えば、三日で試作品を作る、と。」


田中殿が小声で言った。

「三日で。」


「自信家だからな。」


私は小声で返した。

「でも、ボルタさんも最初に光を灯した時は早かったです。」


「それはそうだな。」


「もしかしたら本当に三日でできるかもしれません。」


私は頷いた。

「ならば、信じよう。」



---------------



その夜。


私は書き留めた。


後藤誠之殿、到着。

シャノン殿・チューリング殿・稲葉殿の橋渡し役。

日本語・英語、技術用語に精通。


真空管の説明を田中殿より受ける。

石のない堤防の中を電気が流れる、という理解に至る。


材料の調達、堀田殿が動く。


ド・フォレスト殿、三日で試作品を作ると宣言。


私は筆を置いた。


「ますます分からん」と言いながら、

最終的には何となく分かった。


生前も同じことがあった。


最初は意味の分からない報告書が、

問い続けるうちに意味を持ち始める。


分からないままにしておくより、

分かるまで問い続ける方が良い。


それが、取りまとめ役というものだ。


そして今日、もう一つ気づいたことがある。


橋渡し役の大切さだ。


激しく意見をぶつける者だけでは、場は動かない。


静かに間を取る者が一人いると、場が動く。


後藤誠之殿は、そういう御仁だ。


黄泉国情報網計画。


真空管の設計が、始まった。


次は、材料が揃う番である。



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