第十六話「黄泉ネット開発計画⑮ 映すものを作る者」
第十六話「黄泉ネット開発計画⑮ 映すものを作る者」
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「映すもの(モニター)を作れる者を、探さねばならぬ。」
翌朝、私は作業場でそう切り出した。
田中殿が頷いた。
「はい。電力も安定した。携帯電話からの流用も目処が立った。
次は、映すものです。」
「書庫に手がかりはあるか。」
「あります。」
田中殿は紙を取り出した。
「高柳健次郎という方です。」
「たかやなぎ、、、けんじろう。」
「はい。日本の方です。
映像を映す仕組みの研究を生涯かけて行った方で、
日本で初めて映像を映す実験に成功したと記録にあります。」
「映像を映す、か。」
「忠清さまで言えば、
映すものを作る第一人者、という方です。」
「それほどの御方か。」
「はい。しかも日本語話者です。」
「それは、ありがたい。」
私は即座に言った。
「閻魔様にお伺いしよう。」
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閻魔様への上申は、その日のうちに行った。
いつものように「よき」と仰せになった。
そして今回は一言も付け加えられなかった。
「珍しいな。」
田中殿が小声で言った。
「何がだ。」
「閻魔様、何も付け加えなかった。」
「それほど、問題のない御方ということだろう。」
「……チューリングさんの時とは大違いですね。」
「そうだな。」
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数日後。
高柳殿が作業場に現れた。
小柄な、穏やかな雰囲気の方だった。
だが目は鋭かった。
作業場に入るなり、静かに周囲を見渡し、
からくり箱の部品が並んだ机、
砂時計、
電池の試作品、
それらを順番に眺めた。
「ずいぶんと、面白いものが揃っておるな。」
高柳殿は静かに言った。
田中殿が携帯電話の液晶パネルを差し出した。
「これを見ていただけますか。
携帯電話という、手で持てるからくり箱の画面です。」
高柳殿はそれを受け取った。
しばらく、無言だった。
光にかざす。
裏から眺める。
端を指でなぞる。
また光にかざす。
作業場に静けさが漂った。
やがて高柳殿が口を開いた。
「これは見事だ。」
田中殿が顔を上げた。
「分かりますか。」
「原理までは分からぬ。だが分かることはある。」
高柳殿は液晶パネルをもう一度光にかざした。
「これは、映すものそのものではない。」
「と、言いますと。」
「映すために必要な部品の一つだ。」
私は思わず田中殿を見た。
田中殿は少し驚いた顔をしていた。
「……分解もせずに。」
「この方は、目で分かる御仁なのだろう。」
私は小声で言った。
高柳殿は続けた。
「問題点を挙げよう。」
田中殿が紙と筆を用意した。
「まず、光源だ。この板そのものは光らぬ。
後ろから照らす仕組みが必要だ。」
「一つ目。」
田中殿が書き留める。
「二つ目。この板一面を均一に光らせる技術が要る。
大きくするほど、明るさにむらが出る。
小さな画面と違い、大きな画面では
光を均一に広げる工夫が必要だ。」
「二つ目。」
「三つ目。画素を並べる技術だ。」
「がそ、とは。」
田中殿が私に向いた。
「映像は、小さな点の集まりです。
その点を、どれだけ細かく、どれだけ均一に並べられるか。」
「つまり、点の細かさが映像の鮮明さになるということか。」
「そういうことです。」
高柳殿がちらりとこちらを見た。
そして田中殿に言った。
「とてつもなく細かい点で絵を描いておる。」
「分かりますか。」
「分かる。見事なものだ。」
高柳殿は続けた。
「四つ目。制御回路だ。ここが一番重要だが、、、」
高柳殿は少し間を置いた。
「画面より先に、この点々へ命令を送る仕組みを理解せねばならぬ。」
作業場が静かになった。
田中殿がゆっくりと頷いた。
「おっしゃる通りです。」
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高柳殿はしばらく液晶パネルを眺めてから、
田中殿の方を向いた。
「田中君でよいか。」
「はい。」
「画面を大きく作る事自体は、難しくない。だが。」
「だが。」
「この画面を作るより先に、何を映すかを決めねばならぬ。」
「何を映すか。」
「文字か。絵か。それとも人の顔か。」
田中殿は少し考えてから、私を見た。
私は頷いた。
田中殿は高柳殿に向き直り、黄泉ネットの目的を簡単に説明した。
黄泉の国の係同士が情報を共有するための仕組みであること。
動く絵は要らぬ。
色も要らぬ。
文字が読めれば、それで十分であること。
高柳殿はそれを聞きながら、静かに頷いていた。
そして、目を輝かせた。
「まずは文字だけ映る大きな画面を作ればいいというわけだな。」
「はい。」
「それならば、話が早い。」
高柳殿は立ち上がった。
「私にはブラウン管の知識がある。
液晶を真似る必要はない。
まずは大きく映せるものを作ろう。」
田中殿の顔に、希望が戻った。
「2005年でもモニターはブラウン管を使っているところがありました。
そうですね、ブラウン管を作りましょう。」
田中殿は続けた。
「それと、モニターとからくり箱は別の開発の方が、やりやすいですね。
モニター班とからくり箱外枠作成班、電力供給班、半導体解析班に分けた方が良いですね。
OS開発はモニターが必要になるので、一旦モニター班と半導体解析班に合流しましょう。」
堀田殿が頷いた。
「班ごとに動けば、それぞれが集中できる。」
「そういうことです。」
久世殿が言った。
「取りまとめは私がやります。
各班の進み具合を毎日確認して、
詰まっているところがあれば動きます。」
「頼む。」
私は言った。
方向性が決まった。
壁を崩す順番も、皆で共有できた。
黄泉ネットの開発に、ようやく流れが生まれた気がした。
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その時。
私は、ふと思い出していた。
宗門人別改帳のことを。
全国の村ごとに、戸口の台帳を作らせた。
宗門改めと人別改めを複合し、
キリシタンの摘発を名目としながらも、
実質的には民衆の戸籍として機能させた。
日本全国を対象とした、途方もない作業だった。
問題が山積した。
各地からの報告が滞ることもあった。
書式が統一されないこともあった。
何度も頭を抱えた。
だが、問題を切り分け、
動く班を分け、
一つずつ解決した。
あの時と、今がよく似ておると思った。
「忠清さま。」
田中殿の声で、我に返った。
「どうされたのですか?」
「ちと、昔の事を思い出しておってな。」
私は口の端を少し上げて笑った。
田中殿はその顔を見て、首を傾けた。
「どんな昔の事ですか。教えてほしいです。」
「人に話すほどのことでもない。」
「そんなことないと思いますけど。」
田中殿はしつこかった。
私は少し考えてから、概略だけを手短に話した。
全国の村ごとに戸口の台帳を作らせたこと。
問題を切り分け、それぞれに役割を持たせたこと。
完成までに長い時間がかかったこと。
田中殿はそれを黙って聞いていた。
やがて、静かに呟いた。
「戸籍だ。。。」
「戸籍とな?」
「はい。」
田中殿は少し声を整えてから言った。
「戸籍というのは、人の生まれ、名前、家族の記録をまとめたものです。
今の日本でも、生まれた時から死ぬまで、
戸籍に記録されます。
結婚も、子どもが生まれることも、
亡くなることも、全部戸籍に残ります。」
「今も、残っておるのか。」
「はい。2005年の日本でも、ちゃんとあります。」
私はしばらく黙っていた。
「戸籍のおかげで、先祖が分かり、
人の生がつながってきた事が分かる。」
田中殿は続けた。
「不慮の死をした私ですが、
戸籍には田中保一と田中よしえの元に生を授かった記録、兄弟との繋がり、
いつ亡くなったかの記録が残ります。
証が残る。。。」
田中殿は少し間を置いてから言った。
「なんか、、、ありがとうございます。」
私は何も言えなかった。
私の作ったものが、形や意味を変えながらも、
まだ日本で生き続けていた。
今を生きる者の役に立てている。
五代目将軍の擁立に際し、異議を唱えたことで、
立場を失い、悪評を流された。
それは知っておる。
だが、行った仕事は、消えていなかった。
これほど嬉しいことがあろうか。
目から熱いものが流れそうになるのを、静かに堪えた。
私は田中殿に深く頭を下げた。
そして、その場を後にした。
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その夜。
私は書き留めた。
高柳健次郎殿、到着。
映すもの(もにた)の開発担当、決まる。
ぶらうん管を用いた映すもの開発、方針決定。
班分け、完了。
モニター班、からくり箱外枠作成班、電力供給班、半導体解析班。
OS開発班は一旦、モニター班と半導体解析班に合流。
私は筆を置いた。
田中殿が言った言葉が、まだ耳に残っていた。
「なんか、、、ありがとうございます。」
生前、ありがとうと言われることは少なかった。
調整役というものは、
うまくいけば当たり前、
うまくいかなければ責められる。
だが今日、三百年以上前にやり遂げたことが、
見知らぬ時代の者に届いていた。
黄泉国情報網計画。
映すものを作る者が、来た。
次は、この者たちと共に、一つずつ壁を越える番である。




