第十五話「黄泉ネット開発計画⑭ 止まらぬ力」
第十五話「黄泉ネット開発計画⑭ 止まらぬ力」
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携帯電話の分解から、翌日。
作業場に電力チームが加わった。
ボルタ殿、ファラデー殿、そしてシャノン殿。
田中殿が携帯電話の電池を取り出し、机の上に置いた。
「これが、携帯電話の電池です。」
小さな、薄い板状のものだった。
ボルタ殿がそれを見た瞬間、目が輝いた。
何かを仰った。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「触ってもよいか、と。」
「どうぞ。」
ボルタ殿は電池を手に取り、
表から、裏から、端から端まで丁寧に眺めた。
また何かを仰った。
「小さい。だが、確かに電池だ。
私が作ったものとは全く違う形をしている、と。」
「ボルタさんの時代から、ずいぶん変わりましたから。」
田中殿が言った。
ボルタ殿はしばらく電池を眺めてから、
今度は分解しようとし始めた。
「あ、ボルタさん。」
田中殿が慌てた。
スウェーデンボリ殿を介して止めようとしたが、
ボルタ殿の手はすでに動いていた。
「……止まらないですね。」
田中殿は苦笑した。
「この方は、そういう御仁だ。」
私は静かに言った。
「好奇心が先に動く。」
ボルタ殿は電池の内部を開いて、じっくりと覗き込んでいた。
そして何かを仰った。
「層になっている。素材が交互に重なっている、と。
原理は同じだが、作り方が全く違う、と。」
ボルタ殿は満足そうに頷いた。
そして嬉しそうに何かを仰った。
「勉強になる、と。」
田中殿が小声で言った。
「天才が勉強になると言うのは、
本当に勉強になっているのか、
それとも嬉しくて言っているのか。」
「両方ではないか。」
私は答えた。
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次にファラデー殿が前に出た。
砂時計を手に、電池から流れる電流を測り始めた。
しばらく黙って、数値を紙に書き留める。
また測る。また書き留める。
その繰り返しが、しばらく続いた。
田中殿が小声で言った。
「また始まりましたね。」
「測定癖だな。」
「でも、あの五日間のおかげで黄泉の光の周期が分かりましたから。」
「今回も、何かが見えてくるだろう。」
やがてファラデー殿が顔を上げた。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「電流が、揺らいでいます、と。」
「揺らいでいる?」
田中殿が身を乗り出した。
「一定ではない、ということですか。」
「はい。小さく、しかし確かに揺らいでいる、と。」
田中殿は少し考え込んだ。
「電池の残量が減ってくると、電流が不安定になる。
それが揺らぎとして出ているのかもしれません。」
ファラデー殿がまた何かを仰った。
「黄泉の光から作った電力と、
携帯電話の電池では、揺らぎの性質が違う、と。
黄泉の電力の方が、揺らぎが少ない、と。」
「それは、良いことか。」
私は尋ねた。
「良いことです。」
田中殿は言った。
「揺らぎが少ないほど、安定した力を送れます。」
その時、シャノン殿が静かに立ち上がった。
全員がシャノン殿を見た。
シャノン殿はスウェーデンボリ殿を介して、ゆっくりと言った。
「情報は、安定した信号がなければ正確に届かない。」
作業場が静かになった。
「信号が乱れれば、情報も乱れる。
からくり箱に送る力が揺らげば、
からくり箱の動きも揺らぐ。
揺らいだからくり箱から出る情報は、信頼できない。」
田中殿が頷いた。
「つまり、電力の安定は、情報の精度に直結するということです。」
シャノン殿はさらに続けた。
「どれだけ優れた理論があっても、
土台となる力が不安定では、
すべてが崩れる。」
私はその言葉を、静かに聞いていた。
「忠清さま。」
田中殿が振り返った。
「つまり、どういうことだ。」
私は少し考えてから、言った。
「つまり、停電しては困るということか。」
田中殿は少し間を置いてから、笑った。
「……そういうことです。」
堀田殿も笑った。
「さすが忠清さま。的確です。」
スウェーデンボリ殿がシャノン殿に訳すと、
シャノン殿も飄々とした顔で何かを仰った。
「まさにその通り、と。」
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ボルタ殿が携帯電話の電池から顔を上げた。
何かを仰った。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「この電池の仕組みを参考にすれば、
黄泉の光を蓄える電池をもっと小さく作れるかもしれない、と。
しかも、揺らぎを抑える工夫もできそうだ、と。」
田中殿が声を上げた。
「本当ですか。」
「やってみる価値はある、と。」
ボルタ殿は自信満々の顔で言った。
「ボルタさん、また作業が始まりますね。」
「止まらぬ御仁だ。」
私は言った。
ボルタ殿はすでに材料を並べ始めていた。
ファラデー殿が立ち上がり、ボルタ殿の隣に立った。
測定器を手に、静かに準備を始める。
「またあの二人が。」
田中殿が言った。
「言葉がなくても、息が合う。」
「そうだな。」
私は頷いた。
「志が同じ者は、言葉がなくても通じる。
生前からそう思っておった。」
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それから数日後。
ボルタ殿が新しい電池を手に立ち上がった。
携帯電話の電池より、一回り小さい。
だが、しっかりとした作りだった。
ファラデー殿が測定を始めた。
砂時計を手に、電流の揺らぎを測る。
しばらく待った。
ファラデー殿が顔を上げた。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「揺らぎが、大幅に減りました、と。」
田中殿が息を飲んだ。
「安定していますか。」
「はい。からくり箱を動かすのに、
十分な安定度だと思います、と。」
シャノン殿が静かに頷いた。
何かを仰った。
「これで、信号の土台が整った、と。」
作業場に、静かな喜びが広がった。
歓声はなかった。
だが全員が、確かに頷いていた。
ボルタ殿が満足そうに新しい電池を眺めた。
そして何かを仰った。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「携帯電話の電池に教えてもらった、と。」
田中殿が笑った。
「ボルタさんが、下界の技術に学んだということですね。」
「天才も、学ぶのだな。」
私は言った。
「いや、天才だから学べるのかもしれぬ。」
田中殿は少し考えてから言った。
「……それ、名言かもしれないですよ、忠清さま。」
「生前、三百年分の経験から来ておる。」
堀田殿が笑った。
「忠清さま、最近冗談が上手くなりましたね。」
「田中殿の影響だ。」
「心外です。」
田中殿が言った。
作業場に笑いが起きた。
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その夜。
私は書き留めた。
携帯電話の電池を調査。
ボルタ殿、内部構造を分解・研究。
ファラデー殿、電流の揺らぎを測定。
シャノン殿、「情報は安定した信号が必要」と指摘。
新しい電池、完成。揺らぎ大幅に減少。
からくり箱への安定した電力供給、目処が立つ。
私は筆を置いた。
停電しては困る。
そんな当たり前のことが、
これほど多くの者たちの知恵と手によって、
ようやく解決された。
当たり前のことを、当たり前にする。
それが、どれほど難しいことか。
生前の政でも、同じだった。
黄泉国情報網計画。
これでようやく、からくり箱に安定して力を送れる。
次は、その力で動くからくり箱を作る番である。




