第十四話「黄泉ネット開発計画⑬ 持ち込まれた知恵」
第十四話「黄泉ネット開発計画⑬ 持ち込まれた知恵」
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TRINチームが揃った翌日から、作業場は議論の場になった。
田中殿が今後必要なものを整理した紙を広げ、
チューリング殿、シャノン殿、TRINチームの四人が囲む。
田中殿は今まで行ってきた作業を一通り説明した。
スウェーデンボリ殿が言葉を繋ぐ。
私はその様子を眺めながら、時折メモを取った。
最初は順調だった。
からくり箱の設計については、
チューリング殿が理論を持っており、
TRINチームの阿部殿が実装の見通しを立てられた。
OSについては、TRINチームが生前ほぼ完成させていたものがある。
黄泉の国での再現に向けて、道筋が見えていた。
情報を届ける仕組みについては、
シャノン殿の理論が土台になる。
「ここまでは、何とかなりそうです。」
田中殿は言った。
「問題は、材料と加工です。」
「材料と加工?」
「はい。」
田中殿は紙に書きながら説明した。
「私たちが知っているからくり箱を作るには、
非常に精密な部品が要ります。
しかも、その部品を作るための道具も要る。
その道具を作るための材料も要る。」
「道具の道具の道具か。」
「そういうことです。」
田中殿が続けた。
「石工の係の久兵衛さんは優秀です。
ただ、私たちが下界で使っていたからくり箱の部品は、
石工の技術とは次元が違う精密さで。」
稲葉殿が腕を組んだ。
「下界では専用の機械で作っていたものを、
手作業で再現するのは、正直言って……」
「難しい、ということか。」
「難しいどころか、ほぼ不可能です。」
稲葉殿は正直に言った。
作業場が静かになった。
チューリング殿が何かを仰った。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「理論はある。設計もできる。
だが、作る手段がない。
これは卵と鶏の問題だ、と。」
久世殿が言った。
「この壁をどう越えるか。」
全員が黙った。
私も黙っていた。
生前も同じことがあった。
政の仕組みを変えようとすると、
まずその仕組みを変えるための仕組みが要る。
堂々巡りになる。
その時は、外から知恵を借りた。
「田中殿。」
「はい。」
「行き詰まった時はどうしていた。下界では。」
田中殿は少し考えた。
「……既存のものを使い回すことが多かったです。
ゼロから作るより、すでにあるものを流用する方が早い。」
「既存のもの。」
私はその言葉を繰り返した。
「黄泉の国にある、既存のものか。」
田中殿はしばらく黙っていた。
そして突然、顔を上げた。
「……あ。」
全員が田中殿を見た。
田中殿は少し間の抜けた顔をしていた。
「どうした。」
「私、こちらに来た時に。」
「うむ。」
「持ってきたものが、あります。」
「何を持ってきたのだ。」
田中殿は少し恥ずかしそうに言った。
「……携帯電話です。」
「けいたいでんわ。」
「はい。小さな、手で持てるからくり箱のようなものです。
下界では、遠くの人間と話したり、
文字を送ったりするのに使っていました。」
「小さなからくり箱。」
「そうです。こちらに来る時、ポケットに入っていたので。
仮判定所に預けたはずなのですが。」
田中殿は立ち上がった。
「忠清さま。仮判定所へ行ってもいいですか。」
「私も行こう。」
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仮判定所は、久しぶりに訪れた。
旭殿が出迎えてくださった。
「忠清さま。珍しいところへ。」
「田中殿が、こちらに来た際に預けたものがあるはずなのだ。」
「預かり物でございますね。」
旭純栄殿は頷いた。
「少々お待ちください。」
しばらくして、旭殿が戻ってきた。
「田中成也殿のお預かり物、ございました。」
田中殿が受け取った。
小さな、折りたたまれた板状のものだった。
「……あった。」
田中殿は少し感慨深そうに言った。
「これです。携帯電話。」
私はそれを覗き込んだ。
薄い板が二つ、折りたたまれている。
開くと、小さな画面と、細かい文字の書かれた板が現れた。
「これが、からくり箱なのか。」
「はい。小さいですが。」
「……随分と小さいな。」
田中殿は少し笑った。
「忠清さま。これ、手で持てますよね。」
「持てる。」
「下界では、これを皆が持ち歩いていたんです。」
私はしばらくその携帯電話とやらを眺めた。
「旭殿。」
私は振り返った。
「こちらに来られる方々が、このようなものを
持ち込んでくることはあるか。」
旭殿は少し考えた。
「ございます。最近は特に、若い方々が
よく似たものをお持ちになります。」
「そのようなものは、今どこにある。」
「閻魔様のお部屋へは手荷物をお持ちになれませんので、
こちらの預かり所に溜まっております。」
「溜まっておる、と。」
「はい。正直、保管にも困っておりまして。」
私は田中殿を見た。
田中殿は既に目を輝かせていた。
「忠清さま。」
「分かっておる。」
私は旭殿に向き直った。
「旭殿。それらを、提供してはくれぬか。
黄泉ネットの事業に役立てたい。」
旭殿は穏やかに微笑んだ。
「忠清さまのお役に立てるなら、喜んで。
むしろ、助かります。
閻魔様の御判定を頂いた魂は、
閻魔様から役割を与えられた者を除き
こちらに戻ってくることはありませんので、
持ってきたものは放置されるままとなります。
黄泉の国に有用と判断されたものは書庫や保管室に蓄えられるのですが、
この小さいものはまだ有用性を判断しかねておりました。
あっ。まれに皆様のように戻されることもございますな。あっはっは。」
旭殿は本当に話し好きなのだな。
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作業場に戻ると、田中殿は携帯電話をTRINチームの前に置いた。
「これが、私が下界で使っていた携帯電話です。」
四人が覗き込んだ。
堀田殿が手に取った。
「……折りたたみ式ですね。」
「はい。198X年代からあったようですが、
特に広まったのは1990年以降で、私の亡くなった2005年時点で下界で広く使われているものです。
TRINの皆様の頃は携帯電話の走りで、大きいものがあったかもしれません。」
阿部殿が言った。
「中に何が入っているか、分解してみていいですか。」
「どうぞ。」
稲葉殿が慎重に開き始めた。
中から、小さな部品が次々と現れた。
「……小さい。」
稲葉殿は呟いた。
「こんなに小さいのに、こんなものが入っているのか。」
阿部殿が部品を一つ一つ確かめながら言った。
「半導体が入っています。
精度はそれほど高くないですが、
流用できるかもしれない。」
田中殿が身を乗り出した。
「記憶装置は?」
「あります。容量は多くないですが、
これを流用できれば話が早い。」
久世殿が言った。
「電池も入っています。小型の。
ボルタ殿たちと一緒に調べれば、
有線で動かす仕組みも作れるかもしれません。」
堀田殿が頷いた。
「電力チームにも入ってもらいましょう。」
チューリング殿がスウェーデンボリ殿を介して何かを言った。
「携帯電話の設計思想が分かれば、
からくり箱の設計に流用できる可能性がある、と。」
シャノン殿も続けた。
「情報を届ける仕組みのヒントも、
この中にあるかもしれない、と。」
田中殿は少し笑った。
「まさか自分が持ってきた携帯電話が
役に立つとは思っていませんでした。」
「下界でも、そういうことはあるのか。」
「よくあります。
捨てようと思っていたものが、
後になって一番役に立つ、ということが。」
私は頷いた。
生前も似たことがあった。
古い記録が、新しい問題を解く鍵になることがあった。
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しばらくして、稲葉殿が携帯電話の画面を手に取った。
「忠清さま。」
「なんだ。」
「一つ、問題があります。」
「何だ。」
稲葉殿は画面を掲げた。
「この画面、からくり箱の中身を映すものです。」
「その「映すもの」が、どうした。」
「携帯電話の画面は小さすぎます。
からくり箱の画面として使うには、
遥かに大きいものが要ります。」
田中殿が頷いた。
「そうなんです。
半導体も記憶装置も電池も、携帯電話から流用できる。
でも、画面だけは別途工夫する必要があります。
もしかしたら、流用できるかもしれませんが、作り直す必要が出てくる可能性が高いです。」
「前に言っておった「もにた」というやつか。」
「はい。最初の一覧に書いてあった、二番目の問題です。」
私は腕を組んだ。
「つまり、「もにた」を作れる者を探さねばならぬということか。」
「そういうことです。」
田中殿は少し苦笑した。
「また人探しですね。」
「そうだな。」
私も苦笑した。
「だがお主が携帯電話を持ち込んでいたおかげで、
他の問題はかなり片付いた。」
「そう考えると、ポケットに入れたままこちらに来て
よかったですね。」
「全くだ。」
堀田殿が静かに言った。
「モニターの問題は、次に考えましょう。
今日は、半導体と記憶装置と電池の
流用方法を固めることに集中しましょう。」
「そうだな。」
私は頷いた。
「一つずつだ。」
作業場が、また動き始めた。
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その夜。
私は書き留めた。
からくり箱製造の壁、判明。
材料と加工技術が不足。
田中殿の携帯電話を発見。
仮判定所の預かり物にも同様のものが多数あることが判明。
携帯電話より流用できるもの——
半導体、記憶装置、電池。
電力チームと連携し、研究を進める予定。
解決できていないもの——
「映すもの」(もにた)。
別途、作れる者を探す必要あり。
私は筆を置いた。
行き詰まった時は、外から知恵を借りる。
だが今日の知恵は、外からではなかった。
田中殿自身が、知らぬうちに持ち込んでいた。
一つ解決すれば、次の壁が見える。
だが、壁に名前がつけば、越え方を考えられる。
黄泉国情報網計画。
知恵は、思わぬところに眠っていた。
次は、画面を作れる者を探す番である。




