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第十三話「黄泉ネット開発計画⑫ 懐かしき苗字たち」

第十三話「黄泉ネット開発計画⑫ 懐かしき苗字たち」



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田中殿が書庫から戻ってきたのは、昼を大きく過ぎた頃だった。


抱えきれないほどの紙の束を持って。


「……ずいぶんと時間がかかったな。」


「忠清さま。書庫、広すぎます。」


田中殿は紙の束を机に置きながら、息を吐いた。


「何語の棚まで行ったのだ。」


「英語、ドイツ語、フランス語。あと日本語も。」


「日本語も?」


「はい。それが今日の本題です。」


田中殿は紙を広げた。


「整理しました。今後必要なものを、順番に。」


田中殿が並べた紙には、こう書かれていた。


一、からくり箱の設計と製造

二、からくり箱の中身を「映すもの」(モニター)の開発

三、からくり箱を動かす仕組み(OS)

四、からくり箱同士をつなぐイーサネット

五、線を通じて情報を届ける仕組み



「順番はこうです。一と二はもしかしたら同時に動かせるかもしれません。」


田中殿は指で紙をたどりながら言った。


「まず、からくり箱がなければ何も始まらない。

 次に、からくり箱を動かす仕組みが要る。

 そして、箱同士をつなぐ線が要る。

 最後に、情報を正しく届ける仕組みが要る。」


「一つ欠けても動かぬということか。」


「その通りです。」


私は腕を組んだ。


ここで田中殿が何かを思い出したように、

もう一枚の紙を取り出した。


「実は、もう一つ。」


「何だ。」


「日本語の棚を調べていた時に、

 気になる記録を見つけまして。」


「記録?」


「はい。198X年、下界で大きな飛行機の事故がありました。」

「ひこうき?」

「空を飛ぶ乗り物です。」

「空を、飛ぶ?」

「はい。多くの人を乗せて、遠くへ運ぶものです。」

「……それが落ちたのか。」

「はい。約500人が亡くなりました。」

「五百人。一度に。」


「その者たちはOSというものを作っていました。」

「おおえすとは。」

「からくり箱を動かすための仕組みです。」

「からくり箱を動かす仕組みに、仕組みが要るのか。」

「そういうことです。」


私は黙って聞いた。


「その事故で、日本の国産のOSを作っていた技術者たちが

 何人もこちらへ来ていたようです。」


「おおえすを作っていた者たちが。」


「はい。TRINというOSです。

 からくり箱を動かす仕組みとして、

 当時の下界では大変注目されていたものです。」


「とりん。」


田中殿は続けた。


「しかも全員、日本語話者です。」


私はしばらく黙っていた。


「……つまり、スウェーデンボリ殿の通訳なしに話せると。」


「そういうことです。」


田中殿は少し複雑な顔をした。


「不慮の死でこちらへ来た、という点では、

 私と同じ境遇の者たちです。」


私はその言葉の重さを、静かに受け取った。


「閻魔様に会いに行こう。」



-----------



閻魔様への上申は、翌日に行った。


チューリング殿、シャノン殿、そしてTRINの技術者たちへの

協力要請をまとめて申し上げた。


閻魔様は静かに聞いてくださり、いつものように「よき」と仰せになった。


ただ一言だけ付け加えられた。


「チューリングという者には、気をつけよ。」


「は?」


「頭の回転が速すぎて、話についていけぬ者が出る。」


「……スウェーデンボリ殿への負担が増えますな。」


「そういうことだ。」


閻魔様は少し笑われた。



-----------




数日後。


チューリング殿とシャノン殿が作業場に現れた。


チューリング殿は細身の、落ち着いた佇まいの方だった。


だが目が違った。


すべてを計算しているような、鋭い目だった。


部屋に入るなり、器具を見て、砂時計を見て、

ファラデー殿の測定結果を一瞥して、

スウェーデンボリ殿を介して言った。


「電力の安定供給の問題は解決済みですか。」


私は思わず田中殿を見た。


田中殿が答える前に、チューリング殿はまた言った。


「箱を動かす設計を先に決める必要があります。

 設計が決まらなければ、からくり箱の仕様も決まらない。

 仕様が決まらなければ、線の太さも決まらない。」


「……早い。」


田中殿は軽く咳をして、少し流れを落ち着かせた後、説明を始めた。


「箱を動かす仕組みに関しては、すでにある程度めどがついています。

 下界でほぼ完成までこぎ付けていたと

 聞いたことがありますので、

 からくり箱の作成を第一に目指したいと思っております。」


田中殿が小声で言った。

「閻魔様の仰せの通りですね。」


私も小声で返した。

「うむ。早いな。」


-----------


シャノン殿は小柄で、どこか飄々とした雰囲気の方だった。


部屋に入るなり、天井の光を見上げた。


しばらく眺めてから、スウェーデンボリ殿を介して言った。


「この光、ノイズが少ない。」


「ノイズ?」

田中殿が聞き返した。



「雑音です。情報を届ける時に混じる、余計なものです。

 黄泉の光はノイズが少ない。

 情報を届けるのに、向いている環境かもしれない、と。」


私は思わず顔を上げた。


歪まずに届ける。


シャノン殿は、やはり私が生前最も欲しかったものを

理論にした方だった。


-----------


その翌日。


TRIN技術者たちが作業場に現れた。


四人だった。


先頭に立っていたのは、三十代半ばと見える、

落ち着いた目をした男だった。


「堀田健吾と申します。」


私は思わず、その苗字を繰り返した。

「……ほった。」


「はい。」


堀田殿は少し微笑んだ。


「何か?」


「いや。」


私は努めて平静を保った。



生前、共に老中として幕政を支えた堀田正俊殿の顔が、

一瞬だけ浮かんだ。

「続けてください。」




堀田殿の隣に立っていたのは、眼鏡をかけた細身の男だった。


「阿部誠です。理論担当です。よろしくお願いします。」


「あべ。とな。」


また、懐かしい苗字だった。


老中・阿部忠秋殿。

慎重で、誠実で、合議を何より大切にされた方だった。



次に名乗ったのは、がっしりとした体格の男だった。


「稲葉光司です。実装は任せてください。」


「いなば、、、、。」


老中・稲葉正則殿。

実直で、黙って仕事をする方だった。



最後に、一人の女性が前に出た。


「久世恵子です。チームの取りまとめをしています。よろしくお願いします。」


「くぜ、、、、と来たか。」


老中・久世広之殿。

諸国山川掟の制定でも共に名を連ねた方だった。



四人の名を聞き終えて、私はしばらく黙っていた。


田中殿が小声で言った。

「忠清さま、何かありましたか。」


「……なんでもない。」


私はそう言ったが、


堀田、阿部、稲葉、久世。


生前、合議の場で共に政を動かした者たちの苗字が、

こうして黄泉の国の作業場に並んでいる。


もちろん、別の人間だ。


時代も違う。生まれも違う。


だが、その苗字を呼ぶたびに、

あの合議の場が蘇ってくるような気がした。


あの場では、誰も一人で決めなかった。


一人が声を上げ、別の者が検討し、

また別の者が問題を指摘し、

全員が納得するまで議論を重ねた。


遅かった。

時に煩わしかった。

だが、誰一人として置き去りにしなかった。

それが合議というものだった。



久世恵子殿が言った。

「あの、忠清さまとお呼びすればよいですか?」


「左様。」


「私たちの苗字に何かございますか?」


鋭い方だ。


私は少し考えてから、正直に答えた。

「生前、共に政を行った者たちと、同じ苗字でございます。」


三人は顔を見合わせた。

一人、堀田健吾殿が少しいたずらな笑みを浮かべ、静かに言った。

「大老酒井忠清さま。存じ上げております。光栄なことです。」


「わしを知っておるのか?」


「私、歴史小説が大好きでして。

 今度じっくり、お話させて頂きたく存じます。」


なんか含みのある言い方であることに、少々違和感を覚えたが

「ふむ。」



私は話を続けた。

「彼らは皆、一人では動かなかった。

 必ず、議論を重ねて動いた。」


久世恵子殿が小さく笑った。

「それ、私たちのチームと同じです。」


「ほう。」


「TRINの開発も、一人では無理でした。

 誰かが理論を立て、誰かが実装し、誰かが調整する。

 全員いないと、動かなかった。」


私はその言葉を、静かに受け取った。


時代は違う。

場所も違う。

だが、合議の形は、変わらなかった。


田中殿が小声で言った。

「忠清さま。」


「なんだ。」


「何か、感慨深そうですね。」


「……そうかもしれぬ。」


私は作業場を見渡した。


チューリング殿が早速チームに何かを問いかけている。

シャノン殿が天井の光を見上げながら何かを考えている。

ファラデー殿が阿部誠殿の紙を覗き込んでいる。

ボルタ殿が稲葉光司殿に器具を見せている。

スウェーデンボリ殿が静かに言葉を繋いでいる。

久世恵子殿が田中殿と何かを話し合っている。

堀田健吾殿が全体を見渡しながら、静かに考えている。


賑やかな、静けさだった。


かつての合議の場も、こうだった気がした。


誰かが声を上げ、誰かが聞き、誰かがまとめる。

一人では届かないものが、集まることで届く。


「田中殿。」


「はい。」


「あとは頼む。」


「任せてください。」


田中殿はTRINチームに向き直った。

「では、始めましょう。まず現状を共有させてください。」


堀田殿が頷いた。

「よろしくお願いします。」


阿部殿が紙を広げた。

稲葉殿が器具を手に取った。

久世殿がスウェーデンボリ殿に何かを確認した。


黄泉の作業場が、また一段と賑やかになった。


-----------


その夜。


私は書き留めた。


チューリング殿、シャノン殿、到着。


TRINチーム、堀田健吾殿、阿部誠殿、稲葉光司殿、久世恵子殿、到着。


からくり箱の設計、OS、情報理論。


必要な頭脳が、ようやく揃った。


私は筆を置いて、少し考えた。


堀田、阿部、稲葉、久世。


生前、共に政を行った者たちの苗字。


あの合議の場では、誰も一人では動かなかった。

今ここでも、誰も一人では動かない。


形は変わった。

場所も変わった。

時代も、はるかに変わった。


だが、集まって議論し、それぞれの役割を果たすという形だけは、

三百年経っても変わらなかった。


黄泉国情報網計画。


懐かしき苗字たちが、黄泉の国に集まった。


次は、この者たちと共に動く番である。



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