第十二話「黄泉ネット開発計画⑪ 流れを測る」
第十二話「黄泉ネット開発計画⑪ 流れを測る」
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石工の係を訪ねたのは、翌朝のことだった。
田中殿とファラデー殿、そしてスウェーデンボリ殿を連れて行った。
ボルタ殿も来るとおっしゃったが、
作業場に置いてきた器具の調整が途中だったので、
今日はご遠慮いただいた。
「置いてきてよかったんですか?」
田中殿が小声で言った。
「ボルタ殿は一度作業に入ると、止まらぬ。
今日は連れて行かない方が、石工の係のためだ。」
「……確かに。」
田中殿は苦笑した。
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石工の係の作業場は、黄泉の国の少し奥まった場所にあった。
近づくにつれ、石を叩く音が聞こえてきた。
規則正しい、落ち着いた音だった。
作業場に入ると、数人の者たちが黙々と作業をしていた。
生前、厩橋藩で働いていた者たちの顔が幾つかあった。
私を見て、軽く頭を下げる。
私も頷いた。
「忠清さまとは、面識があるのですか?」
田中殿が小声で尋ねた。
「生前、利根川の治水で世話になった者たちだ。」
「なるほど。だから先日の石を砕く仕事も早かったんですね。」
「気心が知れておる。」
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石工の係の頭領は、生前から変わらぬ顔で歩み寄ってきた。
名を久兵衛という。
「忠清さま。また何かご入り用で。」
「頼みたいことがある。」
「先日の砕き石はお役に立ちましたでしょうか。」
「大いに役立った。今日の頼みは少し違う。」
久兵衛は頷いた。
「何なりと。」
私は田中殿に目を向けた。
田中殿が前に出た。
「光の揺れ方を、正確に測りたいのです。」
久兵衛は少し首を傾けた。
「光の揺れ方、ですか。」
「はい。一定のリズムで揺れているのですが、
そのリズムの間隔を正確に測る道具が必要で。」
久兵衛はしばらく考え込んだ。
「揺れの間隔を測る、というと。」
「水時計のようなものを思い浮かべていただければ。
一定の速さで水が落ちて、時を刻む。
あれと似た考え方です。」
久兵衛の目が少し動いた。
「水時計なら、作ったことがございます。」
田中殿が顔を上げた。
「本当ですか。」
「はい。生前、城の修築の際に、作業の段取りを測るために。」
田中殿はスウェーデンボリ殿を介してファラデー殿に伝えた。
ファラデー殿の目が輝いた。
何かを仰った。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「水時計の原理で作れるなら、精度をもっと上げられる、と。
水ではなく、もっと細かく均一に流れるものを使えばよい、と。」
久兵衛が興味深そうに聞いていた。
「細かく均一に流れるもの、とは。」
田中殿が少し考えてから言った。
「砂はどうでしょう。」
「砂時計ですか。」
「はい。砂の粒の大きさを揃えれば、落ちる速さが一定になる。
水より正確に測れるかもしれません。」
久兵衛は腕を組んだ。
「砂の粒を揃えるのは、手間がかかりますが。」
「できますか。」
久兵衛はしばらく黙っていた。
やがて言った。
「やってみましょう。」
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それから数刻。
久兵衛と石工の者たちは、作業を始めた。
砂を細かい篩にかけ、粒の大きさを揃えていく。
その作業を、ファラデー殿がじっと見ていた。
時折、スウェーデンボリ殿を介して何かを尋ねる。
久兵衛が答える。
言葉は通じないのに、二人の間で何かが通じていた。
「不思議ですね。」
田中殿が私の隣で言った。
「何がだ。」
「言葉が通じなくても、作ることを通じて分かり合える。」
私は頷いた。
生前も似たことがあった。
地方の大名への指示は、言葉だけでは伝わらなかった。
実際に動いた形を見せることで、初めて伝わることがあった。
「作ること自体が、言葉なのかもしれぬ。」
田中殿は少し考えてから言った。
「……それ、プログラミングに似ています。」
「ぷろぐらみんぐ、とは。」
「からくり箱に指示を与える言葉のことです。
人間の言葉ではなく、からくり箱だけに通じる言葉。」
私はしばらく考えた。
「つまり、からくり箱も、作ることで話すということか。」
「そういう感じです。」
田中殿は笑った。
「忠清さまの例え、毎回うまいですね。」
「三百年、人と話してきた成果だ。」
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砂時計の試作が完成したのは、翌々日の昼を過ぎた頃だった。
久兵衛が、小さな砂時計を手に持ってきた。
上下に丸みを持った形の、透き通った器。
その中で、細かく揃えられた砂が、静かに落ちていた。
均一に。
一粒ずつ。
「どうぞ。」
久兵衛がファラデー殿に手渡した。
ファラデー殿はそれを受け取り、しばらく眺めておられた。
そして砂時計を傾け、また戻す。
砂が落ち始める。
ファラデー殿は光の揺れと、砂の落ちる速さを、交互に見比べておられた。
作業場が静かになった。
誰も何も言わなかった。
ただ、砂が落ちる音だけが聞こえていた。
やがてファラデー殿が口を開かれた。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「……測れます。」
田中殿が息を飲んだ。
「測れる、と。」
「はい。この砂時計の精度なら、光の周期を測るのに十分だ、と。」
久兵衛が静かに頷いた。
「それは良うございました。」
ファラデー殿はまた何かを仰った。
「もう少し大きなものを、もう一つ作っていただけるか、と。
比べながら測ることで、精度が上がる、と。」
久兵衛は即座に言った。
「承りました。」
田中殿が小声で言った。
「忠清さまの人脈、また助かりました。」
「久兵衛は腕がよい。生前から変わっておらぬ。」
「どんな方なんですか。」
「寡黙で、丁寧で、頼んだことは必ずやり遂げる。」
私は久兵衛の背中を見た。
すでに次の砂時計の作業に入っていた。
「そういう人間が、一番信頼できる。」
田中殿は頷いた。
「ですね。」
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帰り道。
田中殿が言った。
「忠清さま。」
「なんだ。」
「砂時計で光の周期が測れたら、次は何をするか、考えてみたんですが。」
「聞こう。」
「周期が分かれば、光の流れに合わせた電池の使い方が分かる。
無駄なく力を取り出せる。」
「うむ。」
「そうなれば、からくり箱を動かすのに十分な力が安定して作れる。」
「つまり。」
「黄泉の国の内部網を作り始められます。」
私は少し立ち止まった。
「いよいよか。」
「はい。電池と器具の問題が片付けば、次は網そのものを作る段階です。」
私は歩きながら、頭の中で算段した。
内部網の構築となれば、また新たな問題が出るだろう。
まだまだ作らねばいけないものが沢山ある。
からくり箱、
そのからくり箱から情報を置くからくり箱、
そのからくり箱同士をつなぐ線、
これらをどのようにして作り、何が必要なのか、途方もないのだろうと
容易に想像できる。
だが、一つ一つ積み重ねていくしかあるまい。
あと、出来た後の管理
誰が管理するか。
人が使うものだ。必ず悪事に手を染める輩が出てくる。
悩みの種は尽きぬ。
とりいそぎ、考えることではないが、時期が来たら田中殿に話をしてみるか。
「また仕事が増えるな。」
「そうですね。」
田中殿はあっさりと言った。
「でも、進んでいます。」
私は頷いた。
「そうだな。」
確かに進んでいる。
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最初、田中殿がぶつぶつと不満を言っていた広間から始まった話が、
今や石工の係と砂時計を作るところまで来た。
約三百年、黄泉の国で仮判定をしてきた私が、
なぜこのような仕事をしているのか、
最初はよく分からなかった。
だが今は少し分かる気がする。
情報が届かなかった悔しさを、ここで晴らすためだ。
「田中殿。」
「はい。」
「内部網の構築が始まったら、また田中殿に頼ることが多くなる。」
「任せてください。」
田中殿は笑った。
「それだけは得意ですから。」
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その夜。
作業場に戻ると、ボルタ殿はまだ器具の調整をしておられた。
「……まだやっておられるのか。」
田中殿が呆れたように言った。
スウェーデンボリ殿が訳す。
「もう少しで、もっと安定する、と仰っています。」
「お止めするのは難しそうですね。」
「そうだな。」
私はボルタ殿の背中を眺めた。
砂まみれで、一心不乱に器具を触っておられる。
伯爵の称号をお持ちの方が。
黄泉の国の作業場で。
一人で。
「田中殿。」
「はい。」
「ボルタ殿に、今日の砂時計の話を伝えてくれるか。」
スウェーデンボリ殿が訳すと、
ボルタ殿は手を止めず、しかし確かに頷かれた。
そして何かを仰った。
「光の周期が分かれば、器具の設計も変えられる、と。
楽しみだ、と仰っています。」
私は思わず笑った。
この方は本当に、何があっても楽しんでおられる。
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その夜、私は書き留めた。
砂時計、完成。光の周期を測る準備が整った。
次の段階、内部網の構築へ向けて動き始める。
やることは、また山のようにある。
だが今日、また一つ、確かに動いた。
黄泉国情報網計画。
流れを測る道具が、できた。
次は、その流れに乗る番である。




