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第7話 魔法少女は復讐をする

 暗くて、寒くて、淋しくて、惨めで、時々自分の居場所さえも見失ってしまう。

 

 真っ暗な部屋の台所で、乃亜は何一つ明かりを点けずに肉を使って調理をしていた。ぐつぐつと煮込むは、大きな肉の塊。適当な調味料で味付けをして、それをよく肉に染み込ませてちょっとした一品を作っている最中。ある程度煮込んだ後、肉を引きあげ、薄く、一枚一枚丁寧に愛情込めて切っていく。

 

 料理を作ると言っても、今乃亜が作っているものに名前なんて無い。本当に適当なのだ。

 そんな名も無い料理の傍にもう一品。ハンバーグが添えられている。数は自分が食べる分を合わせたとしても四つ。

 

 乃亜は今、とあるお客さんを待っている。

 

 すると、こめかみが痛む程の眩しい光が私を襲った。リビングの明かりが点いたのだ。背後から人の気配。振り返り、乃亜は一言出迎えの言葉を投げ渡す。

 

「おかえりなさい、魔法少女さん」

 

「貴女、誰……ですか?」

 

 青い髪の女の子。少し怯えた表情で、こちらの様子を伺っている。畏怖の目で見つめているみたいだが。

 

「そんなのはどうだっていいじゃないですか。歓迎の手料理を振る舞ったんです。ささ、食べて」

 

「良くない! 貴女本当に誰なんですか? 此処は──あたしの家なんですよ!」

 

「知ってるよ。それが、だから何?」

 

 乃亜は相手の言葉など微塵も介さず、立派な食卓に料理を配膳する。一つ一つ、そして丁寧にコップやナイフ、フォークを置き、対面の席に座る。

 

「不法侵入ですよ。出て行って下さい!」

 

「冷めちゃうよ?」

 

「いいから、出て──」

 

 言葉を遮り、青髪の女の子の頭を食卓に組み伏せて黙らせた。ミシミシとテーブルが軋む音が鳴る。女の子は踠き、振り払おうとしているが、圧倒的な力の前になす術もない。

 

「いいから食べるんだ」

 

「貴女も魔法少女……!」

 

 酷く汚いものに触れるような口調で吐き捨て、テーブルに並べられている料理を食べるよう促す。拒否権は無い、そう感じた女の子は苦虫を噛み潰した表情で席に座った。

 こちらを何度もチラ見をしている。その視線が癪に触るが、女の子は今はグッと感情を抑える。

 

 恐る恐る彼女はナイフとフォークを手にし、出せれたハンバーグをひと口サイズに切った。

 

「毒は入ってない」

 

 警戒心は解きはしない。臭いを嗅ぎ、口の中に運んでじっくり、そして確かめるようにしてハンバーグを噛み締める。

 

 口に入れた所で乃亜は口を開く。

 

「最初の質問に答えてあげます。私は剣城乃亜、貴女と同じ魔法幼女。ううん、貴女は魔法少女の方だったね」

 

 ガタン、と「魔法少女」という単語に過剰に反応してしまい彼女の膝がテーブルに当たった。

 

「ま、魔法少女ってあたし──」

 

「野上霧子ちゃん、私と同い年で高校2年生。家族は小学生の弟が1人。親は事故で他界。今は叔父や叔母の仕送りで生活をしている」

 

 霧子の顔が一気に悪くなった。目つきが鋭くなり、プライバシーを把握されている事に恐怖して真っ青となっている。

 

 下手な真似は出来ない。

 

「あたしを脅して何が狙いな訳? たかがそこら辺に居る魔法少女1人をどうしよって言うの?」

 

「脅しなんて物騒な、人聞きの悪い魔法少女。脅しはね、力を振り翳して威嚇する人の事を言うの。私は単に、訊きたい事があるだけ」

 

「『嫌だ』と言ったら?」

 

「……面白い常套句」

 

 ほんの瞬きするかしないかの、それ程までに短い刹那の間。乃亜の手は小さく煌めき、それが収まるのと同じくして霧子の右の小指が切断した。

 鮮血が飛び散り、食卓を赤い池が広がる。切断された小指が床に落ち、そこでようやく霧子は自分が斬られた事に対して認識した。

 

「え──」

 

 認識して、目に映った生々しい光景を脳が拾い、痛覚として斬られた小指から激しい痛みが生じる。痛みがあれば、必然に霧子は大声を出しながらその場に崩れ落ちる。

 

「ああああッ! 指が! あたしの指が何で‼︎」

 

 殺意ある瞳を乃亜に向け、鬼の形相を作る。流血を少しでも抑えようとしているが、尚も止まらず。まるで、壊れた蛇口のようにとめどなく血が流れる、溢れ出る。

 

「これのどこが脅しじゃないって言うの?」

 

「今変わったの。お願いから脅しに。普通に質問に答えてくれればそれだけで良かったのに」

 

 余計な探りは不要。すれば指が落とされる。それを身に染みて味合わされた。解きかけていた警戒心が、今の一連の流れで元に戻るを通り越して跳ね上がった。

 

「レッツ、ピュアチェンジ!」

 

 霧子は変身しながらその場で跳び、天井にへばり付いた状態で臨戦体勢を取った。

 

「魔法少女霧子。やっぱり魔法少女だったんじゃない……ん?」

 

 魔法少女の姿になった霧子。そして、いつの間にか乃亜の両手は氷によってテーブルと同化していた。

 

 この氷の魔法が霧子の魔法。この魔法に見覚えがある。それも最近。そして偶然なのか、それは母親である花実にも同じような魔法が使用されていたこと。

 

 なるほど、そういう事なんだね。言われずとも、すぐに察した。

 

「チッ、ええ、いいよ貴方の言う質問に答えてやろうじゃない!」

 

「ああ、もういいよ喋らなくて。探しものは見つけたから」

 

「探しもの?」

 

「──お前だよ」

 

 目にも止まらぬ速さで乃亜は変身し、腕力という力技だけで両手を凍らせている氷を破壊した。

 跳躍。霧子の首を掴み、無理矢理下へと引き摺り下ろし床に伏せさせる。

 

「な、何なのよ一体ふざけんな!」

 

 霧子の手にアイスピックが握られていた。手の中で器用に転がして床に突き立てた。すると、部屋全体の温度が急激に低下。氷が張り、鋭利な氷の槍が四方八方から飛び出して乃亜の全身を貫いた。

 

「ふふ、どうよ《氷》属性の魔法の味は? あらゆるものを凍てつかせる冷気の前には、どんな魔法も通用しない!」

 

 超至近距離での氷属性の魔法。水分が含まれる場所、更に氷さえ張れれば何処からでも魔法で仕掛けれる。分かっていても、初見でこの魔法を回避するのは困難だろう。ましてや、実力も経験も浅い魔法幼女なら尚更。

 

「と、自惚れている時点でお前の負け」

 

「ハ、だから何? この状況下で、まだそんな減らず口が言えるなんてね。全身を凍らせて、氷像にだって出来るのよ?」

 

「知らない相手だからこそ、警戒を怠らずに構える」

 

「マジピュアアイテムすら持ってない幼女相手に、警戒する必要も無い。不意を突かれて指を持っていかれたけど、ハンデには丁度良いね」

 

 まだ余裕綽々と言ったところか。呆れるくらい彼女は、乃亜の事を下に見ている。

 でも実際、彼女の言う通りだ。マジピュアアイテムを持たない魔法幼女相手に、警戒しないのは当然だろう。でもそれは、この場に魔法幼女が()()()の話だが。

 

「ところで、この茶番にはいつまで付き合えば良いの?」

 

「はぁ? 茶番って何よ?」

 

「……斬」

 

 ふわりと風が吹き、眩い閃光と斬撃が同時に発生。全身に突き刺さっていた氷の槍が、跡形も無く砕け散る。砕け散った氷がキラキラとダイヤモンドの様に輝き、降り頻る様を見て、霧子はあっけからんとしていた。

 

 呆然と、唖然と、愕然としているがそこまで驚く様なものではない。

 

「あたしの魔法が、こんな幼女に……あり得ない」

 

「あり得ない事をするのが魔法少女でしょう?」

 

「一体何が目的なの? あたしが何をしたって言うの?」

 

 遠回しにしたのが間違いだと思う。多分だけど、ストレートに聞き出さなければ、この問答はいつまで経っても平行線のまま。それでもまあ、十分に時間は与えてやった。さて、ここからちゃんと本題に入ろうか。

 ちゃんとした、確証のある言葉を聞きたい。でないと、満足に出来ないから。

 

「……剣城という苗字に心当たり無い?」

 

「無いわよ」

 

「なら最近、この近くで殺人事件が起きたの知ってるよね? 近所なんだもん」

 

「知ってる。だから何?」

 

「その犯人は魔法少女、らしい。噂によれば、手足に氷属性の魔法の痕があったから」

 

 霧子は俯き、そしてすぐに顔を上げた。目にした表情はそれはとてもとても、満面の笑みを浮かべていた。

 

「ああ、あれ貴女の家族だったのね」

 

 確信していたが、改めて霧子の口から「自分が犯人である確たる証言」を口にしてくれた。これ以上のない、そして神様が与えてくれたチャンスだと思った。

 

「分かった、じゃあもう終わりにしよう」

 

「終わりに? 貴女の魔法は確かに凄いけど、全身を貫かれたダメージで先にくたばるのはそっち……?」

 

 霧子は乃亜の全身を見ながら、言葉をフェードアウトしていく。

 

「ちょっと待ちなさいよ、それ。冗談抜きで笑えない。何で、何で貫かれた傷が回復しているの⁉︎」

 

 先程魔法によって風穴が空いた体。前からも後ろからも風がよく吹き抜ける、チーズとも言える体がいつの間にか傷は塞がっており、出血すら無くなっている。

 

 驚愕している。

 

「それに、その手に持っているのはまさか……!」

 

 霧子の視線が乃亜の右手に移った。一体いつ手にしたのか定かではない武器が握られている。

 

 日本人なら知らない人はいない、古来から現代に至るまで現存している武器、日本刀。

 鞘は鮮やかな白と水色で彩られている。そしてその日本刀には、ピュアエナジーが纏われており、普通のものではないと明確にさせている。

 日本刀をモチーフのマジピュアアイテム。その名を──。

 

「怨嗟刀」

 

 親指で軽く鍔を弾き、怨嗟刀の鯉口を切る。

 

 僅かに見える黒い刀身。そこから溢れ出る膨大で、超高密度のピュアエナジー。それにあてられただけで、気を失いそうにも。

 

「──ッ!」

 

 怨嗟刀を抜刀。刀身には、自身の心情を表しているか如く漆黒の色に染まっており、血と思わせるかの紅い刃文。

 

「お前を殺す。逃げられると思うな」

 

「マジピュアアイテムは魔法少女にレベルアップしないと現れない。純粋な心とは真反対のドス黒い感情を持っているのよ? 魔法少女の本質から一番遠いのに何で?」

 

「私はちゃーんと純粋な心を持っているの。誰かに対する憎悪。純粋な負の感情を、ね」

 

 怨嗟刀を握る腕を振るう。しかし、届かない。2人に挟まれているテーブルが、僅かに間合いから遠ざけていた。怨嗟刀は空を斬った。それで終わりだと思っていた。

 

 だけど違った。霧子の左腕が床に落ちるまでは。

 

「──は?」

 

 切断面から、尋常じゃない量の血が噴き出してリビングを鮮血に染め上げる。床に落ちた自分の左腕、噴き出す血液、届きもしなかった筈の攻撃を届いている。その事に頭が理解し、激痛が走り、全身から冷や汗をかいて悲鳴が木霊する。

 

「そんな、こんな事が!」

 

 霧子はパニックに陥っている。

 

「私の魔法は斬属性の魔法。斬撃を飛ばすだけの魔法だったけど、マジピュアアイテムを手に入れて更に進化した。今の私の魔法は、対象を斬る魔法」

 

「だからって、届いていないものまで斬るなんて!」

 

「届く、届かないの問題じゃない。私が『斬る』と言ったら対象は()()()()()()()の。魔法なんだから、常識に捉われているお前は魔法少女として三流」

 

「魔法少女になっているからって図に乗るな。あたしの魔法は『時間』すら凍らせる事が出来るのよ!」

 

 身体が凍りつき始めた。この空間内だけでも相当な冷温だというのに、体温はそれを下回る勢いで下がっていっている。魔法少女じゃなければ、生身の身体だったらこの寒さに耐え切れず凍死しているだろう。

 

「どうしたの? 構えないの?」

 

 霧子の言うように、乃亜は怨嗟刀を構えていない。肩をすくめ、興味の無い眼差しで彼女がこれからやろうとしている魔法をただ黙って待っているだけ。

 その様子が霧子の癪に触ったのか舌打ちをして、焦燥感を募らせる。

 

「だったらそのまま、何も感じず死になさい!」

 

 凝縮されていた霧子の魔法が解き放たれる。

 

「絶対零度!」

 

 ピュアエナジーが周囲に四散、そして氷属性の魔法が時間という概念すら凍らせてこの世の流れを止めた。

 

「だから言ったのに。片腕を取って油断した貴女の負け。このまま訳も分からず死ぬのね!」


「──斬魔」


 それは、あまりにも信じられない出来事が起きた。霧子が作り上げた氷の世界に亀裂が入り、なんとも呆気なく、それでいて美しげに砕け散った。

 

「何だ、時間すら止めるとか大口叩いた割に大した事なかったね」

 

「悪夢よ、こんなの。止まった世界じゃ何も出来ない! 視認どころか止まっている感覚、意識さえも凍らせるあたしの魔法なんだよ? それなのに何で魔法が使えるのよ!」

 

 時間という概念すら凍らせて、その動きを封じた。だけども、それすらも嘲笑うかの如く、文字通り氷の世界を両断した。

 明らかに魔法と呼ぶにはその範疇を優に超えている。もはや神の所業としか言いようがない。

 

「言ったでしょう? 私の魔法は全てを斬り伏せる。例えそれが──」

 

「黙れ!」

 

 腕を振い、氷の刃が乃亜の首を刎ね飛ばして床に転がり落ちる。

 即死。この場面を見れば誰もがそう頭の中で理解する。けれども、その常識すらひっくり返すのが、今の乃亜の魔法だ。

 彼女の目の前で、忽然と刎ね飛ばされた首が胴体にくっ付いて元に戻った。その際、握られている怨嗟刀から黒い閃光が走っていた。

 

「例えそれが、時間だろうと死だろうとも」

 

 あまりにも異質で、異常で、異端過ぎる。この世の法則、概念すら斬ってしまい、その事実を捻じ曲げて無かった事にしてしまっている。

 だから受けた傷も、瞬時に治っていた。違う、正確には無かった事にした。その事実を目の当たりにしてしまった霧子は、その場に崩れ落ち、絶望の表情に染まりきっていた。

 

 容易く自然の法則を捻じ曲げ、書き換える相手にどう対処すれば良いのか。その考えさえも与えさせてはくれない。霧子は思った「自分は、敵に回してはいけない相手に手を出してしまった」と。

 

 そこから身体は意思無く動いては頭を下げ、両手も床に這い蹲らせて土下座をしていた。

 

「ごめんなさい……」

 

 降伏する他選択肢は無いと悟った。意気消沈、戦意喪失。

 憐れで情けない彼女の姿を見て、乃亜は無性に腹が立った。

 無理矢理顔を上げさせ、自分の顔近くまで引き寄せる。血眼で彼女の顔を視界に入れた。

 これ以上無いってくらいに乃亜の中にある「怒り」の感情が暴れて、この衝動を抑え切れない。この状態から口に出す言葉は。ブクブクと煮えたぎる感情のまま、吐き出すべきだろうか。その方がきっと心も多少は楽になる。

 でも、口に出して楽になれたなら最初からこんな事にはならない。だから怒りや憎しみの感情に、冷静な心を添えさせて静かに進める。

 

「……もし『自分の家族だったら』なんて置き換えて考えた事ある?」

 

 霧子は沈黙のままに乃亜から目を逸らした。その視線を逸らす意味は罪悪感からなのだろうか。

 

「私は知っている。お前は弟が唯一の家族で、弟を希望に生きている」

 

「ま、待って! 弟は関係無い!」

 

「母さんも関係無かった!」

 

「し、仕方なかったの! 弟をダシにされて言う事を聞くしか……」

 

 ほんの少し、ほんの少しだけ彼女を掴んでいる手が緩んだ。

 霧子は魔法少女なのに、弟を盾に脅されていた。

 

「秘密結社アークに魔法少女としての力を貰ってピュアアニマルを掃討してたけど、家の場所を特定されて。剣城という苗字の家に侵入して母親を殺せって。じゃないと弟を殺すって言われたから!」

 

 乃亜は困惑した。秘密結社アークの協力によって魔法少女の力を得て、ピュアアニマルと戦っている。ピュアアニマルは魔法少女達の味方じゃなかったってことになる。

 今の発言で、今まで知っていた情報が全部噛み合わなくなり、色々と前提条件がおかしくなる。何か、根本的な間違いをしている。

 

 しかし到底信じられる内容ではない。乃亜は疑惑の眼差しで、その言葉を冷たく突っぱねる。

 

「笑えない冗談ね。そんなに死にたいのなら殺してあげる」

 

「本当なの! お願いだから信じてよぉ!」

 

 その言葉を信じるに値する証拠も無ければ、そんな仲でもない。今、目の前に居るのは口からデマかせをほざく憎き相手。そんな言葉に惑わされる乃亜ではない。

 

 怨嗟刀の柄を握り直し、切先を突きつけ、脅す。

 

「可哀想な弟君。姉の世迷言で死ぬなんて、同情しかないよ」

 

「私はただ、普通に弟と平穏を過ごしたいだけなのに」

 

 少し前の自分と姿が重なって見えた。乃亜もこうやって、お母さんの愛情に酔い、生きてきた。特別なんか要らない。ただ普通に生きて、過ごして、笑って日常を過ごせれたらなと。その微かな想いを受けた乃亜の怨嗟刀を握る手は、いつの間にか下がっていた。

 

「そんなに、弟君が大事なんだ。そっか分かった」

 

 満面の笑みを浮かべて私は、怨嗟刀を鞘に納めた。

 

 今までの一連の流れからとは思えないくらいの聞き分けの良い乃亜に、霧子は呆けた表情をしていた。それもそうだ。絶対殺してやるという気迫で、迫っていたのに急な舵取りには困惑の色しか出せない。

 

「貴女達にはもう手を出さない事にするよ。私も、無駄な殺しや争いはしたくないから」

 

 霧子はそれを聞いて安心してか、胸をホッと撫で下ろした。

 

 手を離し、霧子を解放させた。

 

「じゃあ訊くけど、貴女の弱みを握って裏で操っていたピュアアニマルは誰なの?」

 

 霧子は俯いており、口に出し難い様子でいる。

 

「安心して、どんな相手でも私達魔法少女が手を取って協力すればなんとかなるから」

 

「……ラビピョン、ピッピー、ココモリ。この3匹が、この辺りの魔法少女全員脅しているの」

 

 聞き覚えしかない名前が3つも出てきた。

 

「特にラビピョンは趣味が悪いの。自分が弱っている姿をわざと曝け出して見つけさせ、その場の流れで魔法少女にさせる」

 

「……でも、魔法少女は秘密結社アークを倒す為に生まれた存在じゃないの?」

 

「その逆よ。魔法少女を倒す為に秘密結社アークが誕生したの。そもそもな話、前提から考え直さないといけないの」

 

 ラビピョン達、ピュアアニマルが何かしらの理由という訳ではなく、最初から敵だったって事になる。秘密結社アークの本当の目的はピュアアニマルで、その邪魔を魔法少女達がしてしまっている。

 

「ピュアアニマル達が言葉巧みに私達魔法少女を騙し、生殺与奪の権利を握られて。家族も巻き込まれて……だから従うしかなかった」

 

 更に霧子は言う。

 

「ねえ貴女、ピュアアニマルの正体がなんだか知ってる?」

 

「知らない」

 

「地球外知的生命体」

 

 つまりは宇宙人。現実にそんな存在があるのか不明だが、実際いるみたいだ。それがピュアアニマル。明らかにこの世の生物とは考えられなかったが、まさか宇宙人とは。そうなると秘密結社アークは一体。

 

「秘密結社アークは、ピュアアニマルに対抗すべく集まった私達と同じ元魔法少女。魔女クラスの魔法少女がゴロゴロいるのだけど、悪女と堕ちてしまった今じゃ全盛期に及ばず数を減らしているの」

 

「となると、私達の本当の敵はピュアアニマル達」

 

「そして、貴女の親を始末する様にあたしに言い渡したのもピュアアニマル」

 

 これでようやく自分が倒すべき敵が明確になった。これでもう彼女から聞き出す事は何も無い。欲しい情報は粗方手に入れた。

 

 もう、彼女に対する必要価値は無い。

 

「情報提供ありがとう。じゃあ私はこれで……の前に、これだけ渡しておく」

 

 大きな木箱を取り出しては、テーブルの上に置く。突然出てきた木箱に霧子は、眉を顰め、訝しげな表情で首を傾げている。

 

「何、コレ?」

 

 箱の中から異臭がしており、尚且つ箱の底は液体で染み込んで黒く滲んでいる。

 

「私からの贈り物。色々教えてくれたお礼と言い換えれば良いかな?」

 

 霧子はゆっくりと木箱の蓋に手を掛けた。生唾をゴクリと音を立てながら、ゆっくりと開ける。果たして、箱の中身の正体は。

 

「お礼なんてそんな大した……ッ⁉︎」

 

 木箱の蓋を開けた。その中身を見て、知った霧子の表情は固まり、絶句する。目の前の現実を受け入れ難く、後退り、尻餅をついて手で口元を覆う。

 

「気に入ってくれた?」

 

 乃亜は木箱の中身にあるものを鷲掴みで取り出しては、霧子の目の前に投げ渡す。

 

「い、いやああぁぁぁぁ‼︎」

 

 グチャリと音を立て、コロコロと転がる幼い男の子の生首。この憐れで無惨な姿になった男の子は、霧子の弟。

 一目見ただけでも、もう助からないという悲惨さを突き付けられて霧子の言動が今まで以上に荒々しくなる。

 

「どうして! 何で! もう手を出さないって言ったじゃん!」

 

「約束する前の事なんて私は知らないよ?」

 

 そうだ。既に「起きてしまった」事に対して約束もクソも無い。どちらにしろ、弟を殺す事には変わりないので約束なんてあって無いようなもの。

 

「ふざけんな‼︎」

 

「何言ってるの? 先に殺したのはそっちでしょう?」

 

「だから、あれはピュアアニマルが──」

 

「くどい‼︎」

 

 外にも聞こえてしまうくらいの一喝が、家内に轟く。その圧に臆したのか、霧子は少し肩を震わせて身を引く。

 

「ピュアアニマルが悪いのは理解した。だけど、脅されようが何されようが、手を下したのはお前自身よ! それを被害者ぶって、悲劇のヒロインになったつもり? あぁ?」

 

 まさか、腹の中で赦されたと思っていたなんて笑ってしまう。そんなの、死んでしまったお母さんの顔が浮かばれない。報われない。

 大切な家族が、母親が死んだ。そして殺したのが彼女自身。それだけの事実があれが十分だ。それ以上もそれ以下も、何も要らない。

 

「よく正義のヒーローが『復讐なんて意味が無い』なんて言うけれど、あんなの所詮綺麗事でしかない」

 

 大切な人を殺されて、その後和解するなんて乃亜には到底信じられない。理解出来ない。

 それでどうやって、ぽっかりと空いてしまった心の穴は埋めればいいのか? 時間が経てば消える? 他の思い出で上書きすれば良い?

 ふざけるな。その程度で心が満たされるなら、その人にとっての大事な人はその程度だ。

 

 乃亜の怒りはその枠には収まらない。徹底的に痛めつけ、潰し、同じように大事なものを奪い、同じ絶望と喪失を味合わせる。地獄の果てまでも追い掛けて。

 

「良い行いも悪い行いも、いつか自分に返ってくる。それを分かっててやったお前の自業自得だよ」

 

 床に転がっている弟の頭を見つめて動かなくなっている霧子の顎を、乃亜は容赦無く蹴り飛ばした。

 見ているだけで虫酸が走る。その目、その態度。まるで自分が悪党であるような感覚に陥る。けれども、乃亜も乃亜でこの選択が正しかったと自信を持って、胸を張って言い切れる。


「一生自分がしでかした過ちを悔い、そのまま死んでね」

 

 スカートを翻し、この場を立ち去ろうとする。その寸前で、ある事を思い出した。踵を返し、笑顔で可愛く人差し指を頬に当てる仕草した後、誰もが驚愕するような言葉を投げた。

 

「そうそう、()()()()()()()()()()()美味しかった? 冷蔵庫に何個か作り置きもしてるからよく味わって食べてね」

 

「え、は? ちょっと待って、何よそれ?」

 

 突然、頭を鈍器でも殴られたかのような感覚に霧子は陥った。

 

「弟君──美味しかったよ。ごちそうさま」

 

 その瞬間、彼女の中で何が壊れた。耳がつんざくくらい発狂し、周囲に氷の魔法と自身の魔力を放出してリビングにあるもの全てを氷漬けした。温度も急激に下がり、まさに凍土と化してしまう。

 

 独りで暴れ狂う彼女を横目に、静かにその場を立ち去る。

 

 悲痛な叫びが木霊する。

 

 彼女の最後を見て乃亜の顔はきっと、愉悦で満たされた表情になっていただろう。

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