第6話 駆り立てられた炎
「犯人は未だ捕まらず。のあちーは、大丈夫かしら?」
乃亜の母親、剣城花実さんが亡くなってから早2日が経っていた。不幸ごとだから学校には当然顔を出せない乃亜はお休み。それは別に構わない、が。問題は。
「ラビピョン、のあちーの様子はどうなのかしら?」
「部屋から一歩も出て来てないピョン。食事どころか、トイレにさえもピョン」
黒美は乃亜の部屋の前に居る。足下には、ラビピョンが気を利かせて作ってくれたご飯が置いてあるけれど、触った形跡すらどこにも無い。
「そう。部屋は開いてる?」
「ピョン」
「なら良かった。鍵を掛けているのなら蹴破る気でいたから」
ガチャリ、とドアノブを捻って黒美は勝手に中に入る。
「うっっわぁ……」
発狂でもしたのか、部屋は荒れ果てて物が散乱として足の踏み場が無い。
乃亜自身も虚ろな眼差しで何処に焦点を当てているのか。膝を抱え、黒美の存在にも気づいていない。
絶望のどん底なんだろう。彼女の気持ちを、黒美は分かってあげられるか。正直無理な話だ。仮に理解して、言葉を投げ掛けたとしても、同情の言葉と捉えられて余計に悪化する。
乃亜の為にしてあげられる事は、何一つ無い。
(でも、一つだけ伝えておかないといけない事がある)
無気力な乃亜に、当たらず触らずである事を伝える。
「のあちー、一つだけ──」
「──魔法少女になった意味、全然無い」
遮れた。でも口は開いてくれた。だけど口にした言葉に、眉を顰める。
「アクアクを倒した。これからも、街の皆を守る為に変身して、奮闘するんだって思ってた。憧れが現実になったのに。でも‼︎」
拳を床に打ち付け、そこから血が滲み出している。黒美はただそれを眺めている。
「憧れているだけじゃ、何も守れない。目の前の大切な人すら守れないのに、魔法少女になる意味あるのかな?」
嗚呼、この子はきっと母親の事が大好きだったんだ。自分がそうだったように。
「黒美は、のあちーの気持ちを理解出来るなんて言わないわ。だけど、知ってはいる。黒美も同じだったから」
ぴくり、と僅かに乃亜が反応してくれた。こちらに対しての返答は不要。今は反応してくれた。その事実だけで十分。
「黒美が魔法少女になったきっかけ。それは復讐の為よ」
5年も前、魔法少女にお金を騙し取られた事がある。何というか、善意の押し付けで払わされて最終的に破産した。
何が正義で、何が悪党なのか。
「黒美自身が魔法少女になるなんて、ちょっと皮肉めいているけれど、それでも復讐は果たせれた」
復讐を果たしたその時の気持ちは、とても快感だったのを今でも覚えている。だからなのか、黒美はある事を口走る。
「復讐は何も生まないと言うけど、そんな事はないわ。復讐はね──自分自身が楽になる為にあるんだから」
「自分自身が、楽になる為……?」
「折角、魔法少女になったんだからその力を余す事なく、復讐の為に使えば良いのよ。だって、その為の力なんだから」
誰にも咎められない。ううん、それこそ魔法少女として在るべき姿。それこそが魔法少女の本質だ。
黒美には見える。曇る眼の奥の奥、秘めた復讐の炎。一度焚き付けられてしまった火種はそうそう消える事なく、寧ろ周囲のものを燃やし、蝕んでいく。
「前に言ったわよね。負の感情を持つ事で、魔法少女は飛躍的に強くなる、と。憤怒の炎に勝るものはこの世に無い」
黒美はそれで、魔法幼女から魔法少女へとレベルアップを果たせたのだ。そして、ヴァリアブルを手にした。
黒美は乃亜の背中を押す。
「のあちーはどうしたい?」
「私は……」
乃亜が握る拳から血が滲み出る。その様子からでも、手に取るようにどんな感情を持ち、渦巻かせているのかが分かる。
怒り、悲しみ、憎しみ、殺意、絶望などのドス黒い感情。それが今、乃亜の中で芽生え、溢れ出ている。晴らしても晴らしても消えないであろう怨嗟は、次第に黒いピュアエナジーとなって乃亜の力に変わる。
「はぁ……はぁ……ッ」
あの日、あの時、あの光景を思い出してしまったのか、乃亜の呼吸は荒く、汗が尋常じゃなくかいている。
脳裏に刻まれた、瞼の裏まで焼き付いた母親の死を目の当たりにして何も思わない訳がない。わざと、それを蓋をしていただけに過ぎない。
黒美の言葉一つ一つが、無理矢理蓋をしていた記憶をより鮮明にさせる。
「お母さんを殺した、魔法少女を殺したい。私は」
「なら、殺せば良いじゃない。黒美は、のあちーにしてあげられる事は何も無い。でもね、伝えられる事はあるの」
悪魔の声、囁く。
「犯人である魔法少女を見つけた」
「あっ──」
耳にした乃亜は、下から食い入るように黒美の顔を覗き、深淵の瞳で映し出している。
その眼、それを待っていた。絶対に許さないという負の色に塗り固められたソレを。
「その魔法少女は度々黒美達を襲っている裏切り者。秘密結社アークに手を貸して、黒美達を亡き者にしようとしているの。多分だけど、のあちーのお母さんはそれに巻き込まれた」
「……居場所は? 誰か知ってるなら、居場所くらい知ってるよね?」
殺気立ったまま掴み掛かってきて問い詰められる。乃亜の表情は何一つ変化は無いが、それが逆に怖くもある。
黒美を掴む手は石でも砕いてしまうのかと、握力がある。
「三丁目にある、3階建ての一軒家。3階建て自体珍しいから、すぐ分かる筈よ」
「そう、ありがとう……」
乃亜は立ち上がり、フラフラとした足取りで部屋から出ていった。彼女はこれから、復讐の為にその足を踏み出した。
嗚呼、本当に良かった。
「凄いピョン。ノアが部屋から出たピョン」
「簡単な事をしたまでよ。復讐心を掻き出してあげただけ。余計なお世話だったかしら?」
「寧ろ助かったピョン。それよりも──いつまでクロミの姿でいるつもりピョン?」
きょとんとする。そして思わず笑いが溢れ、止まらなくなった。
「ぷ、アハハ! 全く、やっぱり最初から気付いてココ?」
笑い出す黒美。その姿は次第に形を変え、コウモリの姿へと変貌していく。
「自分の姿が一番楽ココ」
黒美はココモリだった。化けていたのだ。
「ラビピョンも嫌な妖精ココ。ボクと分かっておきながら、わざと何も言わなかったココ」
「ノアはとても役に立つピョン。秘密結社アークを壊滅させるには、彼女の魔法が必要不可欠ピョン」
「で、本音は?」
「これが本音ピョン。彼女は大事なチェスの駒。ポーンピョン。壊れるその時まで、大事に扱わないとピョン」
肩ににラビピョンが乗り、乃亜が向かった先を見据える。
心配とか信頼とかの目ではない。それ以前に、個人に向ける目ではない。何にも思っていない目だ。
「さ、ノアの復讐の怨嗟がどれ程のものか高みの見物と行こうピョン」
「悪趣味ココ」




