第5話 急転直下
「早速始めましょう」
ココモリが、乃亜達を乗せて空に舞ってから数十分が過ぎた辺りでとある山奥に行き着いた。学校の運動場並みに広く、そして人気の無い場所。確かにこの場所ならうってつけだ。
そんな広い場所の中央で、乃亜と黒美は対峙している。
「着いて早々なんだね」
「新規は囲えってよく言うでしょう?」
「それはまた別の意味じゃないのかな?」と思う。
「取り敢えず変身をしましょうね。何をするにしても、先ずはそれから」
「は、はい!」
大きな返事をする。ふと、横目で咲夜ちゃんの事を見る。その視線に気付き、小さく頷いて返事を返してくれた。
「よし。レッツ、ピュア……あ、な、何やってるの⁉︎」
乃亜が変身しようとして、お決まりの掛け声を言おうとする最中、黒美はその場で何故か服を脱ぎ始めていた。当然乃亜は戦慄した。
既に上は脱ぎ捨てられて下着が丸見え。スカートにも手を掛けており、こちらの静止の言葉でやっと止まっている。もし止めていなかったから、そのままスルスルとスカートを下げていたに違いない。
「何って、変身をするんですよ。他に何があるのですか?」」
「いや、は? 変身するのに何でわざわざ服を脱ぐ必要があるのかと言っているんですけど⁉︎」
「変身したらどうせ衣類は全部お釈迦になるんですよ? それなら最初から全部脱いでおけば、問題解決です」
「社会的に大問題です!」
理屈ではそうだ。
「まさかとは思うけど、黒美ちゃんって変身する時毎回脱いでるの?」
「はい、そうですよ」
返事をしながら、止まっていた手を動かしている。スカートや靴も脱ぎ、とうとう下着にまで手を出して丁寧に折り畳んで脱衣を終わらせた。
腕を組み、堂々たる佇まいでこちらの方を見てくるのだけど、それがあまりにも怖過ぎて直視出来ない。
「痴女ピョン」
「皆まで言わないで」
口を溢すラビピョンの隣で、何処か遠い目をしている咲夜。
(嗚呼、この光景を何度も目にしているのか)
「ほら、のあちーも脱ごう」
「ぬ、脱げる訳ないでしょう!」
「大丈夫ですよ。恥ずかしいのは最初だけ。慣れれば逆に気持ち良く、素晴らしい快感が得られますから」
「もっと嫌ですよ!」
「変えの服なんてありませんから、脱がないとその服木っ端微塵ですよー」
裸のまま走り、迫り来る黒美に恐怖の言葉しか見つからない。逃げようと後ずさるも小石に踵が引っ掛かり、尻餅をついてしまった。
黒美ちゃんの目が光り、ゾクリ、と悪寒が走った。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですからねー」
「ちょ、待って──」
有無すら言わせず黒美が襲い掛かり、乃亜の衣服を容赦無く脱がせ……というより剥ぐ。
「これもあれもそれも、ぜーんぶ脱いじゃいましょうね。ほうほう、中々興味深い下着を履いてますね」
「ちょちょちょ、何処に手を入れているんですか⁉︎」
乃亜は必死に抵抗しているのだけど、それ以上の勢いで黒美は手慣れた手つきで手を伸ばしてくる。
逃げられないように覆い被さられ、密着し、邪魔な布生地を投げ捨てられる。上も下も、靴さえも全部。
そして僅か1分程の時間で、乃亜は文字通り裸にされてしまいました。
「ふふ、恥ずかしがらない」
手や脚を伸ばして、見られてはいけない所を必死に隠す。それに引き換え黒美は、相変わらず仁王立ちで佇んでいる。
「うぅ……」
吹き抜ける風が肌に直接当たり、ブルブルと身を震わせて変な感覚が全身を襲っている。こんな感覚を味わうのは生まれて初めて。
「仕切り直し、と行きましょうか」
こうなってしまったらヤケクソだ。どうせ周りには自分達しか居ない。いっその事開き直って変身する。
「レッツ、ピュアチェンジ!」
黒美が先に変身した。乃亜もその後に続いて変身をする。
「れ、レッツ、ピュアチェンジ‼︎」
半ば声に怒気を感じさせながら、乃亜は高らかに変身する為の言葉を叫んだ。
「魔法少女乃亜! 悪に染まりきったピュアなハート、私が拭います!」
光のベールを右腕で一刀両断して、魔法少女としての姿を晒す。そして、同じく黒美も光のベールの中から銃弾が一発飛び、乃亜の頬を傷付けた。
「魔法少女黒美! ピュアなハートをより黒く、美しく染めて差し上げます!」
魔法少女に変身した黒美ちゃんの姿は、とても「らしさ」が前面に押し出されているものだった。
黒をベースにした和ゴスの服装に身を包み、髪の長さも地面スレスレまで伸びている。そして、れっきとした魔法少女の証であるマジピュアアイテムだろうミニ・リボルバーも所持している。
「やっぱり、黒美ちゃんもちゃんとした魔法少女なんだね」
「ええまあ、そうですね。私のマジピュアアイテム《ヴァリアブル》に撃ち抜けないものはない。覚悟はよろしいですね?」
「お願いします、と言いたいところだけど、何で黒美ちゃんと戦わないといけないの? アクアクと実戦練習するんじゃ……」
漆黒の銃がその口をチラつかせて、乃亜の緊張をより昂らせる。何か気に障った事でも言ってしまったのか。
「魔法少女が戦う相手はアクアクの様な巨大な怪物。もしくは《悪女》と呼ばれる魔法少女の成れの果て」
「悪女?」
初耳だ。
「秘密結社アークはその悪女が構成員となり、アクアクを生み出しては使役しているのよ。だからこんな意味の無い魔法少女同士の練習にも、ちゃーんと意味があるんです」
戦う相手は怪物だけじゃないってこと。時には人同士で戦う事もあると知った乃亜は、少しだけ表情が強張る。
「一度お話は置いときまして、行くわよ」
黒美が一歩足を踏み出したその瞬間、姿どころか影すら目の前から忽然と消えた。
瞬きはしていない。魔法少女になって動体視力も大幅に向上している。でも、それでも追い付けない。
動揺を隠せずにいると、一つの謎の影が乃亜を覆った。
「影、上?」
影の濃さが大きくなっており、何かが上から迫って来ている勘付いて見上げる。目にしたのは、黒美だった。
「いつの間に⁉︎」
「ぼーっとしてたら危ないわよ?」
いつ真上に陣取られたか不明。黒美は、落下する勢いを利用しながら腰を捻り、回し蹴りを繰り出してきた。
「この!」
慌てて防御姿勢を取り、強烈な一撃を受け止め、防いだ。
唐突なコングの合図。それもかなり強烈で凶悪なコング。全身の骨に衝撃が響き渡り、痺れる。
(まるで鈍器にでも殴られたような感覚!)
腕だけの力で黒美の脚を跳ね除け、数メートル後方に下がる。距離の詰め方が尋常じゃなく早い。これは少しも警戒を怠れない。
「それにしても、随分と強く来ますね」
「秘密結社アークはもっと本気で来るのよ。これくらいしないと意味が無いんじゃないかしら?」
だ、そうだ。
「悪女にもピュアアイテムを使う人は居る。それも種類豊富にね。だからのあちーみたいな近接が得意な子が、こうやって迂闊に距離を取ると」
ヴァリアブルの引き金を躊躇無く引かれ、一発の銃弾が乃亜の左肩を掠る。
「こんな風に遠距離から攻撃が飛んできますよ」
今のはわざと外した。本当なら、左肩を撃ち抜かれていたに違いない。
「マジピュアアイテムは、基本魔法との相性の良い物が恵んで貰える。さくよんの魔法属性は《砕》。マジピュアアイテムであるトールハンマーは、さくよんの魔法を100パーセント引き出せれるアイテムって訳よ」
魔法とマジピュアアイテムの関連性。ただのアイテムって訳じゃないってこと。
「砕属性の魔法はあらゆるものを砕く魔法。因みに黒美の魔法は《貫》。あらゆるものを貫く魔法よ」
砕く魔法だからハンマー。貫く魔法だから銃。確かに魔法とマジピュアアイテムの相性はちゃんと合点している。
「ある程度の事はお話しましたし、そろそろ本格的に魔法少女としての戦い方を学びましょうか。取り敢えずそうですね」
すると黒美は、ヴァリアブルの銃口をこちらに向けて発砲。かなり自然な流れだった為か、その動きに反応出来ずモロに弾丸が右胸を命中した。
「ちょっと、いきなりは卑怯だよ!」
「卑怯も何も戦いとはこういうこと。それが通じるならそもそも戦争だって起きてないわよ」
言ってくれる。でも、それくらいの意気込みで魔法少女として挑まないと危ないという解釈にも捉えられる。
相手は銃。遠距離からの攻撃を得意とするなら、接近戦に持ち込んだ方が乃亜が有利。
(此処には、私の身を守ってくれる遮蔽物は一切無い。銃弾を避けられるスピードも私には多分無い)
それなら、と心の中で呟く。
魔法少女初心者の乃亜なりに、作戦と呼べるかどうか怪しい限りだけど考えてみた。その場を駆け出し、蛇行しながら接近。
「そう、来るわよね」
蛇行なら、多少なりとも射線上から逃げられる。こんな簡単な策は見破られているかも知れないけれど、当たらなければ何でも良い。それに、銃弾を避ける"だけ"が乃亜の目的じゃない。本命はもっと他にある。
それを悟られないようにしないといけない。
「当たるかなー?」
狙いを定め。
「ほっ!」
「斬!」
ジグザグに接近している乃亜に、ピンポイントで銃弾が飛んで来た。
斬属性の魔法で両断出来たから良いものの、通用しなかった時の事を想像すると背筋が凍る。
「斬っちゃうようね」
魔法で弾丸が斬られた事に、ほんの少しだけ黒美の表情に変化があった。でも、それを知っても尚引き金を引く指は止まらない。
バギンッ!
これも両断する。
(今ので5発目!)
変身した直後に1発目。それ以降から、今ので合計五発の弾丸が撃ち放たれているのを記憶している。
(回転式拳銃、別名コルト銃。銃についてはそこまでの知らないけど、そのタイプの銃の弾数なら知っている。精々5、6発が限界。あと1発分警戒すれば!)
弾数が非常に少ない事を最初から知っていた。その事を頭の隅に置きながら、撹乱をしつつ弾切れを狙っていた。
全部上手く行っている。あと一歩、これで間合いに入った。
堪らず至近距離からヴァリアブルの弾丸が撃ち込まれた。だけどそれを、紙一重で避ける。しかし、警戒していた六 6発目。
(これで弾切れ。全部使わせた、取った!)
右の手の形を変え、いつでも手刀打ちが出来る体勢に。
(今からじゃ再装填する暇は無い。例え防御されても、無理矢理その上から私の魔法を押し付けてしまえば)
「そのまま勝てる──なんて、思ってるわよね?」
「えっ?」
思考を読まれたのか。しかしながら、この場面なら誰でもそう考える。これは偶然。乃亜は自身にそう言い聞かせる。けれど一瞬の動揺を誘い、動きを鈍らせるには十分過ぎる一言だった。
「思い込んじゃっている時点で減点よ」
懐に潜り込んだ乃亜の腹部に銃口を押し付け、そのまま引き金を引いて身体を大きく吹っ飛ばした。
「がはっ……何、で?」
銃とは思えない銃撃音が鳴り響いた事に驚きはしたが、それ以上にいつの間に弾を装填したのか、だ。
「そんな、素振りは全然見せてなかった筈なのに、何故?」
「至ってシンプルな答えよ。ヴァリアブルの弾は、ピュアエナジーで作られている特別な弾。だから弾切れも起きないし、何より装填する必要も無い」
あまりにも初見殺し過ぎる。それに、威力もさっきまでとは比べ物にならない程のもの。
「あと、ピュアエナジーを注ぎ込む量でその威力は変化するから」
まるで人の心を見透かしているような物言いだ。いや、実際見透かされている。だからこその現状。
「黒美の弱点はちゃーんと理解しているのよ。だからわざと踊ってあげたの」
倒れる乃亜に黒美はゆっくりと歩き、銃口を向けて見下ろしている。
「気にする事はないと思うわ。皆、最初は騙されて撃ち抜かれているから」
「はぁ……参りました」
「ふふん──そんな言葉が通るとでも?」
黒美は倒れて動けない乃亜の左肩に、1発の弾丸を撃ち込んだ。手加減をしているみたいで貫通とまではいかずも、撃たれた衝撃で僅かに体が浮かんだ。
「痛った! な、何するの⁉︎」
「アークは黒美達魔法少女を殺そうと襲っているのよ。参ったの一言で止まる相手じゃないの」
そう言いながら、今度は右肩に撃ち込んできた。派手に弾け飛び、魔法少女に変身していなかったら今頃両腕を欠損していた。
「そんなの分かって──」
最後、腹部に大きい1発を貰い、乃亜は呻き声を上げながらその場で蹲る。そして、ダメージの許容範囲を超えてなのか、強制的に変身が解除されて乃亜は淫らな姿を晒す事となった。
「ひ、酷い」
「まだ魔法を使っていないだけ感謝しなさい。ラビピョン、服」
ピョンピョン飛び跳ねて、ラビピョンは乃亜の服を持って来て羽織ってくれた。
「短いやり取りだったけど、纏っているピュアエナジーも申し分ないくらい強力だったピョン。折角の機会だから、それについても教えてもらうピョン」
「そんな大した事はしてないわ。でも一つだけ言うと」
黒美は腰を落とし、肩に手を乗せ、同じ目線で話してくれた。
「負の感情を持ちなさい。そうすれば、飛躍的に強くなるから」
「でもそれ、魔法少女の力の源でもある純粋な気持ちからかけ離れていってない?」
「そうかも知れないわね。でも覚えといて、何も純粋な心だからって全部が全部『善』とは限らないの」
純粋なのに善とは違う。その言葉の意味を乃亜は理解出来ていない。矛盾している気がするから。
「その内分かるわよ。あら、ココモリ」
「特訓中失礼するココ。街でアクアクが暴れているココ」
特訓を始めてから姿を目にしていなかったココモリが、街の方角から飛んで帰って来た。そして息を荒げながら、アクアクが出現した事を伝えてくれた。
「じゃあ、早く行かないと」
「のあちーはお留守番ですよ。対処するのは、黒美とさくよんでします」
「えっ、何で?」
「疲弊し切っている今ののあちーだと、かえって怪我の元になりそうだから」
確かに少し疲れてはいるけれど、そこまで言われる程でもない。現に、まだ変身出来る余力は残している。
「あと、最近暴れていないから発散したいのよ」
あっ、そっちが本音なのね、と理解した。
「本当に大丈夫? この前みたいに、アクアクが一度に大量に湧いて出て来た時はどうするつもりなの?」
「それはわたしに任せて。この前は油断しちゃって変身解除されちゃったけど、普段は2、3体くらい軽く捻り潰せれるから!」
気を遣っているのか、それとも本心で言ってくれているのか。まだ、それが当たり前に分かる仲じゃないから不安しかない。でも、そこまで言うのならお言葉に甘えようと乃亜は首を縦に頷く。
「それなら、お任せしようかな。但し、今度は混ぜてよね。私も魔法少女として街を、皆を守りたいから」
「厳密には魔法幼女よ」
「だから言わないでって」
「なら、此処で解散ッピ。2人共、急ぐッピ」
またココモリが大きくなり、2人を乗せて街の方へと飛んで行った。アクアクを倒す為に。手を振って見送りを終えて。
「帰ろっか」
「ピョン!」
いそいそと着替えを手早く済ませて、さあ帰ろうと思った矢先。
「あっ!」
「忘れ物ピョン?」
「どうせなら、近くまで乗せて行って貰えば良かったなって」
「もう行ってしまったピョン」
咲夜と黒美の姿はもう見えない。
「だよねー……ラビピョン、大きくなって飛べる?」
「ノアは、兎がそれを飛べると思っているピョン?」
これから歩いて帰る事を想像して、乃亜達は嘆息を漏らして、肩を落とすのだった。
◯
「ただいまー」
夕暮れ時。乃亜達は、あの山から汗水流して家まで歩いて帰ってきた。疲れ果てた脚は膨れ上がっており、産まれたての子鹿の如く震えている。
「お母さん、ただいまー」
玄関で靴を脱ぎ捨て、ドンドンと足音を立てながらリビングへと向かう。
「あれ? ねー、ただいまーって!」
何だろうか、違和感を感じる。いつもなら「おかえりー」と言って返してくれるのに。それに、何故か家の中は暗い。陽は落ち始め、ご近所さんではチラホラと、家の明かりが点けられている。
「寝てるのー?」
パチパチと家の明かりを点けつつ、リビングに足を運んだ。
「こんなに暗かったら、料理出来ないよー」
などと冗談混じり言いながら、リビングも明かりを点けてあげた。そして、彼女は目にした。
「──なに、コレ? お母さん?」
明かりが点いたリビングで、目の前の光景に絶句した。
綺麗に整えられた家具、淹れたてのコーヒーが湯気を立てて飲んでもらうのを待っている。その側にはファッション雑誌が2冊並んでいる。
そんないつも通りのリビングの中心で、乃亜の母親である花実が血だるまになって横倒れていた。
「お、お母さん? 何の冗談?」
ゆっくりと歩く。
床を踏み締める度に、血の池が足裏を赤く染め上げる。靴下が汚れるが、そんなのはどうだっていい。
「これはきっと、魔法少女に違いないピョン」
異変に気付いたラビピョンは、花実の有り様から魔法少女の仕業だと断定した。手足は凍らされている。恐らく、手足を凍らせて身動きが取れなくなった無防備なところを。
「そんな、そんなぁ……!」
耐え難く、受け入れの仕様がない目の前に現実に目の前が真っ暗になった。




