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第1話 憧れは突然に

『夕方17時半頃、今日もまた街で突然現れた怪物。ですが、それを退治したのが巷で噂になっている魔法少女。彼女のお陰で、また街は危機から脱して救われました。一体彼女の正体は何者か、未だに謎が多いばかりです』

 

 ラジオから聴こえる男性の声に耳を傾けながら、少女は溜息混じりの呟いた。

 

「いいなー、魔法少女。私もなってみたいなぁ……」

 

 机に転がってあるシャーペンを持ち、小さな部屋の真ん中で手足を大きく広げて私は踊る。

 

「魔法少女ノア、なーんてね」

 

 ポトリ、とシャーペンを床に落とした。すると、コンコンと扉を叩く音がした。

 

 少女は「はーい」と返事をして、扉の先に居る人の入室を許可した。

 

「乃亜ちゃん、変な足音がリビングまで聞こえたよ。何してたのー?」

 

「うっ、お母さん」

 

 どうやら少女こと乃亜が部屋の中で踊っていた足音が、下の階のリビングにまで響いていたみたいだ。

 心配をしてか、彼女の母親が様子を見に来たというわけ。

 

 乃亜にとって自慢のお母さん。ただちょっと、他の人よりも少しだけ違う。

 右眼は無く眼帯を着用。左脚も欠損しており常に松葉杖を手にしている。なんでも、中学生の頃に事故でこのような目に遭ったらしい。

 

 そんな私生活に支障が出るレベルの状態だけど、女手ひとつで乃亜を大切に、愛情を込めて育ててくれた。

 

「今何時だと思っているの。早く寝なさいよ。明日も学校なんだから」

 

「はーい」

 

 そう、彼女はそこら辺に転がっている普通の女子高校生。ごく普通の一般家庭の下で生まれ、平々凡々な毎日を過ごしている。

 

 お母さん、剣城花実(つるぎはなみ)の娘である少女、剣城乃亜(つるぎのあ)は取るに足らない、魔法少女に憧れる女の子だ。

 フィクションの中だけかと思っていた魔法少女は、現実に存在していた。可愛い衣装を身に纏って、魔法で沢山の人を救って、それでいて皆の人気者。

 乃亜が魔法少女になったら、勿論街の人を守る正義の味方になるけど。それ以上に、乃亜はお母さんを守りたい。お節介かも知れないけれど、不自由なお母さんを魔法で手助けしたい。


 そんな純粋な願い。

 

 ドライヤーで乾かした、白くて長い髪の毛をかき上げながらラジオの電源を切った。

 

「春なのに、明日も少しだけ暑そう」

 

 そんな事を口にしながら、少しでも寝やすくする為に窓を開けて就寝しようとした矢先だった。

 

「今の、何?」

 

 外で、謎の発光体が近くの公園に落ちて行くのをこの目で見た。

 

「今のってもしかして……ってそんな訳ないよね。私、疲れているのかな」

 

 もしかしたら、魔法少女に関する事なのかも知らないと思った。でも、夜や昼間の疲れもあって目の錯覚だと思い込んだ。

 

 これ以上気にする事無く、乃亜はそのままベッドで横になって暖かい布団にくるまって今日を終えるのだった。


 

 ◯

 


 朝の通学中。いつものように通学路を歩いていたのだけど、乃亜は昨夜の事が頭から離れずに謎の発光体が落ちたと思われる例の公園まで足を運んでいた。

 まだ春の季節だけあって、公園に桜が満開に咲いており、美しくも儚く花びらが風に吹かれて散っている。

 

「この辺だった気がするけど」

 

 夜中だったうえに遠目な事も相まって、昨夜見た発光体が公園のどの位置に落ちたのかまでは分からない。

 大体この辺だろうな、と記憶を頼りに模索してみる。けれども、気になるものが落ちていたり、ましてやそれらしい痕跡すら無い。

 

「やっぱり、私の気のせいだったって事か」

 

 もしかしたら、なんて淡い期待もしていたけれど現実はこんなもんだ。

 

「早く行こう。学校に遅刻しちゃう」

 

 踵を返して、通学路に戻ろうとしたその時だった。

 

「ん?」

 

 足先に何か柔らかい感触があった。ふと、何だろうと思いながらしたを向いてみると、驚いた事に小さな兎が寝転んでいた。

 

「あ、あれぇ?」

 

 さっきまでは居なかったはず。それとも見落としていたのか。それよりもこの兎、衰弱しているようにも見える。

 

「助けた、方が良いよね。きっと」

 

 だけど、この辺に動物病院は無い。もう少し街の方に行けばあるが、通学路から大きく外れて学校から遠ざかる。遅刻は免れないだろう。


 しかし──。

 

「ううん、迷ってる場合じゃないよね。魔法少女なら絶対に見捨てない」

 

 魔法少女なら、困っているのが動物であったとしても見捨てる事なんてしない。

 乃亜は、優しく兎の頭を撫でる。

 

「大丈夫、私が助けるからね」

 

 兎の鼻がモゾモゾと動いた。

 両手で抱えながら公園を出て、スマートフォンで近くの動物病院までのルートを検索してみた。

 

「やっぱり少しだけ遠い」

 

 思っていた通り、此処からだとそれなりの距離がある。それでも、休まず走って行けば20分程で目的地には着くだろう。

 

 よーし、と意気込んで乃亜は走り出した。「1秒でも早く、この子を楽にさせてあげたい」。乃亜はそんな気持ちで胸がいっぱいでいた。


 横断歩道を渡り、歩道橋を上がっては下り、ルートの案内通りに足を進める。

 予定通りとも言える順調さだった。

 

(次の角を曲がれば、病院はすぐそこだ!)

 

 ラストスパートで走る速度を上げて、最後の角を曲がったその時だった。

 

「「えっ⁉︎」」

 

 運悪く、曲がった直後に通行人とぶつかってしまい尻餅を着いた。

 出会い頭にぶつかってしまい、とても危険。それに今この両手に抱えているのは小さな命。自分自身の不注意だ。

 

「あいてて、ごめんなさい。怪我はありませんか?」

 

「わたしの方こそごめんね。学校に遅刻しそうだったから、周りの事を見てなかったよ」

 

 ぶつかってしまった相手を起き上がらせた。相手は自分と同じ女の子。その子は、制服に着いた砂を落として鞄を持ち直した。

 茶髪で同じく髪の長い子。まん丸お目々で、私より少しばかり背も高く、発育が良い。

 可愛い子、と思う反面驚く事もあった。

 

「その制服、私のと同じ」

 

 偶然にも、ぶつかった女の子と私の制服が同じ。高校も同じ所に通っている生徒みたいだった。

 

「あ、本当だね。偶然だ」

 

 彼女は和かに笑っていた。その姿も可愛く、思わずその表情に魅了されて赤面しちゃう始末まで。

 

「わたし、神城咲夜(かんざきさくよ)。宜しくです」

 

「あ、どうも。私は剣城乃亜です」

 

 軽い自己紹介が終わったところで、乃亜は急ぐべき要件に話を打ち切らした。

 

「あの、私この子を病院に連れて行くので先を急ぎます」

 

「そうなんですね。それはお邪魔しました」

 

「こちらこそ、ぶつかってしまったのにごめんなさい。では、失礼します!」

 

 軽く会釈をしてから立ち去ろうとすると、どこからともなく1匹の鳩が乃亜の頭の上に乗っかっては羽を休ませていた。

 

「ええ、どうしてこんな時に」

 

 なんとも運の悪い事だ。仕方ないから、このまま頭上に鳩を乗せたまま病院へ直行しようとした。

 

「あ、ピッピー。ダメだよ、人の頭の上に乗っちゃ!」

 

「ペットなの⁉︎」

 

「う、うん。家で飼ってるの」

 

 それなら、早くこの子を回収して欲しい。頭を屈ませて、取ってもらおうをした時、咲夜の表情が強張った。

 

「それ、本当に?」

 

「ど、どうしたの?」

 

「え、あっ、何でもないから気にしないで」

 

 誰か居たのだろうか。頭を下げているから、視線が下に向いて誰と話していたか分からない。

 頭の上の重さが消えた。ピッピーという子の鳩が退けてくれたお陰で、ようやくスッキリとした。

 これで心置きなく病院まで行ける。

 

「それじゃあ、私はこれで。ぶつかってごめんね」

 

 会釈して、歩き出した。と、思ったら服の袖を後ろから引っ張られて歩みを止めざる得なかった。「今度は何?」と、思いつつ振り返れば咲夜は血相を変えていた。

 

「……あの、さっきも言ったけど、私この子を病院に連れて行かなくちゃいけないから離してくれる?」

 

「だ、ダメ」

 

 眉をひそめるしか出来なかった。何がダメなのか、全く見当がつかない。乃亜は一刻も早く、この兎を助けたいのに。咲夜は事情を知っているのに、それの何がダメなのか。

 

「さっき風の噂で聞いたの。怪物が出たって」

 

「怪物……」

 

 またも最悪が積み重なる。進めば怪物、戻れば兎が。この場の状況を言葉で表すなら、前門の虎後門の狼がお似合いだ。

 

「でも、怪物なら魔法少女がなんとかしてくれるみたいだし。ね?」

 

「いや、だとしても──」

 

 咲夜の言葉を遮るように、一台の車が建物に打ち付けられて、逆さまで道路に落下した。

 その光景を間近で見た乃亜は、顔色が一気に青ざめる。

 何が起きているのか大体分かっているとはいえ、様子を伺う為に角から頭を出して車が吹っ飛んで来た方向を覗いてみた。

 

「アクアクー!」


 案の定だった。怪物が雄叫びを上げながら、街を蹂躙して、人々を恐怖のどん底に突き落としていた。

 

「サクヨ、これ以上の被害が出るのはマズいッピ。今すぐ魔法少女に変身して、アクアクを浄化するッピ!」

 

「あっ、ピッピー!」

 

 今のは聞き間違いなのか。先程、咲夜が飼っている鳩から声が聞こえてきた。

 

(まさかそんな……ありえない。きっと私は疲れているんだと思う。怪物だって目の前に居るし、きっと知らない間に錯乱状態になっているんだ。うん)

 

 そう、自分に言い聞かせて誤魔化した。普通に考えて動物が言語を理解して、喋る筈がないもの。それこそ、魔法少女とかそんな。

 

「えっ、魔法少女って言いました⁉︎」

 

「もうー、ピッピー!」

 

「ピッピーにそんな事言われてもしょうがないッピ」

 

「逃げて、とにかくお願いします。行くよ、ピッピー」

 

 ドタバタとして、咲夜とピッピーは生身で怪物であるアクアクの前に飛び出して行った。

 

「私は、どうすればいいの?」

 

 何もしないまま、ただこうして何もせずに指を咥えて待っているだけ。

 腕の中を見れば、小さく丸まっている兎。この小さな命を守る為に乃亜がすべき事は。


「アーク?」


「──えっ?」

 

 突然、乃亜の身体全体を覆う程の影が出来た。振り返るとそこには、2体目の怪物アクアクが観察するようにこちらを覗き込んでいた。

 

「逃げなきゃ……」

 

 一瞬とはいえ呆然としてしまった。すぐに我に返り、アクアクから逃げ出した。でも、何処へ逃げればいい。

 

「咲夜ちゃん!」

 

 咲夜の後を追いかける様に曲がり角を飛び出した。そこで、眩い光に包まれている咲夜らしき人影を彼女は見た。

 

「魔法少女咲夜! 貴方の心のピュア、わたしが取り戻す!」

 

「咲夜ちゃん⁉︎」

 

「え、あっ──バレちゃったーー⁉︎」

 

 光が収縮すると、咲夜ちゃんの姿が変貌していた。

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