6 第零と第壱
境界域は、空が閉じない。
裂け目がそのまま凍りつき、赤と黒が混じったまま固定されている。
地面はあるのに、遠くでは都市が逆さに浮いていた。
崩れた塔が、重力を忘れたように横倒しのまま静止している。
数値が、壊れている。
【城塞都市:存在率 0%】
【表示:継続】
ゼロなのに、ある。
「……ここが」
俺は呟く。
レイリアが小さく頷く。
「削除された可能性の集積層。管理が“なかったこと”にした世界の残骸」
足元を、半透明の人影がすり抜ける。
顔はある。だが表示がない。
声もない。
ただ、歩く動作だけを繰り返している。
バグだ。
「完全消去はできない。痕跡は残る」
レイリアの存在確率は、わずかに回復していた。
【存在確率:78% → 83%】
「ここは、私たち寄りの層」
干渉が、軽い。
試しに空中の瓦礫を掴む。
【重力定義:破損】
少し触れただけで、瓦礫は滑るように位置を変えた。
改竄が自然に通る。
ここは、世界の外側に近い。
その時。
背後で、砂利を踏む音がした。
この空間で、明確な“音”。
振り向く。
崩壊した都市の中心。
黒い外套を纏った男が、瓦礫の上に座っていた。
若いのか、老いているのか分からない顔。
ただ、その目だけが異様に静かだ。
俺の視界に表示が浮かぶ。
【干渉者識別:第壱】
心臓が止まりかける。
第壱。
俺は、第零。
男がゆっくりと立ち上がる。
「遅かったな」
声は穏やかだった。
「第零」
空気が張り詰める。
レイリアが、わずかに一歩後退した。
その動きに、男の視線が向く。
そして。
初めて、彼の表情が変わった。
「……上位捕食者」
声に、明確な緊張が混じる。
「なぜ、お前がいる」
レイリアは淡々と答える。
「食事中」
第壱干渉者の視線が鋭くなる。
「ふざけるな。ここは“残骸層”だ。お前が干渉していい領域じゃない」
レイリアは肩をすくめる。
「あなたが決めること?」
二人の間に、見えない圧力が走る。
俺は割って入る。
「……あんたが第壱か」
男は視線を俺に戻す。
「そうだ。最初の失敗作」
失敗作。
その言葉が刺さる。
「お前は第零。観測外から発生した異常干渉個体」
「説明されても分からないな」
「分かる必要はない」
第壱は、崩れた空を見上げる。
「管理は正しい」
その言葉に、俺は眉をひそめる。
「正しい?」
「世界は不完全だ。歪みが生じる。干渉者はその歪みを拡大する」
彼の足元に、壊れた都市が広がる。
「俺が暴れた結果が、ここだ」
表示が走る。
【旧世界:削除済】
「数十億の可能性が消えた。俺の干渉が原因だ」
レイリアが静かに言う。
「だから、管理に従った?」
「違う」
第壱の目が、俺を射抜く。
「理解しただけだ。削除は必要悪だ」
背筋が冷える。
「お前が暴れれば、世界は崩壊する」
「だから止めろと?」
「止めろとは言わない」
第壱は、わずかに笑う。
「選べ」
空が震える。
境界域の裂け目が拡大する。
【最上位使徒:境界侵入】
圧倒的な光が、裂け目の向こうから覗く。
第壱の顔色が変わる。
「早い……」
彼はレイリアを見る。
明確な警戒。
「上位捕食者がいるからか」
レイリアは空を見上げる。
「本気ね」
俺の視界に警告が乱舞する。
【干渉者二体+上位捕食者確認】
【排除優先度:極大】
第壱が低く言う。
「第零。今ならまだ戻れる」
「戻らない」
即答だった。
第壱の目が細くなる。
「なら、証明しろ」
光が裂け目から溢れ出す。
世界の外側すら、焼き尽くすような圧力。
「お前が俺より強い干渉者だと」
最上位使徒の輪郭が現れ始める。
形を持たない光。
概念そのもの。
レイリアが俺の隣に立つ。
「来るわ」
第壱は一歩退いた。
だが逃げない。
その視線は、俺とレイリアに固定されている。
「見せてみろ、第零」
空が完全に割れた。
【最上位使徒:顕現開始】
境界域全体が揺れる。
削除された世界の残骸が、悲鳴のように軋む。
俺は拳を握る。
改竄が、熱を持つ。
「証明してやる」
世界に。
管理に。
そして――
第壱に。
俺が、第零である理由を。
光が、落ちた。
――続く。




