5 第零干渉者
空が、まだ赤い。
森を抜けた先の街でも、異変は始まっていた。
人々は気づいていない。
だが俺の視界には、はっきりと見える。
【座標安定率:87%】
【因果整合性:軽度崩壊】
建物の輪郭が、わずかに揺れている。
「区域ごと修正に入ってる」
レイリアの声は低い。
彼女の輪郭も、わずかに透けていた。
【存在確率:92% → 89%】
「……お前、薄くなってないか」
「長時間干渉した反動。ここは、管理構造の内側だから」
内側。
俺たちは異物だ。
その証明のように、空に新たな文字列が走る。
【追跡端末、起動】
嫌な予感と同時に、空間が歪んだ。
裂け目から現れたのは、先程の使徒とは違う。
白い球体。
表面に無数の眼のような紋様。
【管理追跡端末】
「戦闘型じゃない。捕捉型」
レイリアが即座に判断する。
球体から光の線が放たれ、街全体を走査する。
【対象位置特定中】
「逃げるぞ」
俺は地面の数値を掴む。
【距離:300】
削る。
【距離:300 → 3】
一瞬で景色が跳ぶ。
だが球体は即座に再出現した。
「空間固定……」
【座標固定:完了】
今度は移動できない。
球体の中心が開き、赤い光が収束する。
【存在削減波、発射準備】
「私が止める。あなたは――」
レイリアが前に出るが、動きが鈍い。
存在確率が下がっている。
このまま干渉を続ければ、彼女が先に消える。
空に新たな表示が割り込む。
【未登録干渉者へ通告】
【改竄行為を停止せよ】
【停止確認で排除保留】
思考が止まる。
改竄を、やめろ?
それはつまり――
普通に戻れるということだ。
世界は修正される。
この異常も消える。
レイリアも、最初からいなかったことになる。
「……やめれば、私は安定する」
レイリアが静かに言う。
「捕食者は、本来この層に存在できない」
存在確率:84%。
さらに下がる。
球体が光を放つ。
時間がない。
俺は、空に浮かぶ管理文字列を睨む。
改竄をやめる。
安全。
平穏。
だが――
俺はもう、知ってしまった。
世界は完璧なんかじゃない。
管理され、選別され、削除される。
「……ふざけるな」
俺は歯を食いしばる。
「やめない」
空が震える。
【違反確認】
球体が発射体勢に入る。
なら。
削るんじゃない。
“前提”を壊す。
俺は球体の表示を無理やり引きずり出す。
【管理追跡端末】
存在条件:座標固定下でのみ安定
座標固定。
つまり――
「固定を削ればいい」
【座標固定:解除】
世界が揺れる。
球体が一瞬、ぶれる。
レイリアが目を見開く。
「今」
彼女の指が球体を指す。
【更新停止】
俺は全力で叩き込む。
【存在条件:削除】
球体が音もなく崩壊した。
空に警告が乱舞する。
【追跡端末損失】
【干渉者、反抗確認】
【排除優先度、最上位へ更新】
赤い空がさらに濃くなる。
レイリアが小さく笑った。
「完全に、敵ね」
「最初からそのつもりだ」
だが彼女の輪郭はさらに薄い。
存在確率:78%
「この層に長くはいられない。移動する」
「どこに?」
「管理の目が届きにくい場所。境界域」
境界域。
世界の外縁。
その時、空が完全に裂けた。
巨大な光の柱が降りる。
だがそれは攻撃ではない。
観測。
冷たい視線が、俺たちを貫く。
---
場所は変わる。
無機質な白い空間。
床も天井も存在しない。
光だけが満ちる領域。
そこに、複数の影が浮かんでいた。
「追跡端末、消失」
「上位捕食者の干渉確認」
「未登録干渉者、戦闘適応性を取得」
淡々とした声が重なる。
中央の最も大きな影が、ゆっくりと揺らぐ。
「照合結果」
空間に情報が展開される。
【干渉波形一致率:93%】
「過去記録と類似」
「分類コード、更新」
わずかな沈黙。
そして。
「――第零干渉者、再始動を確認」
空間がざわめく。
「抹消済みのはずでは?」
「完全消去は失敗していた」
中央の影が告げる。
「今回こそ、完全排除する」
光が収束する。
「上位使徒、準備」
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境界へ向かう途中。
空気が薄い。
世界の端が近いのがわかる。
レイリアがふと俺を見る。
「あなた、自分が何者か知ってる?」
「知らない」
「でも、向こうは知ってる」
空に最後の表示が浮かぶ。
【第零干渉者:観測確定】
心臓が高鳴る。
第零。
最初。
俺は、ただの異物じゃない。
レイリアが小さく息を吐く。
「面白くなってきた」
境界の闇が、目の前に広がる。
世界の外側へ、俺たちは踏み出す。
背後で、管理の光が収束していく。
追跡は、止まらない。
――続く。




